シックスのやりたいこと
『……ふふっ♪』
昼過ぎ、孤児院の外に出た俺はシックスが地面に座り込み、鼻歌交じりに何かやっているのを目撃した。
「何してるんだ?」
『わっ!? ……あ、ザック』
急に話しかけてしまい、驚いたのかシックスは慌てて俺の方を振り向いた。
彼女の両アーム部分は土塗れになっており、どうやら近くの地面を掘り返していたようだ。
「……泥遊びか? にしてはかなり広くやってるなあ」
俺と同じかそれより若干上の全長があるものだから勘違いしてしまっていたが、この子の中身は少女だったのだ。
子供っぽい遊びだなと思ってしまったが、多分年相応の遊びなのかもしれない。……やたらと広範囲に及んでいるのが気にはなるけど。
『あ、遊んでないわよ! これは畑を作ってるの!』
「畑? あぁー、だからか」
シックスの言葉に、なんでここまで広く土を掘り返していたのか納得する。
よく見ればシックスが掘っていた範囲は縦も横も綺麗に揃った正方形だった。5メートル四方のそこは、彼女が言うように畑のごとく耕されている最中に見えてきた。
「……それで、なんで畑を?」
『ふふん、私ね、お父さんとお母さんの所にいた時は一緒に野菜を作ってたの。ここっていっぱい土があるし、せっかくだから何か育ててみたくなって』
「そうだったのか。それならリュオンとローレナにも一緒に手伝わせてやってくれ。あいつらも大人になった時にいろんな仕事ができた方がいいだろうし」
『……ううん、これは私だけでやらせて』
「……?」
自ら進んで農作なんて始めていたのに感心して、リュオンとローレナを参加させようとしたのだが断られてしまった。何かこだわりでもあるんだろうか。
俺としてはせめてあの2人にも将来のために役立つ経験をしてほしいと思うので、せめて見学くらいはさせようかな、と考えたあたりでシックスが立ち上がって額を拭うような動作をする。
『ふう、いい汗かいたなあ。……疲れちゃった』
「いやいや、ロボットなんだから汗なんてかかな……うおっ!?」
ツッコミを入れようとした時、俺の体の力が抜けるような感覚がした。
これは以前にも覚えのあるやつだ。シックスと出会い、破壊した時の魔力が吸われる感覚。
魔力吸収機構だったか。シックスに搭載されたそれはその名の通りに他者の魔力を吸い取る。
どうやら彼女はたった今俺の魔力を吸収したようだ。……っていうか俺に魔力ってあったんだな。もしかして俺って魔法が使えたりするのか?
「……それで? なんでいきなり俺の魔力を吸ったんだよ」
『その、ね。私の動力にもなってる魔力吸収機構なんだけど、私が壊れたり、傷付いたり、エネルギーが不足し始めると勝手に起動して周囲の魔力を吸い上げて修復を始めちゃうの』
言い渋るような口調でシックスは言う。それは確か実験生物研究所でも言っていたことだった気がする。
『今のも、私が畑作るのにエネルギーを消費したから、近くにいたザックの魔力を吸収しちゃったんだと思う』
「……なるほどなぁ。だからリュオンとローレナは呼ばないで1人でやってたわけか。急にあんなドレイン行動されたらビックリするだろうしな。俺も気を失うかと思ったし」
『それで済めばいいんだけど』
「え、済まないの?」
意外な反応が返ってきて、シックスは俺のオウム返しな質問に頷く。
『全部機構の方が自動でやっちゃうから、加減とかできないの。……あのくらいの子だと、絶対死んじゃう』
「し、死ぬまでいくのか」
『……ザックも私の事壊してよく平気だったね。実験で私を壊したキメラって、みんな魔力を吸われて死んじゃってたのに』
「俺も死ぬまでいく可能性があったの!?」
日を置いてから衝撃の事実を知らされて俺は戦慄する。
何かがごっそり抜けていく感覚だけは分かっていたが、あれ普通に致死レベルのドレインだったのか。……よく生きてるなあ俺。損傷の程度によるのかもしれないけど、もう3回はシックスに魔力吸われてるのにな。シルバー級だけあって魔力も実は無尽蔵にあったりするのか?
……っていうか、そんな危険な機構を搭載してるロボ、ここに置いてていいのか?
