怒らないでよ女神様
「ぶっっ殺す」
その晩。俺は夢の中で女神様から殺害予告を受けた。っていうか目の前でめちゃくちゃ怖い顔している。
「あれだけ浮気すんなって言ったのに早速2人目の女だ? やってくれるじゃねえかよおいザック」
まあだいたい分かっていた事だ。ヴェナが俺の仲間になってくれたのが非常に不服なのだろう。
でも全知全能の神を名乗ってるんだからもうちょっと事実に則した物の見方をしてほしい。
「いや女神様だって分かってるでしょう? 俺は別に何もしてないじゃないですか。あの子が襲われてるのを助けたりとかはしましたけど、それだけですよ? 浮気ではないと思うんですけど」
「へっ、そんな事言って、どうせあの獣人の子にドギツイ性欲を滾らせてんだろ? 俺は全部お見通しだからな!!」
「本当に全知全能なんですよね!?」
カケラも考えてない事を指摘されて俺は流石にビビった。もしかするとこの女神は自分で言ってるだけで全く全知全能ではないのでは?
「……ふん、俺の事がそんなに不満だってのかよ」
「ビジュアルはかなり好きな部類ですけど、触るのすら禁止されてますからね」
どんなに自分の好みな相手であったとしても、ただ話せるだけで触れる事すら叶わないのならそりゃあ他の人になびきもするというものだ。いや、別にリィンとかヴェナをそういう目で見ているって話しではないけど。
ともかく、女神様にもそんな俺の気持ちが伝わったのか、仕方ねえな……とため息を吐きながら表情を若干緩める。
「じゃあ見るだけならいいぞ」
「今までは見る事すら許可されていなかった!?!?」
衝撃の事実が明かされる。つまりこれは何の進歩も無いという事では?
「……? 不満か?」
「なんでそんな不思議そうに聞けるんですか……。性愛と再生の女神なのになんでそんな死ぬほどガード硬いんだ……」
「再生は付けるなよ、恥ずかしいって言っただろ」
「相変わらず意味わからん部分で恥じらいますね……」
そして出会いがしらに殺すなどと言った割にまるで俺の命を奪うような行動に出ようとして来ないのに気付く。
……もしかしてこの女神様、口だけで実は大した力も持ってないんじゃないか?
ヴェナもリィンも気に入らない様子ではあるものの直接追い出したりだとかする気もないようだし、この人の言葉はあんまり真に受けなくてもいいような気がしてきた。
「……まあこんな話は置いといて、夢の中に来たって事はまた何かあったんですよね?」
それでも予言に関しては別だ。女神様のおかげで危険な魔物の討伐も少ない被害で片付けられているのだし、ここだけは信頼すべきだろう。
そして彼女が現れたという事はシスターにまた何か危機が迫っているのを告げにきたのだろう。雑談はこれくらいにして、俺は女神様の言葉に集中する。
「……いや? 今日はお前が新しい女連れ込んだことに苦言を呈しに来ただけだが」
……。
それ以上女神様は何も語る気配を見せない。
冗談とかではなく、マジで俺を非難しに来ただけのようだ。
「てめえこの野郎!!」
「ふああっ!?」
なにかあるならまだしも本当にそれだけだったとは。俺もちょうど女神様への畏怖をなくし始めた所だったので思わず掴みかかった。
力負けしたのか彼女はそのままの姿勢を維持できずに転倒し、俺が女神様の腹の上に馬乗りになって押し倒した形になる。
「な、何する気だよ、この、変態……!♡」
思った通り、女神様は死ぬほど力が弱かった。殴られてはいるが、まるで力が入っていないかのように痛みすらない。
流石にこの体勢は恥ずかしいのか、彼女は顔は赤くなって瞳も潤むが、今は気にしない。
「あんまり調子に乗るなよ! 女神様だか何だか知らないけど、力だったら俺の方が上なんじゃねーか!!」
シルバー級の俺は身体能力も相応に凄まじいのか、女神の腕力たやすくねじ伏せてしまっている。まるで何の抵抗もされていないかのようだ。
「調子に乗るなは、こっちのセリフだってんだ……。力で俺に敵う気かよ……♡」
「実際負けてるだろ! 弱いクセして強い言葉ばっかり使いやがって! あんまり俺の事舐めるなよ、シルバー級だぞ!」
「……。ま、あんま舐められるのも好きじゃねえな、俺も」
口だけの女神だと思い、これまでの鬱憤を晴らすかのように怒鳴り散らす俺。
そんな俺に対し、彼女は突然熱が冷めたかのように赤くなった顔を冷徹な表情へと切り替えた。
「ッ!?」
俺よりも弱い、そんな印象を抱いていたはずの女神様の人が変わったかのような相貌に、思わず恐怖を感じて飛びのいた。
ゆっくりと体を起こした彼女の雰囲気は直前までの無力な存在とは違い、まるで触れてはいけないものに触れてしまったかのような感覚を覚える。
「『シルバー級』ってのが何を示すためのものか教えてやる。明日を楽しみにしてろよ」
言って、女神様は俺の前から姿を消した。同時に夢の中のこの空間も消失していき、俺は眠りの中に戻され始めた。
その言葉に、俺は忘れかけていた事を思い出す。
女神様はあの『銀の災厄』と同一の存在であると考える者もいるのだという事を。
それがつまりどういうことなのか。俺は翌朝街へと出た時に知る事になる。