災厄の孤島
「やってくれたな、ザック」
シックス、ヴェナと添い寝をした晩、俺もなんとなく予想はできていたが女神様が夢の中に現れた。
表面上はにこにこしているが……これは間違いなく怒ってるんだろうな。
「俺以外の女に色目使うなってあれだけ言ったのに、とうとう同衾か。しかも、2人同時にときたか」
恥ずかしくなった俺はリィンの前から逃げるように去った。
その時俺に抱き着いてた彼女たちも俺の部屋までついてきて、結局振り払えずに同じベッドで寝る事になった。
元々そんなに大きいベッドでもないので、そりゃあ必然的に密着することにはなってしまうが……。
「な、何もしてませんよ!」
「してないわけねーだろエロい目で見てんだから!」
「シックスを一時そういう見方してしまったのは事実ですけど、一切手は出していません!!」
そもそもリィン相手に失態を晒してしまった直後なので、仮にその気があったとしても何もしてないだろうな。
俺としては一刻も早く寝て、全部忘れたかったのだ。
そんな俺の胸倉が掴まれて思いっきり引き寄せられる。女神様の吐息がかかる距離まで顔が迫り、めちゃくちゃドキドキする。
「へぇ、なら本当にちっとも興奮してないってか?」
「い……今はしてますが……これをノーカウントにするなら、してないです」
「ふん……。とりあえず信じといてやるか」
俺の言葉を聞くと女神様は離れた。ほんとに綺麗な顔してるんだよな、この人。もう少しあの近さのままでいてほしかった気もする。
「えっと、もしかして今回もこれ言いに来ただけ、ですか?」
「嬉しいな、中々勘が鋭くなってきてるじゃないか」
そして、今日も別にシスターに危機が迫ってるとかを告げにきたわけではないらしい。まだ1週間も経ってないし、そんな事だろうと思ったぜ。
釘を刺しに来ただけの女神様は不満そうに腕組みをした。
「ったく、もっと俺の事だけ考えろってんだよ……」
「いやあ、触ろうとしただけで殺すと言われては難しいんじゃないっすかね……」
「なんだよ、お前の勇気がないのを俺のせいにするってのかよ」
「……それは勇気出して手を出したらオッケーって話ですか?」
おっと、思わぬところから風向きが変わった気がするぞ?
どちらかというと不満なのは俺の方だったのだが、その不満をそのままぶつけてみたら思わぬ返答が返ってきた。
もしかして今までずっと拒絶されてたのって言葉だけのものだったりしたの? 殺す殺すも好きの内って話??
「ははは。まあ、そうだな。お前が俺の居るとこまで来たら、考えてやったっていいかもな」
マジか。どうやら俺の想像は割と当たっていたらしい。彼女が住む場所に行けば好きにしていいのか!?
……あれ、でも神様が住むような場所って天界とかなんかじゃないの? シルバー級とはいえ、生身の人間である俺がそんな所までいける気がしないんだけど、一見楽そうに見えただけでかぐや姫の難題みたいなものか……?
と、少し思った俺だったが、心当たりはある。
女神様は銀の災厄と深く関わりのある存在だ。だとしたら。
「……もしかしてそれって、銀の災厄が住んでる場所の事だったりします?」
いるとしたらそこなんじゃないだろうか。ドナマーブルとを隔てる山脈を食い破ったあのフットワークの軽さ、少なくともかなり近い地域で両者が暮らしている可能性は高い。
そんな俺の予想を、女神様は妖艶に笑って受け流す。
「ふふっ、行ってみりゃ分かるんじゃねえか? 場所を教えてやってもいいが……違ったら代償は死か、場合によっちゃもっと酷いかもな」
「くッ……!! 結局手も出せないって事じゃねえかよ……!!」
期待を持たされた挙句、待ち受けているのが唯一敵にしたくはない世界最強の存在である可能性を示唆されてしまった。
両手を突いてガックリした俺に愉快そうな女神様の声がかかる。
「あははっ、死ぬのなんか恐れないで行ってみりゃいいだろうに。意外と災厄にも出会わないで、俺がベッドの中で待ってるかもしれないだろ?」
「……そう言われると魅力的ではあるんですけど……やっぱり死への恐怖のが上です」
「そうかい、そりゃあ残念だ。元気の出る料理でも作って待っててやろうかと思ったんだけどなー」
口ではこんな事を言っているが、明らかに俺の返答が分かり切っていたような口調だった。
「ま、そんなに死にたくねえなら1つアドバイスはしてやる。海の真ん中の孤島には近付くな」
「孤島?」
女神様の言葉に、俺はこの世界の地図を思い出してみる。
海の真ん中、というとどこか分からないが、多分孤児院から南東の方にしばらく行けば大きな海があったはずだ。
そこから更に南東、大きく離れた場所にはフォラグレインという名の大陸があったはずなので、この間のどこかに女神様の言う孤島があるのだろう。
俺の想像を肯定するかのように女神様は頷く。
「近くには何もないから逆に分かりやすいだろうな。不死身でもないなら、確実に死にたい時以外は行くべきじゃねえ」
「確実に死ぬって事ですね?」
「ああ。溺死、焼死、ショック死……とにかくいろんな死に方ができる」
「死のテーマパークか何かですか……?」
まあ人間の死に方なんて1人につき1種類しか選べない。ようは「苦しんで死ぬ」と言われてるのと一緒なのだし、近付くべき所ではさそうだ。
「……とりあえず行くべきじゃない所があるのは分かりました。ありがとうございます」
「臆病だなあ。案外そういう所でこそいい女と出会えるかもしれないんだぜ?」
「行かせたくないのか行かせたいのかどっちなんですか!? だいたい、今女神様女の子じゃなくて死因の紹介しかしてなかったじゃないですか!」
「えー、死神とかなら会えそうだろ?」
「会うイコール死でしょうがそれは!!」
死神の女の子、と言われると見てみたい気もするが、そんな死が満載の孤島で出会えても鎌とかでスパッとやられそうだし、絶対に近付かないと俺は決める。
「……まったく、こんな調子じゃお前は一生童貞だろうな」
「なんで死と隣り合わせの状況でしか俺は童貞捨てられないみたいな言い方なんですか!!? 俺の命そのものが童貞だとでも言いたいんですか!!」
俺の事は無視し、言いたい事は言い終わったのか女神様は消えていく。
「じゃ、その内また会おうぜ。それまでシスターを悲しませるような真似、するんじゃねーぞ!」
最後にまた俺に釘を刺してくる。これもきっと、シックスとヴェナに手を出すな、と言いたいんだろうな。言われるまでもないことだ。
叱られるだけで終わるかと思っていたが、今回は危険地帯を知るという収穫があった。
近い内にその孤島について詳しく調べておこう。