名前を付けましょう
とりあえず実験生物6号には危険がない事を確認できたので、俺たちは彼女を連れてギルドまで戻った。
キメラ討伐に参加した方がいい気もするのだが、強敵のほとんどはリィンが行きがけに倒していたらしい。大きく数も減って、残るは雑魚の掃討だけだというのだ。
「……でも俺にはただ1人で突っ走ってただけに見えたんですけど」
「強え奴らを引き付けて仲間に楽をさせてやるのが上級者の戦いってもんだろ? その点、研究所でその子の相手を買って出たザックの行動は良かったね。最上級ランクに相応しい対応だ」
「そ、そうかな? いやあ……。あれ、ただ突っ走ってた事は否定されてないような。……本当にそういう作戦だったんだよな?」
「フフ……」
褒められてそのまま流しそうになったが、ちゃんと聞き直したら笑って誤魔化された。
あ、これは結果的にそうなっただけで実際はそこまで考えてないやつだな。
「ま! どっちにしろ後は山で防衛してた連中に任せときゃなんとかなるさ! ほらザック、あたしらの報酬だよ!」
そう言いながら、リィンは俺に大きな革袋を渡してきた。
金貨、銀貨、銅貨。様々に硬貨が詰まっている。俺たちが倒したキメラの報酬、という事でギルドから出たものだ。
結構な額なのだが、俺はそれをリィンへ押し返す。
「キメラの討伐はほとんどリィンの仕事だったろ。これはリィンが好きに使ってよ」
「うん? あたしはあの孤児院で世話になってんだし、報酬は全部あそこに収めなきゃじゃないのか?」
「それは俺が孤児院への恩返しでしてるだけの事だよ。そのほとんどはリィンが稼いだ報酬なんだから、俺とヴェナが働いた分以外は好きに使ってよ。ヴェナもそれでいいよね?」
「うん。ヴェナもザックもちょっとしか戦えなかったもんね」
俺の行動にヴェナも賛成してくれる。俺たちが戦ったのってリィンが討ち漏らした本当にごくわずかのキメラだけだったしな。
「いいのかい? ……ならお言葉に甘えるとしようかね」
そう言って、リィンは嬉しそうに報酬の袋を手にする。
そのままギルドの受付まで戻り、中身の半分ほどを豪快にカウンターの上へ流すように置いた。
「ドナマーブルの方に防衛に行ってる奴らが帰ってきたら、これで好きなだけ飲み食いさせてやってくれ。……目ぼしい大物はあたしがやっちまったからね。稼ごうと思ってた連中への詫びって事でひとつ頼むよ」
「は、はあ……」
受付の人に告げて、リィンはすっきりとした表情で戻ってきた。報酬を大きく減らしたのに、なんだか晴れやかな顔をしてる気がする。
「うし、行こうぜ」
「好きに使ってとは言ったけど……いいの? 半分くらいになってるじゃん」
「オリジナルランクの依頼だったんだ。かなり準備してった奴らもいるだろうし、あたしが暴れたせいでそれが無駄になった奴だって少なくないだろうからさ。メシ代くらいは奢ってやらなきゃね」
出発するまえにも危険だと言っていたオリジナルランクの依頼。今回はリィンが無双できる程度の敵しかいなかったが、本来は彼女でも苦戦するような相手がいてもおかしくはないのだろう。
熟練の冒険者ならそういうものが出てくる可能性に備えて高価な武装を揃えていたのかもしれない。あの金はその準備を無駄にさせてしまった事への詫びという事なわけか。
「さ、あたしらは残りの金で飯でも食うとしようか!」
「ヴェナはお肉食べたい」
「まかせな、いい店知ってるからね! 6号だっけ、あんたも好きなだけ頼んでいいからな!」
『え? 私は見てるだけでいいけど』
「遠慮すんなって! 同じ家で暮らすあんたの歓迎会みたいなもんだ、喰いたいもんがあったら気にせず注文しなよ!」
『あの、そうじゃなくって、私は食べる機能とかなくって……!』
それから、以前リィンに連れて行ってもらった店で腹を満たした俺たちは孤児院に戻ってきた。
実験生物6号の事も、シスターへと説明をする。
「……という事がありまして。俺たちが連れて来たのがこの実験生物6号です」
『よ、よろしくお願いします』
俺に続き、実験生物6号は礼儀正しくお辞儀をした。どことなく緊張しているのか、声が硬い。
「あらあら、これは随分と珍しい子ですね。お名前はなんて言うのかしら」
『えと、それは分かんなくて。だから……実験生物6号で、いいです』
自分の名を思い出せない彼女に、シスターは眉を顰めた。
「む、それは違いますよ。それは名前じゃなくて、あなたが作られた順番を示すだけのものです」
『……でも、ほんとに思い出せなくて。私の、名前』
「なら、新しく付けましょうね」
『え……?』
戸惑いを見せる6号に、シスターは柔らかく微笑みかける。それを見て、懐かしい気持ちになった。
そうそう、俺もシスターから名前を付けてもらったんだよな。前世の記憶が戻る前は、ここに来た俺たち6人は自分の名前すら言えなかったような子供ばかりだった。
だから新しくシスターが名前を付け直してくれたのだ。全部彼女のフィーリングで付けたものらしいけど、少なくともギルバーたち5人は過去の名前と近いらしくて驚いてたんだよな。
そんなシスターが一体この子にどんな名前を付けるのか、俺もちょっと期待する。
案外機械になる前の名前と同じで、どんな名前か思い出せたりするんじゃないか?
「う~ん……それじゃあ、シックス、でどうでしょう?」
「そのまんますぎる……!!」
それは6号だからシックスって名前なのか? 期待を寄せてただけあってビックリするくらい安直な命名に俺はずっこけそうになる。
「どしたのザック」
「な、なんでもない」
「へっ、いい名前じゃないのか? 実験生物6号だなんて呼ぶのも長ったらしかったし、これからあんたはシックスだね」
『シックス、私の、名前……』
「気に入っていただけましたか?」
『……うん。なんだか、そう呼ばれてたような気がします』
シックスという名を貰い、彼女は感謝のこもった声でシスターの問いに頷く。シスターもそれに満足そうな顔をする。
まあ、6って意味だからね。しっくり来てるみたいだけど、そりゃあそうだと思う。……まあ本人がそれでいいならとやかく言わなくてもいいか。
「ええ。ではシックス、あなたも今日から私たちの大切な家族です。お部屋に案内しますから、ついていらっしゃい」
新たな名前も決まり、シックスはシスターについていった。
予想外に新たな孤児院の住人も増えたが、キメラの討伐も残るは残敵掃討のみ。ほとんど無事に達成できたも同然だし、今回の女神様の命令もこなす事ができたとしていいだろう。
リュオンとローレナの遊び相手も増えたわけだし、今回は言う事なしの結果だな!