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これじゃあ足りない

「……そっちだったかぁ……」


 俺が気が付いた時には陽が沈み始めていて、女神の姿になったままの銀の災厄がそう零していた。

 こいつが出てきた部屋のベッドに並んで腰掛け、コートを着直した彼女は、肩を落としてうなだれる。


「俺も覚えてはいたけどなあ、あの場面で優先する事じゃないだろ」

「いや、だってベルちゃんがいいって言うから」


 俺の行動が彼女の想定したものとは違ったようで、先程までとは違ってテンション低く文句を言ってくる。

 ちなみに途中で知ったのだけど、この女神の時の姿の名前はベルと言うらしい。名前を知らないと不便だろう、ということで教えてもらえた。


『……てめぇら、何見せてくれてんだよ』


 そして、さっきまでずっと黙っていたジルもベッド脇に立てかけられた状態で我慢ならないとばかりに声を上げた。


「え、だってベルちゃんとは前から約束してたし……」

『その呼び方やめろや!! 仮にも自分の復讐相手ちゃん付けで呼んでんじゃねぇよ!!!』

「そう言われると返す言葉もないんだけど」


 でもせっかく名前教えてもらえたんだし……。

 それに本当に俺がやりたいようにさせてくれた相手をいきなり呼び捨てにするのもどうかなって思ったのだ。


『つぅか手前ぇの方もなんで受け入れてたんだよ! マジに無抵抗でやられてたじゃねぇか!!』

「まあこっちはこっちで俺も約束してたからな。あと何も抵抗しなかったわけじゃねえぞ。……折角来てくれたザックが、本当にやめない程度には、嫌がったし……」

『受け入れてんだよそれはよぉ!!!』


 今まで聞いたことないくらいデカい声が俺の頭の中に響く。怒ってるんだろうな。

 ……冷静になって考えたら俺は今リィンたちの事待たせてるんだし、その分もあるかもしれない。

 よもや処刑島に来て迎えた初陣がこうなろうとは思わなかったので、時間を忘れてしまった。


「……ちなみに感想とか聞いてもいい?」

『俺の居ない所で聞けぇ!!』

「あー、期待通り、って感じだな」

『俺の居ない所で返せぇ!!!!!』

「んだよ、このくらいで照れるなっての」


 ジルに笑いながら返すと、ベルちゃんはそれから息を整えて真剣な顔に戻って俺を見てくる。


「……で、この後も俺の期待通りの展開にしてくれるんだろうな?」


 お遊びはこれくらいにして、本題に戻ろうというんだろう。

 俺がこの島に来たのは捨てるためではなく、守るためだ。シスターを、街で暮らす人々を守るため。

 ここから、俺は彼女を殺さなくてはいけない。いけないが……。


「一応、こいつの本当の使い方は、知ってきた」

『……』


 鞘に収まる銀の魔剣を手にしながらベルちゃんに返すが、これでは足りない事も俺はもう分かってはいる。

 ジルなら、彼女を斬る事はできる。1回なら確かに殺せるだろうが、不死の力までを断ち切れるかは……。


「……それだけじゃあな。俺にかけられた不死の呪いまでは斬り払えやしないだろう」

『やってもねぇのに言ってくれるぜ。俺の命に代えてでも絶対ぇぶっ殺してやるからな』

「楽しみにしてやりたいが……奇跡が起きてもここまでは届かねえかな」


 嫌なものを見せてしまったせいか殺る気満々のジルだが、まるで期待してないかのようにベルちゃんは一瞬残念そうな顔をする。

 全てが全て真実ではないかもしれないが、彼女から……銀の災厄側から見れば、俺が勝てる可能性は欠片も見いだせていないのかもしれない。


「……なあ、どうする? 諦めて今の続きでもするか? 他に手札が無いんなら、どうせ勝負になんかならねえだろうしさ」

「え、いいの? ……いやいや違う違う」


 俺の体にしなだれかかって誘惑してくるが、すんでのところでそれを振り切った。もう一通りやってるしな。

 ……それはともかく、例え可能性が無かったとしても最後まで諦めたくはない。

 折れなかった俺が意外なのか、ベルちゃんは「へえ」口にして、見上げてくる。


「諦めの悪い事だな。マジで俺を完全に殺せると思ってるのか?」

「そっちはまだ何もやってないんだから分からないだろ。……人間って言うのは、諦めない限りなんだって出来るはずなんだ」


 俺の好きな言葉だ。諦めない限り、人は……あれ、今の俺って外見は人間じゃないけど、適用されるかなこの言葉?


「……付き合ってはやるけどな。だがそれで俺が」

「ザック!! ここにいたのかっ!!」


 突き破る勢いでドアが押し開けられ、カトレアさんと共に待機していたはずのリィンが凄い形相で入って来た。

 まさか、あのカトレアさんを撃破したのか……? と思っていると、俺とベルちゃんの姿勢を見て彼女は何度も瞬きをした。


「な、何があったんだ……? そっちのは……銀の災厄で、いいんだよな」


 状況を理解しかねているリィンを見て、ベルちゃんは悪戯っぽい顔をして俺に思い切り抱き着きながら彼女の方へ顔を向ける。


「……今から見せて説明しようか?」

「そ、それはちょっと……!! それよりリィン、なんでここに!?」

「あ、ああ。今はそっちのが大事だよな」


 口ではそう言いつつも、幾度も俺たちの方へ視線をチラチラさせながら彼女は簡潔な説明をしてくれた。


「……すぐそこまで、世界中のやつらが集まって来てやがる」

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