魔王、海を渡る
人間の要素の薄れた俺の姿をリィンたちに見せたくない。
その一心で俺は海へ飛び込み、そのまま泳ぎ続けた果てにどこかの大陸まで到着していた。
陸に上がった俺が見たのは港だ。レヴィアタン討伐のために集合したトル・ラルカではないようだが、どこか別の町に泳ぎ着いてしまったらしい。
「……」
この町は、とても静かだった。港には小さな舟が一隻泊まっているだけで他には何もなく、俺の姿を目撃する人間も誰もいなかった。
綺麗で、どちらかと言えばにぎわっていそうな造りの町だったが人の気配なんてまるで感じない。ここも銀の災厄に襲われて住民のいなくなった廃墟なんだろうか。
……銀の災厄か。その名前を今思い出したくはなかったが、まあ人がいないなら丁度いい。どこかの家を借りて体を休める事にしよう。
魔王としての記憶を取り戻して体もそれに近くなったおかげか体力はまだまだ有り余っているんだけど、精神的には今ズタズタなのだ。だから一旦眠りたい。
「……綺麗な町だなぁ」
港から進み、町の中をゆっくりと歩きながら俺の漏らした感想がそれだった。
人の手が入っていないからか土埃などは溜まってしまっているが、並び立つ建物は装飾などが凝っているものが多くて、きらびやかな印象を受けたのだ。
今は誰もいないみたいだけど、元々は裕福な人が暮らす場所だったのだろうか。貴族とか。
遠くには街並みの中からでも発見できるほどに大きなお屋敷も見える。
「うわ、でっかいな。何だ、学校かな」
「あれはこの町で暮らしている貴族のお屋敷ですよ」
「うおおおおおっ!?」
独り言のつもりだったのに、それに返答があって俺は驚いて転がるように振り返った。
そこにいたのは女の子だった。紫の髪色をした、左右のドリルみたいになってる髪型が印象的な、尖った耳の女の子。
「え、エルフ……?」
「んー、惜しいですね。半分正解ですけど」
白い手袋をはめた手を頬に当てながら彼女は答える。半分合ってるって事は、ハーフエルフなのかな。
どことなく気品ある衣服の彼女は、やはりこの町の住民なのだろうか。
「それじゃ、ハーフエルフの……えっと……」
「あ、ごめんなさい。お名前ですよね。カトレアと呼んでください」
「そうなんですか。俺はザックって言います。……いや、そうじゃなくて!」
当然のように俺と会話しているカトレアさんの顔を見て、自分自身を指差す。
「怖くないんですか俺の事!? こんな、人外なんかと遭遇して!」
「ふふっ、面白い事を言いますね。人じゃないって言うなら私も似たようなものなんですけど」
「そ、そこはそうかもしれないんだけど」
ハーフエルフの少女は俺の言葉に苦笑する。まあ肌の色と角以外はほぼ元のままだし、あんまり怖くはないかもしれないが。
「でも、やっぱり怖くないですか? こんな……悪魔みたいな姿のやついきなり見たら」
「う~ん……私は怪物なんて呼ばれるもの見慣れちゃってるので、別になんとも思わないですね」
「そうなんですか……?」
「はい。怖さで言うなら、夫に嫌われちゃうことの方が怖いですね」
「結婚してるんですか……?」
俺が怖くないどころか、まさかの既婚者なんて情報を明かされて俺の方がビックリしてしまった。
俺と変わらないか少し下くらいの歳っぽい見た目なのに、やはりハーフエルフというだけあって外見以上に長生きしているのだろうか。
「ザックさんでしたっけ、フロウウェルは初めてですか? よかったら案内しますよ」
カトレアさんは俺の先に立つと振り返りながらそう言ってきた。この町の名前はフロウウェルと言うらしい。
「や、その、俺は」
「そんなに遠慮しないでいいんですよ。久しぶりに帰ってきたら誰もいなくって、私も寂しいだけですから。一緒に町を回りませんか?」
里帰りか何かだったのか、彼女はそう俺に問うてくる。
このフロウウェルが無人の町になっていたのはカトレアさんにも意外だったらしい。
断ろう、と最初は思っていた俺だったが、そんな話を聞かされて気持ちが揺らぐ。
この姿に対して何のリアクションもしなかったのも大きい。当たり前のように受け入れられていて、そこにもちょっと嬉しくなってしまう自分がいる。
……少し悩んだ末に、俺はカトレアさんと共にフロウウェルを巡る事にした。