怪物の遺した傷跡
リィンを伴い、俺は街まで出てきた。
正直言って見慣れた光景になってはきてる。が、他の町とか国って近くにないからな……。
「……ごめんねリィン、どこか行くって言っても、結局ここになっちゃうんだけど」
「あたしもそこまで無茶は言わないさ。無事な都市なんざそこまで多くないんだしな」
そう、この世界は銀の災厄が暴れまわっているせいでどこの大陸の国も殆どが壊滅状態になってしまっているのだ。
どんな基準で襲っているかはよく分からないが、大きな国はすべてなくなっている。小さな村や町がぽつぽつと生き残っているくらいで、多分この世界の人口って滅茶苦茶少ないんじゃないかな。
「……あれ、もしかして思ってたよりもここって終末世界か?」
「? 何の話だい?」
「あ、独り言だよ」
無事な地域はしっかり無事に残っているせいでそんな感覚湧かなかったが、俺が転生したこの世界って実は危機的状況にあるのでは、という事に気付いてしまった。
まあそれはいいか。ともかくそんな事情であまり遠出をするのは難しいのだ。近隣の町に行くのだって1週間はかかってしまう。
だからいつもの街の範囲内でリィンをどこかに連れて行こうと思った、んだけど……。
「なんか……こうやってじっくり見ると、この街娼館多くないか……?」
あまり意識して見てこなかった街並みだが、こうしてまざまざと看板を見ながら歩いていくと、やたらとエロい店が多いな、と気付く。
娼館、娼館、食材屋、娼館、飲食店、娼館、娼館、娼館。時折別の建物があるが、やたらと娼館ばかりが目に付いた。
「昔、とんでもない性欲を持った女がこの街に訪れた事があるんだよ。手当たり次第に男を食い散らかして、1晩で家を建てられるくらいの額を稼いだそうだよ」
「そ、そんな凄い人がいたんだ」
「男共の方はそれが忘れられなくなったんだろうね。それから女を抱くのが目当てのやつらがこの街にやってきて、どんどん数を増して……気が付いたらこの街は娼館だらけになったんだとよ」
俺の知らない歴史を知って、この街に少し詳しくなった。……まああんまり披露したくない知識だけど。
「その……あんまり女の子と出かける場所、って雰囲気じゃなかったかな……」
「へっ、何今更恥ずかしがってんだよザック! もっと自信持って歩けって!」
俺の歩いているのがかなり淫靡な街並みであると気付いてしまうと、途端にそんな場所を歩くのに気まずさを覚えてしまう。
俯きがちになった俺に気にするなとリィンは言ってくれるが、こういうのは一度意識すると中々割り切れるものではない。
何か別の事に意識を向けたいな、と思い、俺はリィンに1つ提案をする。
「なあ、リィン。やっぱり手、繋いで歩かない?」
「へっ? な、なんでさ」
「このままだとあんまり自信持って歩けそうにないから、その、他の事に集中してれば平気かなって。……駄目?」
「それは、ちょいと……あたしも照れるから、どうしよっかな。へへ……」
顔を赤くしながらリィンは言う。娼館通りを歩くのは平気だが手を繋ぐのはためらうのか……ちょっと謎な恥じらいの基準だな。
そう思っているのも束の間、リィンは俺の手をおずおずと握り、要望に応えてくれた。
「こ、これで、いいか?」
「……めちゃくちゃ顔赤いけど、大丈夫?」
気付けばリィンはひどく赤面していた。なんか俺がさっきまで恥ずかしくなっていたのが馬鹿らしく思えるくらい彼女の方が羞恥の感情を露わにしてる。
それを見たら俺の方はもう何ともない気がしてきたし、辛いならやめた方がいいかな。
「やっぱ嫌だったかな……。ごめんリィン、嫌だったら無理して付き合ってくれなくてもいいから」
「い、嫌そうに見えるのかよ!?」
「え……? あ、違うの……? や、いいならいいんだけど」
どうやら別に手を繋ぐのが嫌だったわけではないようだ。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、こんなに恥ずかしがるリィンって初めて見たな。
「……つーかそういうザックはもう平気なのかよ。さっきまであんなモジモジしてやがったのに、今はなんてことなさそうじゃないかよ」
「うん、なんかリィンの事見てたら落ち着いてきたよ」
「!! ……そ、そうかよ。……あたしは余計顔熱くなってきたけどな」
「なんで……?」
空いてる方の手で自分の顔を隠しながらそう言うリィンに俺は首を傾げた。
自分が照れてる所見られるのってやっぱり恥ずかしいのかな。
そんな調子で、俺とリィンはしばらく手を繋いで歩いてみたりしたのだが。
「……リィン、何か欲しいものとかってないかな?」
「え!? あー……いや、今それどころじゃないから、わかんねーな……」
ずっと彼女はどこか上の空というか、なにかに気を取られているように曖昧な返事をするばかりだった。
まあそれならそれで俺がリィンの喜びそうなものを勝手に買ってプレゼントしたり……とも考えたのだが、相変わらず娼館ばかりしか目に入らない。
若干宿屋が増えてきたのだが、少なくともそこもリィンと一緒に入るような場所じゃないし。
「あ、ギルドまで来ちゃったな」
気付けば俺たちは冒険者ギルドの前まで通りがかってしまった。が、それはそれでチャンスだ。
流石にギルドの付近には冒険者向けの装備を扱う店が多くなっていた。
女の子向けのプレゼントかは怪しい気もするが、新しい装備を渡したらリィンもきっと喜んでくれるはずだ。
そう考えて俺は良い感じの店を選ぼうとし、
「えっ、あれって……シルバー級の、ザックか?」
