怖いのか優しいのか分かんないよ……
近くに銀の災厄が出現した日の夜。女神様はまた俺の夢の中に現れた。
「よう、今朝は」
「すみませんでした!!!!!」
彼女の顔を認識した瞬間、俺は猛烈な勢いで土下座した。
ここであんまり反省して無さそうな態度を取ったら絶対殺されるだろうし、どう考えても初手謝罪が安定だ。
光の速さでの平伏に女神様も驚いたようで、戸惑うような声を上げている。
「え? あー……」
「この度は本当に!! 俺はシルバー級だと聞いて舞い上がっておりました!!! マジでごめんなさい!!!!」
「……いや、そこについては俺も謝るよ、悪かったって」
気まずそうに自身の非を認めるような女神様。まるで俺の謝罪が通じたかのようだ。
「流石にやりすぎだったって反省してるわ。強さを見せるために物に当たるってのは……みっともなかったよな」
「ゆ、許してくれるんですか……?」
想像していた何倍も女神様の応対は柔らかなものだった。思わず顔を上げた俺は、彼女が頷く瞬間を目撃する。
「べ、別に怒ってるとかじゃねえんだから許すも何もないだろ。ただ力の差を教えたかっただけだ」
「え、で、でも俺、女神様を押し倒したりしてたんだけど、本当に怒ってないんですか……?」
「ふん、あのぐらいでキレるわけないだろ。……ほら、もういいから立てって。いつも通りにいこうぜ、ザック」
そう言って、いつまでも身体を伏せたままの俺に女神様は呆れるような視線を向ける。
……え、それじゃあ俺、別に謝らなくっても最初から許してもらえてたのか?
「……な、なんだぁーもー!! だったら最初っからそう言ってくださいよ女神様ーハハハ!!」
「あはは。ところでザックさ、仏の顔も三度、って言葉は知ってるよな?」
「ハハハ……」
ほがらかに笑いながら女神様は言う。やっぱ怒ってるよねこれ?
しかしそれもですよねーって感じだ。昨夜は俺絶対殺されるかと思ったもん。今回は不問みたいだけど、多分これもう次はないわ。
「……まあそういう訳だ。シルバー級ってのはあくまで銀の災厄レベルの力を持ってるってだけの話で、災厄を打ち倒せるほどの力があるわけじゃねえんだ。お前が最強なわけじゃない事だけは肝に銘じとけよ」
「はい……わたくしは取るに足らない有象無象の1人にございます……」
「いやそこまで卑屈になるなって。最強じゃないだけだ。銀の災厄以外にはめっぽう強いから安心しろって」
「強いと言われましても……」
その例外の規格外さをあなた自身に痛感させられたんですけども。というか直接見てはいないが、やっぱりあの銀の災厄は女神様自身って事でいいんだろうか。
どちらにしたってどこが沸点か分からない真の最強に睨まれているというのは安心できるものではないんだけど。
元々そこまで反抗していたわけでもないが、この女神様を怒らせそうな言動は控えるべきなんだろうな。改めて俺はそう思う。
「ま、この話はもうこのくらいでいいか。昨日の今日で悪いがザック、仕事ができたぜ」
「はい」
また俺に釘を刺すだけ刺して帰るのかと思ったが、またシスターに危険が迫りつつあるようだ。
「これまでドナマーブルにいたキメラが新たな餌を求めてこの近辺へ大移動を開始してる。……まあそんな悪い事もしてねえ奴らだが、襲ってくるなら倒してくれ」
「ドナマーブル地方って言うと……」
ドナマーブル。それは確か遠く離れた地域の名前だったはずだ。
俺もしっかり覚えてはいないものの、生き物を深く研究している人が多くいて、いろんな生物を合成して新しい魔物を作るのが盛んな所だったっけ。
確か、かなり昔に銀の災厄に滅ぼされたはずだけど……この口ぶりからすると人以外は普通に生き残ってるってことなんだろうな。
それにしても不思議な事だ。孤児院のあるこことは山岳地帯を挟んで向こう側にある地方の合成生物、キメラがどうしてこんな街の方にまで……。
ん?
「……あの、ドナマーブル地方って孤児院のどの方角側にありましたっけ」
「……。……西、だな」
「銀の災厄が来て、跡形もなく消していった山岳ってどの方角にありました?」
「……西だな」
「つまり、西の方から山という障害物をなくしたキメラがこの街めがけて襲来しつつあるって事ですね?」
「……ウフフ」
俺の質問に、女神は最後艶のある笑みを返答とした。
「お前のせいなんじゃねぇかオラァ!!」
「うわぁっ♡」
思わず俺は掴みかかってしまった。今までは関係ないだろうが、この件に関しては完全にこいつの尻拭いさせられてるんじゃないかよ!!
ふざけているのかなんなのか、色っぽい声を出すものだから、俺はそのまま拳を振り上げ……あ、ヤバい殺される。
「あっ……その、すみません、こんな事するつもりでは」
思いっきり手を出しかけてしまい、慌てて俺は女神様を放して跪いた。
次はないって自分で考えてたばかりなのに、もしかして俺の人生ここで終わる……?
「……なんだよ、そんなかしこまるなってザック。あのまま続けたってよかったんだぞ?」
「いえ、そんな……こ、殺さないでくださると嬉しいんですが」
「殺さねーってこのくらいじゃ。……むしろ俺の方がこの前の続きをされるのかなー、ってドキドキしてたのになぁ」
女神様はどうやら寛大にも二度目の無礼を許してくれるみたいだ……けど、どっちだこれ。
マジで許してくれてるんだろうか。なんか、持ち上げて希望を与えた後に殺して絶望させられる可能性もあるし、顔上げられないよ俺。
死刑を待つような気持ちで頭を下げていた俺の頬に、女神様の両手が触れ、全身が震えた。
そのまま彼女にされるがまま、顔を持ち上げた俺は女神様の顔を至近で見る。
直前の恐怖を忘れてしまうかのような美貌だ。女神を自称するだけのことはある。
その顔は泣きじゃくり続ける子供を見るような、「しょうがないなあ」という想いが見て取れるような状態だった。
「ビビりすぎだっての。……これなら、信頼できるか?」
「えっ、んっ……!?」
呆れ顔の彼女はそのまま俺に顔を近付け、あろうことかその唇を重ねてきた。
少なくともこの世界では初めての感触。今まで体験した事のない柔らかく温かいそれに、俺の脳は完全に停止して、されるがままになった。
……しばらくして、女神様は唇を離して立ち上がる。
「……ほら、ちょっとは俺への恐怖心も消えたか?」
「へ、あ……え……? な、え……? ……え……? ……え?? なんっ、は……??」
「混乱しすぎだろ……」
動揺でまともに言葉を発せなくなった俺を女神様はまた呆れたように顔を歪ませて溜息を吐いた。
「前に愛してる、って言っただろ。殴ったくらいで嫌いになるかっての。……何なら、むしろ新鮮で良いくらいだぜ」
「め、女神様……」
口角を上げながらそういう彼女に、俺も冷静さを取り戻してきた。
そういえば、言われた事があるような気がする。記憶の片隅に追いやってたくらいには覚えてなかったけど、あれは本気だったのか。
そうか、そうだったのか。なんだかんだ言って俺は、女神様に愛されているのか。
「じゃあ、やっぱりおっぱいとか触ってもいいって事ですね!!」
「フフ、調子に乗るなよ。ザック。……じゃ、キメラの件、任せたからな」
と言って女神様は夢の世界から消えていった。
……仕方あるまい。やってくれと言われたのなら、女神様の愛を受けた者として役目を果たすほかないだろう。