表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/200

人攫いの苗床

 それから1日かけて俺とヴェナはデモンソルジャーの苗床がある山までたどり着いた。

 流石に本拠地が近いだけあってデモンソルジャーとの遭遇ペースや数も増えてきたが、狼の獣人であるヴェナは鼻が利くのか事前に魔物の到来を教えてくれたので対処自体はしやすかった。

 そして、彼女も本当に強かった。俺が倒しきれなかった魔物を己の爪で引き裂いていくのだ。

 彼女の爪と牙はまさに獣のような強靭さであるようで、魔物たちはひとたまりもない。本当にヴェナが怪我していたのは相手の数が多すぎただけなのかも。


「えーと、今度は洞窟を探すんだったか。ヴェナ、魔物の巣っぽいのに気付いたら教えてね」

「うん」


 女神様が言うにはこの山辺にある洞窟を探せばいいらしいが、思ってたより大きい山だ。

 ひと回りすればどうせ発見できるだろうけど、どっち回りで行くかな。


「……よし、左側から行くか」


 俺は左から行くことにした。川沿いに進めと言われてたし、その川は山の左側へと流れがまだ続いているのを見てそっちを選んだ。

 しばらく歩いていくと山肌はだんだんと斜面が急になっていき、気付けば崖のように垂直な姿を俺たちに見せてきた。

 川を挟んでその崖を見ながら先へ。今の所、洞窟らしきものは見つからない。

 巣が近いということでデモンソルジャーにも警戒しているが、なぜかまるで出てこない。道中の襲撃が嘘のように静かだった。


「おー、滝だ」


 急に平和な期間が続き、俺の方は若干観光気分になっていたのか、崖の方から突如水飛沫を上げながら大量の水を吐き出す地点を見て感動なんかしていた。

 見上げるような位置に滝がある。山の中に水脈みたいなものでもあるのか、大きな滝がその真下に滝つぼを作り出していた。

 俺が辿ってきた川もこの滝から作り出されているのだろう。そして、俺がギルバーたちと孤児院で育った時に飲んだ水も、ここからきていたんだなあ。


「……滝のそばって涼しいってよく聞くけど、本当だったんだなあ。なんか落ち着くよね、ヴェナ」


 自然の多い場所だけあって空気も綺麗なのか、目を閉じてゆっくり深呼吸すると、ここまでの旅の疲れが癒されるような気分になる。

 が、ヴェナの方はそれどころではなかったらしい。


「……近いよザック。多分ヴェナたち、狙われてる」

「ッ!?」


 真剣な声で言われ、慌てて俺は魔剣を構えながら周囲を警戒する。

 だが俺の目では魔物の姿を捉える事もできなかった。見える範囲では異常を感じられない。

 きっと彼女はその嗅覚で敵の臭いを嗅ぎ取ってくれたのだろう。観光気分に寄っていた俺だが、心を切り替える。


「一緒にヴェナが来てくれて良かった。俺だけだったら景色に気を取られてる間に魔物に囲まれてたかも」

「……ヴェナ、役にたってる?」

「ああ。教えてくれてありがとう」

「えへへ」


 ヴェナはにんまりと笑った。かわいい笑顔で、俺の心までほっこりする。いいなあ、なんか犬みたいだ。ちょっと撫でてみたい。

 いや、違う違う。今は敵が俺たちを見ているんだからそれどころではない。もっと周囲の観察を……。

 と、思いながら俺はふと足元を見た。

 地面の落ち葉。その下に何か蛇のような細長いものが見え隠れしている。ヴェナの近くにあったそれは、よく見ると紫色をしており、


「ヴェナ、逃げて!!」

「わぅっ!?」


 俺の声は遅かった。彼女の右足に紫色の、デモンソルジャーたちと同じ色の触手のようなものが絡みつくとヴェナを引っ張り、彼女を引きずり倒した。

 一瞬の事に驚いたのかヴェナはものすごい勢いで逃げていく触手に引かれて俺の所から離れていく。


「な、なにこれ!」

「待て! ヴェナ、今助け……ッ!!」


 彼女に追いついて触手を斬るため走り出した俺の前に、待っていたと言わんばかりにデモンソルジャーが飛び出してきて行く手を遮る。

 その行動からもあの触手とデモンソルジャーは仲間であると理解するのに十分だった。恐らく、あの触手の方が苗床と繋がっているのだろう。

 このままではヴェナが見えなくなる。俺は手早くデモンソルジャーを倒して彼女を追いかけようとして、


「どけぇッ!!」


 そして無視することにした。目の前のデモンソルジャーの頭部に魔剣の柄で殴りつけ、その勢いのままに体勢を崩した魔物を飛び越える。

 女神様は言っていた。苗床に捕まれば魔物たちの卵を体に植え付けられると。このままヴェナを見失えばどんな目に合わせられることか。追うべきは彼女の方だ。

 きっと、このデモンソルジャーはそれを邪魔させないための時間稼ぎに過ぎない。現れたタイミングからして、確実に連携を取っているはずだ。

 そんなものに付き合う必要はない。まず彼女の身の安全を優先すべきだ。

 俺の判断は速かったが、触手の方もとんでもなく速い。ヴェナはもう俺が進んでいた先の方へと消えていこうとしていた。


「足の触手を振り払うんだ!!」

「だめ、取れない、これすっごく力強いよ!」


 ヴェナは踵を大地に叩きつけるようにして触手をほどこうとするが、まるでその力が弱まらないようだ。引きずられたままでは爪も牙も届かないのか、彼女にはなすすべがないようだ。

