夢の中の女神様
「お前、シスターを助けろ」
夜。孤児院での雑務を終えた俺はすぐに眠りについた。あまり広くない場所ではあったが、労働としては意外とハードだったのだ。
そんな俺が目を開けると、途端に聞き覚えの無い女性の声がした。ベッドの上だったはずのそこは明るく、それでいて全体的に曖昧な場所で、右を見ても左を見てもこれといった物体の無い不思議な空間だ。
俺自身がいるのもその空間の中で、横になっていたはずなのに気が付けば立っていた。地面には何もないはずなのに、落ちていくような感覚もなく、まるで雲の中を歩いているような気分だ。
そして、俺の眼前には見知らぬ人が足を組み頬杖を突き、何もないはずの空間で王様のごとく偉そうに座っている。少し浮いているのか、見上げなければ視線を合わせられない。
長い黒髪に赤いヘアバンドを着けていて、髪の間から覗く鋭利な双眸はこちらを睨み、茶色いロングコートを着た巨乳の彼女は俺の事を見下ろしている。
会った事のないはずだが、それでいてなぜかどこかで出会った事があるような不思議な印象を持つ彼女を見て、俺はすぐに状況を理解した。
「なるほどなぁ。夢かー」
とにかく不自然で不合理で、眠っていたはずの俺が陥る状況として当たり前のものだ。
夢であると気付けば、何も考える必要はない。横になり、ただゆっくりと瞳を閉じて、深呼吸をして――。
「寝ようとするな!!」
「ドフッ!?」
思い切りわき腹を蹴られた。息が漏れ、変な声を上げてしまう。
夢とは思えないような激痛で、俺は思わず飛ぶように起き上がる。
そこには依然として謎の女が空中でふんぞり返っており、俺の事を不快なものを見るような目で見下ろしていた。
かなり痛かったが、なぜか俺は少し興奮を覚えた。たぶん夢だからだろう。よく見るとめちゃめちゃ可愛いし、これってもしかしてそういう夢?
「ま、まあそれならそれで……」
「……どんな勘違いしてるのか知らねえけど、違うからな。俺はそういうつもりで来てないんだよ」
「俺っ子かぁ……。未開拓だけど、意外とアリなのかな、夢に見るくらいだし」
近寄ろうとすると、また蹴られた。今度は顔面に彼女のブーツの踵が直撃する。
「目は覚めたか?」
「いや、夢なんで目は覚めてないかと……」
「なるほどな、じゃあもう一発いくか?」
「いえ、覚めました、はい!」
再びの痛みに俺は考えを改める。これ以上蹴られたくないし、ひとまず彼女の話を聞いてみることにした。
俺の態度を見て向こうはフンと鼻を鳴らし、第一声と同じことを口にする。
「お前の住んでる孤児院にシスターがいるだろ? そいつを助けてやれ」
「? ええと、はい。一応一緒に暮らす事になってるので、そのつもりですけど」
昼間に決まったことをそのまま言うと、女は首を横に振る。
「そうじゃないんだよ、あいつと一緒にいるんじゃなくて、迫ってくる苦難を追い払えって話がしたいんだ」
「苦難……。まあ経営も大変そうだし助けたいとは思ってますが……っていうか、誰なんですかあなた?」
「あー、俺か。……まあ、そうだな」
いきなり夢の中に現れてシスターを助けろなどと助言を送ってくる謎の人物。始めに尋ねるべきだったが、あまりに唐突だったので忘れていた。
今さらながらに俺が聞くと、彼女はしばらく悩むような素振りを見せ、答えた。
「俺は……女神だ」