遠くで驚くような声が上がったのを耳にした。恐らく、ギルドに出入りしようとしていた冒険者だろう。
俺は最高ランクのシルバー級として度々彼らに一目置かれているのだが、発見されるたびにひそひそと話題にされるのだ。
まあ最強の一角である以上はそういうのも仕方ない。と最近は諦めと慣れが生まれつつあったが今日は事情が違う。
「一緒にいるのってリィンだよな、ダイヤモンド級の」
「うん。……あれ、手繋いでない? 仲良いのかしら」
「まさかとは思うが付き合ってたりするのかな」
「馬鹿、ザックは機械の娘に手ぇ出してただろ!」
「いや、出せなかったんじゃねえかな、機械だし」
「あー……」
注目を浴びているのは俺だけでなくリィンもだ。しかも漏れ聞こえてくるのはあまりされたくない注目の仕方。
所詮は他人の噂話にすぎないので気にしすぎる必要はない。普段のリィンであれば意に介さないだろう。……普段なら、そうなんだけど。
「っ……」
思った通り、今のリィンには大ダメージだったようだ。顔を真っ赤にした彼女は噂をする冒険者からの視線に露骨に顔を背けていた。
「ザック、そこ入ろう」
「え」
顔を下に向けたリィンはぐい、と俺を引っ張って通りに並ぶ店の1つへ入ろうとする。
これ以上彼らの話題にされたくなかったのだろうが、その行動にむしろ冒険者たちのどよめきは増す。
「リィン? そこはやめた方が……」
「いいから、はやく!」
問答無用で入店させられてしまう。その時ちらと俺は冒険者たちの顔を見たが、みんな度肝を抜かれたような感じだった。それ以上追いかけたりはしてこなかったが。
「……」
「……」
……そういう流れで、俺とリィンはギルド前の宿に入ってしまった。
入店直後に自分がどこに来てしまったかをリィンも気付いたようだが、すぐに出ていってもそれはそれで冒険者たちの話題にされてしまうだろう。
だからといって「……あ、あいつらがどっかいくまで、ちょっと休んでくか。歩くの疲れたしな……」って言ってひと部屋使うのはどうかと思うな。
俺もそれを断らず一緒に部屋に入ってしまったんだけど、2人並んでベッドに腰掛けてからずっと沈黙が続いているし。
これ、どうするのが正解なんだ。もう10分くらい黙って膝の上に手を置いて座ってるんだけど。
「……な、なあザック」
「はい」
そこからまた5分くらいして、とうとうリィンが口を開いた。分かりやすいくらい緊張を押し殺すような声に、俺の方にも緊張が走る。
「こ、この後って……どうするのが正解、なんだろうな」
その言葉を聞き、俺は内心の緊張が解けた。なんだ、どうやらリィンも俺と似たような事を考えていたらしい。
考えなしに動いてしまった結果にドキドキしていたのは彼女も一緒だったのだ。俺は顔を緩ませて笑う。
「ははは。……まあそろそろさっきの冒険者もいなくなってるだろうし、早いとこ出ようか」
流石に出てくるまで見守ってはいないだろう、と思って俺は立ち上がろうとしたのだが、リィンは俺の手を掴んで制止する。
「ん? ……ああ、まだちょっと早いかな。じゃあ、もうしばらくこうやって待って」
「違うって、そう……じゃなくてよ」
「……んん?」
あれ、なんか思ってたのと違う流れになってきたぞ。リィンが俺に迫るように座る位置をずらしてきた。
「こういう所に来た時って、どうするのが正解か、って話だよ」
「いや何かしようとするのが不正解なんじゃないかなぁ……。お、俺たち別にそんなつもりでここに入ったわけじゃないし、ねえ?」
「なっ、何もしないで帰る気かよ!!」
「なんで何かする気になってるんだよ!! しばらくあの冒険者たちから隠れられたらそれでいいだろ!?」
「こんなとこ入るとこ見られたらもうなにもしなくっても噂されるだろ!! だったらもうやっといた方がいいだろ!!」
「よくはないだろ! なんで根も葉もない噂をあえて事実にしようとしてるんだ!?」
リィンがおかしくなってしまった。ずっと恥ずかしいのを耐えてたせいか、良くない方向で感情が爆発してしまったようだ。
なんとか落ち着かせたいのだがリィンは思いっきり俺に顔を近付けてくる。
「そ、そんなに嫌がるほど、あたしの事……嫌いかよ」
そんなわけがない。リィンの事は好きだ。格闘家として鍛え上げられた全身の筋肉。彼女の褐色の肌はそれをより美しく魅せ、はっきり言ってとても美しいと思う。
嫌いになるはずがない。どうしても欠点を上げろと言われれば、おっぱいがもっと大きければ嬉しいなと思うくらいだ。
「す、好きな所ばっかりだ……けど」
「おし、許可したな」
俺の言葉を聞いたリィンは待ってましたとばかりに俺に手を伸ばしてきた。
が、即座に立ち上がって俺はそれを回避する。
「好きだけど!! 許可とかではない!!」
「……こ、ここまできて逃げるなよ!! じっとしてろ!!」
リィンはいつの間にか目がマジになっていた。その証拠に、俺を追って飛びつく速度は音速に近かったんじゃないかと思うほどに速かった。
だがそれを受けるわけにはいかない。このまま彼女に流されるままにしたら、明日から孤児院で気まずくなりそうだし。
なので俺は全力でリィンを避ける。そして、彼女もまた全力で俺を捕らえようとしてくる。
この日、俺は狭い宿の一室で大事な仲間と全力の闘いを繰り広げる事となったのだが……詳細は省く。
「おかえり、晩御飯の時間、終わっちゃったよ」
『こんな時間まで何してたの……?』
「あははは……何してたんだろうね、俺たち」
「まあ……忘れようぜ。あたしも忘れるから」
『な……何してたのよーーーーーー!!!!』