俺たちへの依頼
「ザック! 悪いニュースがあるぜ!」
「……じゃあなんでそんな嬉しそうに言うんだよ」
パーティ『銀の孤児院』結成から2日。リィンが嬉々とした顔で俺の元へやってきた。
このリアクションからするに、捉え方によっては喜べる要素があるんだろうけど。
そんな俺の予想を肯定するかのようにリィンは話を続ける。
「なんと、孤児院の建築資材を運んでた馬車が魔物に襲われちまったらしい」
「な、なんでそんな嬉しそうに言うんだよ!?」
ところがどっこい正真正銘のバッドニュースだった。なぜそんなキラキラした顔で俺に報告できるんだそれ。
「決まってるだろ? その資材を運んでた業者があたしに直接言いに来たからさ!」
これで分かったかって感じでリィンは言うけど、特に喜べる所は思い当たらない。ただただ新しい孤児院の完成が遅れるだけなんじゃないか?
「……ああ、人命は助かったから良かった、とかそういう話?」
「違うだろ~ザック! あたしらが冒険者だって忘れたのか?」
「……?」
俺の回答は不正解だったらしく、ますます首を傾げる。
パーティの登録もしたばっかりだし、流石に冒険者である事も忘れてはいないのだが。
「もー、逃げてきた建築業者があたしらに直接『依頼』しに来てくれたって事だよ~!」
「あー! そういうことか!」
痺れを切らしたように正解を教えられ、俺もようやく合点がいった。
魔物を打ち倒し、襲われた馬車を奪還してほしい。リィンは逃げてきた人にそう言われたのだろう。
つまり、それは俺たちに対する依頼である。
「孤児院の前でそいつら待たせてんだ、ヴェナとシックス呼んできて、早速報酬の話をしに行こうぜ!」
「お、おお!」
急な事ではあるが、俺はすぐに2人を連れて外へと向かう。
『銀の孤児院』としての最初の依頼になるはずだ。しっかり解決してみせるぞ!
「この度は、本当に申し訳ない……」
俺たち4人が揃うと、ここまで逃げて来たらしい大工さんが地に膝を突き、深く頭を下げてきた。
右の手足は厚く包帯が巻かれており、謝罪の姿勢で激しい痛みを伴っているのか、苦痛を押し殺すような吐息が度々漏れている。
「あ、あの……とりあえず楽な姿勢になってください。事故みたいなものなんだから、そこまで怒ってないです」
「あ、ありがとうございます」
いくらなんでも見てて痛々しいので起き上がってもらう。俺が言うのと同時にリィンが彼を立ち上がらせるのに協力していた。
「申し訳ない、魔物にやられた傷が、痛むもので」
「へへっ、いーっていーって。……その代わり、報酬の方は頼むよ?」
「ははは、こいつは上手い事で……」
助けるというのもあったみたいだが、どうやら交渉も兼ねての行動だったみたいだ。先輩だけあってやり手だなあ。
「じゃ、まずは何が起きたのか改めて説明してもらおうか」
「分かりました」
リィンに促され、彼は俺たち3人へ向けて経緯を語ってくれるようだ。
「ここから南側に下っていった先の街道から我々は進んできたのですが……その道中で魔物と遭遇しまして」
「南、って事はデモンソルジャーに襲われたんですね」
そっち方面は俺も以前行った事がある所だろう。
魔物を産み出す苗床を破壊しに行ったのは孤児院から南。俺は川を辿っての旅だったので街道は通らなかったんだけど、その辺で襲われたのならデモンソルジャーの残党に襲われてしまったんだろうな。
と俺は思ったのだが、大工さんはそれに首を振って否定した。
「いえ、そこは警戒していたので町を出る際に冒険者連合団の方に何名か護衛をお願いしていたんです。……もっとも、デモンソルジャーとは遭遇しなかったのですが」
「あ、違うんだ。……っていうか、冒険者連合団って何です?」
「ん、ザックは知らないのか。前にあんたの行った山の向こうの町に本拠地のあるでっかい冒険者チームだよ。色んなパーティが集まって、危険な依頼を協力してクリアしたりしてるんだ」
