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この刃が断ち切るは

 魔物誘導の依頼は無事に受ける事ができた。『黄金の旗』のギルバーたちはみな鎧もつけず、動きやすさだけを考えた装備のみで依頼者の待つ地点へと向かった。

 そこはあのドナマーブル地方の奥まった場所、周囲を高く切り立った崖に囲まれた空間だった。


「なんだ……? 誰もいないぞ」


 だが、5人がその地点へやって来た時、周囲には人影がない状態だった。

 崖に周囲を囲まれたそこは袋小路で、確かに狙撃に適した場所であるのだが、ギルバーたち以外の人間が見当たらないのだ。


「場所、間違えたのかしら。すぐに戻って確認を」

「やあ諸君、よく来てくれたな」


 やがて帰還の提案が出た頃、彼らの後ろから声がした。

 振り返ると、そこには全身を重厚な鎧で覆った大男が巨大な盾と槍を背負って堂々と腕組みしているのに気が付く。

 袋小路の入り口に立つ彼は、どうやらギルバーたちよりも後にこの場所へ到着したらしい。


「あ、ええと、依頼してた冒険者の人かな? すいません、早く来ちゃったみたいで」

「無用な心配だよ、しっかりと予定時刻通りだからな」

「……しかし、貴方の仲間もまだ来ておらん様子だが」

「いや、もう配置についてくれている」


 そう言うと、鎧の男が背負っていた槍と盾を手に取り、互いを打ち合わせる。

 すると先程まで人の気配すらなかったと思われていた崖の上に魔術師らしき冒険者が7人現れ、袋小路を包囲するように分散して5人へ姿を見せた。


「あの魔術師は私の仲間たちだ。全員プラチナ級ではあるが、この数があればダイヤモンド級を相手にしても一方的に撃破もできる」

「は、はい」

「依頼を受けた君たちも、その役割は理解しているな」


 鉄の塊のような兜の奥から声が飛んでくる。改めての依頼の確認に、ギルバーたちははっきりと頷きを返す。


「もちろんです! ……で、俺たちはどんな魔物をここへ誘導すれば?」

「……いや、実を言うと既に誘導は完了した後でな。君たちの役割は既に終了している」

「え……」


 意外な返答があり、5人は言葉を失う。まさかとは思うが、もう誰かが魔物の誘導を先に終わらせてしまったのか?

 袋小路の入り口に立つ鎧の冒険者は、しかしそんな彼らの予想を否定する言葉を発した。


「安心してくれていい。後は我々が狩るだけ、君たちの仕事はそれを見届けるのみだという事だ」

「そうなんだ……。でも、何もいないように見えるんですけど、何が獲物なんですか?」

「何を言う。獲物など、すぐそこにいるではないか」


 鎧の冒険者はそう言うと、なぜか盾を構えた。

 どうしてそんな事を、そうギルバーが思った矢先、いきなりゼンに引っ張られて投げ飛ばすように地面へ叩きつけられる。


「がっ!? おま、何しやが……ッ!?」


 文句を言おうと思ったが、ギルバーは己が一瞬前までいた場所に巨大な爆風が上がっているのに気が付いて絶句する。

 それは魔術的な攻撃だった。見上げれば、崖上にいた魔術師たちは呪文の詠唱を開始しており、その1つが5人を襲ったのだ。

 ギルバー以外は不穏な気配を感じ取っていたのか全員無事に回避できたが、直撃していれば体がバラバラになっていても不思議ではない威力の魔法だ。


「っ、まさか、お前の言う獲物って……!」


 周囲にはやはり魔物の姿などない。そこにいたのはギルバーたち『黄金の旗』の5人だけだ。

 ようやく理解したのかと笑うように、冷たい声色が鎧の冒険者から飛んでくる。


「欲に目の眩んだ低級冒険者。それが我々の獲物だ」

「騙して悪かったなぁ、雑魚共! お前らのカネと装備は俺らが回収してやるから、安心して死ねや!!」

「てめえらの死亡手当も俺たちのもんだ! 自分の実力も分かってねえボンクラが金になってくれるなんて、笑いが止まらねえよなぁ!」

「楽して稼げるとでも思いやがったかぁ!? 次からは依頼の内容はよく確認しとけやぁ!! 次なんざねぇけどな!!」

「……ッ!!?」


 罵声と共に、プラチナ級の属性魔術が一斉に襲い掛かる。それを5人はバラバラに散り、どうにか回避し続ける。

 言われてみれば、彼らの受けた依頼はおかしな点ばかりだった。

 ダイヤモンド級の依頼として張られていたのに、2ランクも下のゴールド級冒険者5人のパーティの参加を突っぱねもせず、そもそもザックたちの手によって大半の脅威が取り除かれたはずのドナマーブル地方での討伐依頼となっていた。討ち漏らしはあっても、そう何体も出ては来ないはずだ。