 どうやら俺が何とかするしかないのだろう。全力でヴェナを追って走り続けて少しでも距離を縮めようとする。途中で何匹もデモンソルジャーが出てくるがすべて無視だ。


 そのまま、俺はどのくらい走っただろう。感覚では1km近い距離を走り続け、そろそろ山の外周の4分の1くらいは走った気がする。

 決してヴェナを見失わないようにしながら追い続けた俺は、とうとう洞窟まで到着した。彼女を解放するより先に、魔物の巣まで来てしまったのだ。

 薄暗い洞窟の中にヴェナが吸い込まれていくのを追いかけ、限界寸前の俺はゼーゼーしながらフラフラの足取りで中に入った。


「ヴェッ……ヴェ、ナ……」

「ザック、こっち」


 喋るのすらやっとな状況だが、俺はどうにかヴェナの声に導かれて魔剣を杖代わりにしながら歩く。

 その先にはヴェナが座り込んでいた。そして、そのすぐ後ろには洞窟を埋め尽くすように巨大な肉の壁ができていた。きっと、これが女神様の言う『苗床』というやつのはずだ。

 地面から天井まで、隙間なく詰め込まれている紫色の毒々しい肉壁には至る所に触手が生えており、多分、あれのどれかがヴェナをここまで運んできたのだろう。


「……よかった、まだ何もされてないよな。ヴェナ、こっちに」

「ううん、だめ。ヴェナここから動けない」

「なっ、何で!?」

「ザック、壁をよく見て」


 逃げようとしてくれないヴェナに俺は一歩を踏み出す。すると、彼女が言うように壁に生えた無数の触手がビッ、と俺の方を向く。明らかに狙われている感じだ。


「1本でもヴェナ抜け出せなかった。多分、逃げようとしたら一気にあれが襲ってくる。そしたら、ヴェナ死んじゃう」


 この苗床はきっとデモンソルジャーよりも強いのだろう。彼女が言うように、触手のただ1本すら抜け出せなかったのだから。

 俺があと1歩でも動けば苗床の触手は襲ってくるだろう。そして、必然的にその間に座り込むヴェナも攻撃を受ける。

 厄介な相手だ。逃がすつもりもなく、救助の手さえ粉砕しようとしてくる苗床とは。一体どれほどのランクの相手なのか。

 産み出す魔物がゴールド級、なら本体とも言えるこいつはその1つか2つ上、あの猛毒の魔獣と同じか、それ以上か。


「さっきのやつはともかく、ヴェナはこれには勝てないよ。負けちゃうってわかるの。……だからザック、危ないから逃げて」


 ヴェナは既に諦めている。本能的なものが互いの実力差を告げているのだろうか。


「ごめんねザック。お礼、なんにもできなくなって」

「ッ……!!」


 俺に向けられたのは、そんな悲しそうな顔だ。別離を察し、泣くのを我慢しているような顔。

 そんな悲しい顔するなよ。お前は、さっきみたいに笑ってた方が絶対かわいいぞ。


「ヴェナ、俺が合図したら、こっちに走れ」

「ザック……?」


 ここまで走っていた疲労があったが、今はもう気にならない。

 俺がするべきなのは、苗床をぶち壊し、ヴェナと一緒に仲良く帰る事だ。

 あんな顔させてしまってはもう他の事など何も気にするつもりはない。ヴェナを守り、この邪悪な苗床を切り刻んでやる。


「あ、危ないよ。こいつヴェナより強いもん」

「大丈夫だヴェナ、俺は強いから」


 そう、俺ならこんな奴倒せるはずだ。

 だって俺は――


「俺は、S級冒険者だからだッ!!」


 それを合図に、俺はヴェナの方へと跳ぶ。ヴェナも俺の意図を察して背後へ隠れるように転がってきた。

 苗床はそれを見逃さない。無数の触手が一斉に俺の元へ殺到する。その一つ一つが槍のように鋭く、俺を串刺しにしようとしていた。

 だが見切れる。狙いは俺とヴェナの2人だが、今彼女は背中にいる。敵が狙ってくるのは、当然俺一点になる。

 全ての触手をぶった切って、そのまま前進する。


「いくぞヴェナ、絶対に離れるなよ!!」

「うん!」


 触手はすぐに再生して俺を攻撃してくる。だが狙いの見え見えの攻撃なんかまるで怖くない。肉壁に迫りつつあった俺は今度は全ての触手をあいてたの手で掴み取る。


「おらああああッ!!」


 攻撃の手段を封じた隙に、肉の壁を魔剣で切り裂く。全力を込めた一閃は壁を深く断裂させ、それが大きなダメージとなっていることを握り締めた触手がビクビク震えるのを通して知る。

 攻める事も守る事も叶わなくなった魔物などもはやランクなんて関係ない。後はただ、俺がこの肉塊をひたすら切り分けていくだけの作業と化した。

 デモンソルジャーの苗床は、こうして俺の手で完全に破壊されたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