「へえ、そんなのがあるのかぁ」
『……ちょっと、話ずれてない?』
冒険者連合団とやらも気になるが、シックスのツッコミで話を元に戻す。
「ええ、まあ……その連合団の方もプラチナ級の実力はあったはずなんですけども、襲ってきた魔物には敵わなかったみたいで。俺らをどうにか逃がしてはくれたんですが、みんな溶かされちまったでしょうね……」
『と……溶かす?』
「はい、その魔物、タコの足みてえなやつなんですが、それに何個も瞳みたいなのがついてまして。その目で見られると、どんどん溶けていっちまうんです」
「あ……取らなくて大丈夫です」
「そうですか」
腕の包帯を外して魔物に付けられたらしい傷を見せてくれようとしたみたいだが、話を聞いただけで恐ろしい事になっているのは想像が付いたので止めた。
どうやら完全にデモンソルジャーとは別の魔物みたいだな。しかも話を聞くにダイヤモンド級以上の危険な敵であるのが確定している。
「俺以外の大工もみんな街の方で治療は受けてるんで、工事は遅れますがそれ以外は予定通り建設の方させていただきますので、どうか、資材の回収をお願いします……」
彼はまた深々と頭を下げる。この場にいるのは1人だけだが建築業者の人はみな助かっていたようで何よりだ。
一方で冒険者の方は全滅してしまったようで残念だ……。そして、そこが一番の問題でもある。
「……最低でもダイヤモンド級か」
俺が知らない、未知の敵。その上見られただけでアウトとなっては、あまり軽はずみに首を縦には触れない。
シルバー級の俺ならどうにかなると考えても、自己修復のできるシックスを除く2人は不安だな。最悪、怪我ですまない可能性もあるし、この依頼は受けない方がいいかもしれない。
「こ、工事費用の半分は迷惑をかけたお詫びといてお返しさせていただくので、どうか!」
「……半額か、魅力的だけど」
流石に半額と言われてしまうと俺も少し悩む。報酬としては金貨50枚って事なんだけど、50パーセントOFFって言われると金額では計れない誘惑が生まれるんだよな。
……いや? でもちょっと待てよ、確かダイヤモンド級の魔物って、俺は発見しただけで金貨100枚だったよな。それは討伐報酬の1割の額だったわけだ。
これって……流石に報酬としては低すぎるんじゃないのか?
「……悪いけど、その額じゃちょっと俺たちは」
「ザックー、ちょっとあっち行こうか~」
「ちょ、何リィン……おおっ!?」
断ろうとした所、大工の依頼人から離れたリィンが俺に抱きつくようにして孤児院の中へ連れ込んでいく。
思いっきり密着されて彼女の体温やらを感じていた俺は突然の事に動けず、扉が閉まるまでなにもできなかった。
「なっ、どうしたの急に……!?」
「あのなザック、この依頼は受けなきゃダメなやつだよ」
話を聞くものは俺と彼女の2人だけのはずだが、リィンはそれでも囁くように俺の耳元でそう言った。
「ぁっ、な、なんで……?」
「報酬も相場から見りゃ少ないし、危険な依頼じゃああるが、事故に巻き込まれたようなもんだ。そういう奴らを助けてやったって事実は回りまわっていい仕事に繋がるもんだ。……それに初の依頼なんだ、損得は一旦考えねえで、ズバッと受けちまおうぜ?」
「う、うん……」
息のかかるような距離でそう諭され、俺はリィンの言葉に従うことにした。
低音のハスキーボイスで囁かれるのっていいよね。全部正しい事を言われてるような気がしてくる。
「……というわけで、俺たちはその魔物を討伐して資材を回収してきます! お任せください!!」
外に出た俺は、依頼人へ向かって胸を張って以来の受託を宣言した。
「あれ……でもさっき、断ろうとしてたような雰囲気だったような」
「お任せください!!」
「は……はい」
「リィン、ザックになにしたの」
「いやぁ、ちょいと打ち合わせしただけなんだがね」
というわけで、俺たちのパーティの初仕事は魔物討伐と建設資材の回収だ。
頑張るぞ。