新たな住人(2人目)
「……そういうわけで、この子をうちで預かってあげたいと思うんですが」
孤児院にヴェナを連れ帰った俺は、すぐにシスターへいきさつを説明した。
魔物に村を壊され、行く当てを失ってしまった彼女の事を聞いてシスターはすぐに首を縦に振った。
「断る理由もありませんね。家がなく、頼れる人もいないのであれば断るわけにはいきません」
「……それはいいんだけど、なんでその子はザックに抱き着いてんのさ?」
ヴェナが孤児院で暮らせることが決まった。
が、それとは無関係にずっと俺に抱き着いている彼女を見てリィンは不思議そうな視線を向ける。
「ヴェナはザックの事好きなの。だからこうしてる」
「おやおや、旅先で女の子を引っかけてくるたぁ、やるねえザック」
「ち、違いますよ! この子が急に言い出したんです!!」
ド直球な物言いにリィンが俺の事はやし立ててくる。勘弁してほしい、俺だってなんでこんな急にヴェナがベタベタしてくるようになったのか分からないんだぞ。
「いや……でもアレか……? 何度かピンチを救ったわけだし、そのせいなのか……?」
「なんだよ、心当たりあるんじゃないか。大事にしろよー? あたしは見守っててやるからさ」
「ザック、分かっているとは思いますが、ここで暮らす子に手を出すなんてことがあってはいけませんよ」
「そんな言うまでもない心配しないでくださいよシスター!! どっちかって言うと俺はもっと大人の人の方が好みです!!」
「おいおい、そりゃあたしの事か? まいったなー、本命はあたしだったって事か! ガハハ!」
「ザックはあげないよ」
「どっちも違うから!!」
リィンとヴェナの2人がなぜか俺の取り合いを始めそうだったので否定を叫ぶ。流石に、リィンは本気で言っていないとは思うが。
「ともかく、長旅お疲れ様でしたザック。水を汲んで来ましたから、どうぞ飲んでください」
そんな流れの中でシスターはいつの間にか水を注いだコップを2つ、俺とヴェナにそれぞれ差し出してきた。
孤児院の近くを流れている川のものだろう。彼女が言うように行きも帰りも長いこと歩いてきたので、喉は乾いているが……。
「……。その、今はいいです」
せっかくの厚意ではあるが、あることが気になってしまったので俺はコップを返してしまった。
今回の苗床の破壊は、その道中に流れる川をひたすらさかのぼった先で行ったものだ。
デモンソルジャーの苗床が埋め尽くしていた洞窟。肉壁を寸断しながら抜けていった末に俺が見たのは、洞窟の先に滝が繋がっていた光景だった。
女神様の話では苗床に捕まると死ぬまで解放されないという。俺は道中でそれらしき人間の死体を見なかったのだが、果たして死んだ人たちはどこに放り出されていたのだろうか。
……忘れよう。深く考えてもいい事は無い気がするし、一晩寝て全て気付かなかった事にしよう。俺はそう心に決めた。
「あら、そうですか。無理はしなくていいんですからね。水汲みだったらリィンさんもしてくださってるんですから」
「今飲むと良くない事と結び付けが完了しちゃう気がするので、ほんと、大丈夫です……」
「……?」
「おいしい」
俺がためらっていた横で、ヴェナは美味しそうに水を飲み干した。
まあ煮沸はちゃんとしてるので問題はないはずだ。単に俺が知らなくていい事を知りそうになってしまっているだけなのだから。
とにかく今日はヴェナが孤児院の仲間になった、後日大金が届く、この2つのめでたいことだけを考えて寝よう。
そうすればきっと、明日には忘れられているはずだ。うん。