「…………」
『ぁ……。えへへ、そうだよね』
そんな俺の心の中を見透かしてしまったかのように、シックスは自嘲気味に笑い、立ち上がる。
『危ない……よね。リュオンくんと、ローレナちゃんだったよね。あの子たちと遊んでた時にもし魔力吸収機構が動いちゃったら、きっと殺しちゃうもん。……アーレットさんは住んでいいって言ってくれたけど、出てった方が、いいよね』
「ッ!」
命すら奪う超級の吸収能力。自動で発動してしまうのだとすれば、その2人だけでなくシスター、リィンやヴェナにも危険が及ぶかもしれない。
だとしたら、彼女が言う通りかもしれない。昨夜は何も言わなかったが、女神様だってシスターの命が危ぶまれると知れば、黙ってはいないだろう。
顔部分を伏せ、そのままゆっくりと俺から背を向けようとしているシックスは、このまま黙って見送るべきなのかもしれない。
……かもしれないのだが、なぜか俺は気が付いた時にはシックスの手を掴み、引き止めてしまっていた。
『え……どうして』
「……シスターが言っただろ。シックス、お前はもう俺たちの家族なんだ。このまま追い出したりなんてできない」
ギルバーたちのパーティに入れてもらえず、孤児院へ追い返されたあの日の俺と同じようなものをシックスに見てしまったのだろうか。悲しみを隠しきれていなかった姿に、勝手に体が動いていた。
『そ、そんな事言ったら……私だって殺したくないもん! 家族を殺すなんて、私やだよ……!』
「だったらずっと俺の傍にいろ!」
誰も殺したくないのは彼女も一緒だった。それが分かれば、俺の口ももう止まらず動き始めていた。
『どうしてそうなるの!?』
「シックスの魔力吸収に俺はもう3回も耐えてるんだ。しかも1回はお前の事機能停止に追い込んだ状態の吸収だぞ、それに耐えられる俺だったら、いくら吸われたって平気なはずだ!」
なんの根拠もない憶測だ。あの時実際は本当に危ない橋を渡っていた可能性だってある。
それでもここで説得しなければシックスは孤児院からいなくなってしまうだろう。
研究所で作られた彼女には行くあてなどないだろう。中身は少女なんだ、そんな子を孤独に野宿なんてさせたくない。
「シックス、これからはどこに行くにも俺と一緒だ! 食事の時も、寝る時も! お前に必要な魔力は全部、俺の体から好きに奪えばいい!!」
『っ……』
俺の、思いつく限りの言葉をもってしての説得。
その甲斐あってか、シックスも孤児院を出て行くのを止めてくれるらしい。俺が掴んだのとは反対の手を、俺の手の上に重ねてくる。
『ぅ……その。そこまで言うなら、ぃ、一緒に、いて、あげる……』
「シックス……!」
うつむいたままの彼女の言葉はやけに歯切れが悪いというか、もごもごした感じの小さな声だったが、俺は聞き逃さなかった。
前言撤回し、シックスはこのまま孤児院で一緒に暮らしてくれるようだ。
「よかったー。……? ……ところでシックス、なんか熱くない?」
そこで気付いたのだが、彼女の手が、というか彼女の全身から凄まじい熱気が伝わってきていた。
紫色の装甲のシックスの体は、特に胸部から頭部あたりにかけての空気がグラグラと揺れるように俺には見える。
『ごめん、ザック。オーバーヒートしてる……』
「は? なんで?」
『き、気付いてよ馬鹿!!』
しかも、なんか俺が悪いみたいな言い方だ。え、何言ったっけ俺。
……そうして少し考え、確かに年頃の女の子へ向けるには刺激的にすぎる事を言ってたな、と理解した。ほぼ付き合ってくれって言ってるのと一緒だよねこれ。
「あはは、確かにかなりぐあああああああああああああッ!!??」
『ざ、ザックが一緒にいるって言ったんだからね! 熱が収まるまで、耐えてよ……!』
熱で機体がダメージを受けているのか、ものすごい勢いで俺の魔力が吸われていくのが分かる。
早速出番が来たのはいいんだけど、持続的に力が吸収され続けているのが感じ取れるんだけど、俺は本当に耐えきれるだろうか。
「まっ、任せてくれ……! お、俺は、S級冒険者、だからあああああああああああああ!!!!」
なんとかそれだけ言い残し、俺はそれからしばらくの間シックスによる激しい魔力吸収に耐え続けるのだった。