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俺たちに逃げ場はない

 いきなり女神を名乗る俺っ子が夢の中に現れ、シスターを助けるように言われた俺は困惑で何度も瞬きする。

 夢の中に整合性などないものだけど、あまりに荒唐無稽すぎる気がしてならない。


「……昔、お前のとこのシスターと色々あってな。何かあれば助けてやるって決めてたんだよ。俺は全知全能だからな、あいつに迫る苦難とか災いも事前に知ることができるんだよ」

「という事は、俺の夢の中に出てきたのも女神の力って事ですか?」

「そうだ、お前の夢を通じて今こうして語り掛けてやってるんだよ」

「なるほど。……でも全知全能だって言うなら俺を仲介したりしないで自分で苦難だの災いだのを取り除いたらいいんじゃないですか?」

「そこに座れ」「はい」


 当たり前の疑問だったが、何か聞いてはいけない事を聞いた気がした。なので俺は言われるがままに高速で正座する。

 本当に全知全能の女神なのかは知らないが、事実だったら俺は簡単に殺されてもおかしくないだろう。だって口調が乱暴で怖いし、あんまり沸点の高いタイプにも思えないのだ。

 何を言われるのか暫く待っていると、女神は体を震わせながら叫んだ。


「俺が直接片付けるのは……違うだろ!」


 知らねーよ!! と叫びたかったが、こらえた。なぜか女神は顔を赤くしているが、何がそんな恥ずかしいのかも俺には分からない。

 神というだけあって、やはり俺のような人間とは違う価値観で生きているということなのだろうか。


「まあ……そういう事だ」

「どういうことだか全く分からないんですけど」

「早い話が俺の意地って事だよ。お前にはそれに付き合ってもらうってだけの話だ」

「……ちなみに拒否権は?」

「俺と闘いたいって話か?」

「いや……いいです、大丈夫です」


 自称ではあるが全知全能の神などと戦いたくない。ただでさえシルバー級の能力しかなくて孤児院に帰らされたのだからなおさらだ。

 おとなしく言う通りにすると伝えると、女神は喜ぶように頷き口を開く。


「そう言ってくれて俺も嬉しいよ。じゃあ早速働いてもらうか」

「いきなり……? 何すればいいんですか。シスターの代わりに火を使う料理しろ、とか?」

「いや、昼にゴールド級の盗賊が8人くらい来るから、全員殺せ」

「え?」



 女神に聞き返そうとした瞬間、俺の目は覚めた。

 ベッドの感触と窓から差し込む光に、いつの間にか夜が明けていたことを知る。

 ゆっくりと体を起こし、俺は女神が告げた言葉をじっくりと思い出す。

 昼に盗賊が来る。それも8人。

 しかも、ゴールド級。


「……無理だーーーーーーーー!!!!!!!!」





 それから少し経ち、朝食の時間になった。

 俺は呆然としながらもシスターとリュオンたちの食事を作り、一緒に食べた。


「よーし、それじゃあみんな! 今日はちょっと逃げてみようか!!」


 全員が食べ終えたのを見ると、俺は立ち上がってそう叫ぶ。

 が、3人共何を言ってるのか分からない様子で首を傾げている。


「逃げる? 何からですか?」

「……信じられないかもしれないんですがシスター、今からこの孤児院に盗賊がやってくるんです」


 真剣な顔で俺は女神から教えられた情報を公開する。一瞬だけシスターは驚いたような表情を見せたが、その後すぐに笑いだした。


「うふふっ、悪い夢でも見たのかしら。今朝はザックったら大声を出してましたものね」

「すごいうるさかったよ、あれ」

「こわかったぁ……」

「いや違っ……! 本当なんだって! 昼にはここに盗賊が!」

「ええ、そうなったらザックが守ってくださいね。一度は冒険者として生きていくと決めたんですものね」

「盗賊……? こわいぃ……」

「へーきだよ、どうせザックの見た夢だって」


 朝方の絶叫が悪夢を見たせいだと思われてしまったのか、シスターは俺の話を信じているようには見えない。

 ローレナは少し怯えているが、リュオンはまるで真に受けていないし、誰も逃げようとまではしていない。

 あまりに反応が悪いせいで、俺の方が間違っているような気さえしてきた。女神だ何だというのも、全部俺の見た夢に過ぎないような。


「そんな……。でも、あんな具体的な夢……」

「……。もしも本当だったとしても、私たちに逃げる場所なんてありませんしね」

「え」


 夢だったという事にして忘れ去ろうとしていた俺に、シスターは諦めるような口調でそう言った。


「ここは私たちの家。『銀の災厄』で住む場所を失った者たちの家。……ですが、ここに逃げてきた私たちには、これ以上逃げる場所などありませんから」

「っ……!」


 銀の災厄。それはこの世界を襲う生きた災害だ。

 気紛れにその怪物は世界各地に現れ、標的と定めた国を丸ごと滅ぼすのだ。

 どこからともなくすべてを焼く炎の壁が現れて国を覆い、その中で怪物が破壊と殺戮の限りを尽くす。その一連の行為を『銀の災厄』と呼び、この世界に生きる人々は恐怖している。

 俺もその銀の災厄によって住む場所を無くし、この孤児院へとやってきたのだ。前世の記憶を取り戻す前の出来事だが、どうして生きてここまで来られたのか自分でも不思議なくらいだった。

 そう、そんな奇跡的な生還を果たして、この孤児院へと逃げ込んできたのだ。俺だけでなく、ギルバーたちも、リュオンとローレナも、そしてシスターも。

 ここから少し離れた場所には俺が行った冒険者ギルドもある大きな町が存在する。そこまで行けば安全ではあるだろうが、受け入れてもらえるかはまた別問題だ。

 盗賊をやり過ごす分にはいいかもしれないが、いつまで孤児院にいるかも不明だ。そのまま住み着いたり、最悪の場合孤児院を焼かれる可能性だってある。そうなったら、俺達は住む場所さえ失って路頭に迷うことになるだろう。

 ギルドに依頼を出すという手もあるが、それもできない。なにせこの孤児院はお金がないのだから。それを知っているからこそ俺も冒険者として金を稼ごうとしたのだ。

 八方ふさがりの状況に、俺はその場に膝を突く。


「そんな……どうすれば……!」

「大丈夫ですよザック。どんな苦しい状況でも、きっと神様は見て下さっています。正しい行いをしていれば、必ず悪い運命からは逃れられるはずですよ」

「神様が……?」


 シスターの言葉に、俺は女神の顔を思い出す。……今思えば、神を名乗る割に背が低く、威厳というものがあまり感じられない気がした。シスターが言うような対価を与えてくれそうかというと……う~ん……。

 だがそれとは別に、あることにも気付いたのだ。

 どうしようもない詰みの状況かと思っていたが、きっと俺にも何とかできるはずだ。

 そう気付き、俺は逃げるのではなく盗賊を迎え撃つことにした。

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