 今この段階になり、罠であったのだとギルバーは知る。


「畜生、どうすればいいんだ!!」

「どうにかできると思ってんのかぁ!」

「足掻きながら死んどけやぁ!!」


 打開の一手はないのかと叫ぶギルバーに殺意の籠る雷撃と火炎が迫る。

 それもすんでの所で彼は回避した。依頼での指示通り、機動性のみを考えた装備であったおかげだろう。

 しかし彼らの誰も反撃の手段を有していない。戦う事は考慮しなかったのでせいぜい小さなナイフが手元にあるくらいだ。

 ハミアは魔術を使えるが、こんな集中砲火を浴びている状況では詠唱など不可能。出来る事はただ逃げ惑うだけだった。

 5人にできるのは逃げる事だけだったが、唯一の退路は鎧の冒険者が隙間なく塞いでいる。

 どこにも逃げ場はない。このままではギルバーたちが逃げ避けるのに疲れた時、足を止めた瞬間にミンチへと変えられる事だろう。


「だったら……!!」


 じり貧の状況と察すれば、ギルバーはイチかバチかの策に出た。

 魔術の雨あられを突っ切り、逃げ道を塞いでいる冒険者へまっすぐに突っ走った。


「! お前……まさか」


 彼の考えが読めたのか、鎧の冒険者は驚いたような声を出す。それを聞き、ギルバーはニヤリと笑った。

 彼は道が塞がれたのならこじ開ければいいと考えたのだ。幸い、そのための力は今もギルバーを狙っているのだから。

 ギルバーは冒険者に飛びつき、他の4人のために命懸けで道を切り開こうとした。


「まさか、そんな対策もしていないと本気で思ったのか?」


 鎧の男が盾を掲げると、ギルバーを追ってきた魔術の全てがその盾の前で掻き消える。


「っ!? ま、魔法の、無効化……!?」

「ギャハハハ!! まさか同士討ちなんて馬鹿やらかすとでも思ったかよ! なんのために狙撃側を魔術師で固めてると思ってやがる!!」

「たまにいんだよなぁ、逆転の一手を思いついた! って感じでリーダーに突っ込んでく奴! ……んでその後の絶望顔、最っっ高に興奮するぜ!!」


 旧知の打開策を抹消され、ギルバーの頭は真っ白になる。一縷の望みをかけて彼を見守っていた仲間たちも、みるみるその顔に諦観が浮かび始めた。

 鎧の冒険者はギルバーを片手で掴み上げ、その首を持って魔術師たちが狙いやすいように掲げてやった。


「さあ、先ず1人目だ」


 袋小路側へ正面を向けられたギルバーは一斉に魔術の詠唱が自身へ向けて飛んでくるのをまざまざと見せつけられる。その中で、絶望に顔を歪ませる4人の仲間を見た。

 死。眼前の光景を見たギルバーの脳裏に浮かぶのは、ただその一言だった。

 7つの魔法が彼へと迫る瞬間、ギルバーは諦めたように瞳を閉じる。




「――いいや、彼らは1人も死にはしないッ!」




 幻聴か、着弾の直前にそんな声を聞く。

 そして、訪れるはずの衝撃はギルバーの元へひとつも襲ってはこなかった。

 何が起きたのかを確かめるべく、彼は閉じてしまった瞳を再び開く。

 そこにいたのは、長い金色の髪をなびかせ、美しく輝く鎧を身に纏う女剣士の姿だった。

 振り抜かれた姿勢で止まった彼女の背中を見て、ギルバーを掴んでいた男は驚愕の声を上げる。


「っ、お前は、不滅の……!」

「私の名を知ってくれていたか。光栄だな。ならば改めて聞かせよう」


 彼女の正体を知るらしい冒険者は驚きのあまりギルバーを解放する。

 自由になった彼は振り返る女剣士の顔を見た。

 そして、その美しさに一瞬で魅了され、言葉を失う。

 彼女は鎧の冒険者へと剣を構えると、その名を口にした。


「我が名はビスク! 世界の悪を断つ刃……不滅の勇者ビスクだ!」

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