黄金の旗は輝いて
「……くそっ、今日もギリギリか」
冒険者パーティ『黄金の旗』のリーダー、ギルバーは小さく嘆息する。
全員がゴールド級の冒険者である彼ら5人は毎日のようにギルドで依頼を受けているのだが、ここ最近はあまり成果を出せていない。
ゴールド級の彼らのこなせる依頼は必然的に自身と同じランクまでの依頼となる。
しかしゴールド級はこの世界において下から数えた方が早い等級だ。下級とまでは言わないにせよ、実入りの多い仕事は少ない。
魔物の討伐などにおいて彼らのチームワークは素晴らしい。同じ異世界で育った前世を持つおかげか、見事な連携で敵を倒していける。
だが、いかんせん相手がゴールド級までであるため、少ない負傷で依頼を達成してもその報酬のほぼ全てが彼らの生活費に消えていってしまう。
「雀の涙って感じ。これじゃあ孤児院に送るのは、控えておきたいわ」
メンバーの1人のハミアが机の上に置かれた硬貨を眺めながらぼやく。
5人の生活に絶対に必要な分を除いて、余ったのは銀貨5枚。彼女が言うように、仕送りにはあまりに少ない額だ。
誰も口に出して肯定はしないが、こんな額ならもしもの時に備えて手元に残しておきたいと考えるのは多数派の意見だろう。
「最近、ずっとこんな感じだよな。シスターに恩返し、なんて言ってたのに全然何もできてないじゃんか俺たち」
「……あんま考えないようにしよ、トラッド。いちおーザックが最近は稼いでるみたいだし、私らはもっと稼ぐ方法考えようよ」
同じ異世界からの転生者、ザック。シルバー級と聞いて自分たちより弱いと思い孤児院に残してきた彼が活躍しているというのはギルバーたちも度々耳にする。
非常に危険であるはずのオリジナルランクのキメラの討伐依頼に参加し、キメラの発生原因の破壊にも貢献したのを彼らは知っているし、最近になってダイヤモンド級の魔物を討伐したという噂まで広がりつつある。
が、彼らは未だにザックの実力の認識を改めていない。それらは全て彼の周りにいるダイヤモンド級の戦力によってなされたものだと思っているのだ。
「そういえばもうすぐ孤児院を新しく建て直すって聞いたな。凄いよなザックたち」
「リィンさんがいるんだし、ダイヤモンド級の魔物だって倒せるだろうしな……。そのくらいの稼ぎはできるか」
「他の子も強いっぽいしね。……女の子ばっかなのは気になるけど」
「同郷の仲間の話で盛り上がるのもいいが、そろそろ私たちの今後も考えた方がいいだろう」
「……っ」
ゼンの言葉に、4人は口を閉ざす。
そう、ザックは活躍している。だが、彼ら5人は未だ自分達が生きるだけで精いっぱいな有り様だ。この現状は変える必要がある。
「そうだけど、どうするよ」
「私としては、もう1度プラチナ級の依頼へ挑むのも有りだとは思うのだが」
「っ! ゼン、本気で言ってる……?」
ハミアは絶句し、ゼンを凝視する。
もう1度、と彼女が言ったように、『黄金の旗』は過去にプラチナ級の魔物討伐依頼を受注した事がある。チームワークに優れた自分達ならワンランク格上程度なら倒せるのではないか、と思っての行動だった。
だが、その結果想像を絶する魔物の強さに彼らは気圧され、会敵と同時に逃走を選択した。
その際にゼンは魔物の放つ酸をわずかに浴び、腰の骨が露出するほどの無残なダメージを受けた事がある。
あまりにも見るに堪えない傷を負い、以降ゴールド級以上の依頼など彼らは受けようと考えもしなくなった。
だというのに、傷は癒えたとはいえ怪我をした本人が再びプラチナ級の依頼に挑戦しようと提案したのだ。
「稼ぎが不足している以上はやはり危険に飛び込むよりほかないだろう。知識も経験もあの頃より幾ばくかは増えたのだし、悪い話でもないと思うが」
「無茶だゼン!」
「何が無茶か。ザックだってプラチナ級の魔物を討った事があるのだ。私たちは5人でザックより1つ上のランク、勝算はより高いとは思わないか?」
「それは、運が良かっただけだってあの時にザックも認めてただろ!?」
「そうだな。……だが彼よりランクの上である私たちなら、偶然も必然に変えられる、そう思わないか?」
「それ、は……。……」
問答の末、ギルバーはゼンの考えを否定しきれず、そのまま全員でギルドへ依頼を探しにいくことにした。
5人は格上、プラチナ級の依頼をくまなく探して回る。
掲示板に張り出された依頼書を1つ1つ確認し、比較的安全そうなものを探す。
「複数の敵が討伐対象の依頼は避けよう。不意打ちでやられる可能性があるから、やるなら単独のやつだ」
「でもそれって1体でプラチナ級の危険度って事でしょ? それこそ前の時みたいに単純な力で押し潰されちゃわない?」
「んーじゃあ採集とか採掘とかの納品系? ……でもプラチナ級のってなったら海とか越えなきゃっぽいよ?こっちは船代とかヤバそうじゃない?」
「報酬との兼ね合いもあるし、やっぱできたら討伐系が美味しいみたいだな……」
互いに検討し合う姿は、同じ孤児院で育っただけあってか実に互いを信頼し合っているのが伺える光景だった。命がかかっているというのもあるだろうが、実に真剣な顔をしている。
「……発案しておいて何だが、やはり考えが甘かったかな。そんな我々に都合のいい依頼など、そうそう……ん、これは」
難易度相当の依頼ばかりであると探しながらに痛感するゼン。そんな中、彼女は一際目を引く依頼書を発見しまじまじと見つめる。
それに気が付いたのか、他の4人もゼンの元へ集合した。
「何か見付けたか?」
「……うむ、更に上、にはなってしまうようだが」
ゼンが手にした依頼。それは、なんとプラチナ級どころかダイヤモンド級の依頼書だった。
「そ、それってリィンさんレベルの人が受けるやつでしょ……? 死ぬって絶対!」
「ザックにできたからって、流石にこの飛び級は……」
「だが、なんとかできそうな内容だったもので」
「マジで? どんな依頼だよ」
ギルバーは依頼書を手に取り、その内容を読み上げる。
「魔物の誘導依頼? ……『多数の魔物を所定の位置に誘導して貰いたい。撃破は考えず、こちらの用意する魔術師たちの狙撃可能地点まで魔物を誘い出してくれるだけでいい。機動力が重要な任務となるため、可能な限り軽装での参加を推奨する』か。……倒さなくていいなら、なんとかなりそうだな」
魔物が複数出てくるというのは懸念点だが、それでもただ特定の場所へ逃げるだけでいいのは魅力的な案件だった。
報酬もダイヤモンド級の依頼というだけあって、ギルバーたちが普段受ける依頼より桁が2つ3つ変わってくるような額だ。
「強敵相手だが、戦う必要は一切ないのは嬉しいだろう。私たちも、格上から逃げ回る事には一家言あるからな」
「はは……言うなあ」
「けど、これならなんとかやれそうだよな」
自分たちでもやれそうな依頼を見つけ出し、5人には徐々にやる気が満ちていく。
一獲千金のチャンスを前にし、それを逃さぬように『黄金の旗』の彼らはその依頼を受ける事を決意するのだった。