結束・災厄の討滅
「……今こそ! 我々は力を合わせる時だ!」
「そうだ! 何が銀の災厄だ、人間を殺す化物は俺たちの手で打ち倒すんだ!!」
「私たちみんなで協力すれば、きっと倒せるはず!」
孤児院を出てすぐ、冒険者ギルドの付近には多数の人が大集合していた。
街の住人が全て集まっていそうなほどに密集し、その全てが口々に戦意も高らかに叫びを上げている。
内容は、多少の差こそあれど「銀の災厄を討つ」という部分はみんな一貫しているようだ。
ギルドに通うような冒険者ばかりでなく、なんの戦力も持たないだろう一般人も一緒になってこの有様だ。
「うわ、どうなってんだいこりゃ……?」
「みんな、やる気だね」
『な、何があったの……? 私たちが遺跡に行く前ってこんなんじゃなかったよね?』
リィンたちは異様な熱気を放ちながら志をひとつにしている街の住民に驚いている。
俺自身も同じだ。ゼンが「街中の人間が銀の災厄討伐に向けて動いている」なんて言った時は冗談かとも思ったが、この光景を見ては信じるしかない。
『……大人だけじゃなくガキまでか。親のマネしてるぐれぇなら可愛いモンだが、どいつもこいつもマジな顔してやがる』
「ザック様……、これはとても、良くない魔力を感じます……」
俺の背で囁くカーナはそんなことを告げる。
確かに、いきなりここまで街の人間が団結して銀の災厄を倒そう、なんて言い始めるのは不自然にすぎる。今までずっと世界規模でその名を呼ぶ事すら忌避していたはずだ。
それが突然ここまで反転したような態度になるのは、何かの魔法か、それに近い力が働いたのは間違いないだろう。
「俺たちが聖剣遺跡に行ってる間に……一体何があったんだ……?」
「! おお、勇者様ではないですか!!」
どうしてこんな状況になったのか、俺が推理しようとした時、群衆の中の誰かがそう言った。
ビスクは孤児院でパンを食べてるのでこの場にはいない。なんで、その名称は俺を指してのもの。一斉に無数の視線が俺へと向けられる。
「もしや、勇者様も我らと共に銀の災厄を滅ぼすために、戦ってくださるのですか!?」
「え、いや……その、よく状況が分かんないんですけど……なんでみんなこんなにやる気になってるんです?」
俺を見付けた誰かは俺の目の前までやってきて、続くように人の群れが俺の前に。
……みんな目が怖い。ほんとに、どうしてこうなってしまったのだろうか。
答えてくれるか怪しい状態に見えたが、意外にも爽やかな顔でそのワケを教えてもらえた。
「――啓示があったのです」
「け、啓示ですか……」
……俺たちが遺跡に潜っている間、変な宗教でも流行ったのかな。
「ええ、この街に住む者に、いえ、きっとこの世界に生きる全ての人々へ神の声が届いたのです。『我々の力を結集させ、銀の災厄を討伐せよ』と」
『ッ! おいザック、こいつぁ……』
「あいつが言いたかったのはこういう事か……!」
彼らに聞こえたのだという神からのお告げ。それとよく似たものを俺は、俺たちは耳にしている。
聖剣遺跡の最深部、そこで俺たちを待ち構えていた敵、神聖剣ディヴァイン・ウェポン。
砕け散り、空へと舞っていった聖剣が遺した、最後の言葉と同じものだ。
それから時間が経って、夜。
夢の中には再び、女神が姿を見せていた。
「よお。……その顔を見ると、わざわざ説明しなくても良さそうだな」
街に、いや世界に何が起きたのかを理解した俺。女神は俺を見て、手間が省けたのを察して嬉しそうにする。
『笑ってる場合かぁ? 手前ぇんとこに世界中の人間が押し寄せようとしてんだぞ』
「俺は別になんとも。数が増えただけで負けるほどヤワじゃないからな」
世界中の人間と戦う事になるかもしれないのに、女神は笑っている。
昼間に街の人々と話し、ディヴァイン・ウェポンの声を聞いた彼らは銀の災厄を殺すべく動こうとしている最中だと判明した。
……俺はてっきり神聖剣の能力は「思いのままに聖剣を造り出すこと」だけだと思っていたが、人を導く……人を思いのままに操ることもまた能力のひとつだったのかもしれない。
考えてみればバハムートの言動もちょっとおかしかったしな。処刑島へ行こうとしていたが、あれは冗談ではなく神聖剣の影響を受けてのものだったのかも。
「……で? ザックはどうするよ。やっぱ俺の事殺しに来るのか? 勇者サマとしてさ」
「っ、それは……」
聞かれて、俺は言葉に詰まる。
それはさっき、街の人にも聞かれた事だ。あの時はうまいこと誤魔化してみんなと撤退したが、こいつは質問から逃がしてくれないだろうしな……。
「……戦いたくない」
迷った末、俺は本心で答えることにした。
聖剣遺跡の「祝福の8聖剣」、あれをぶつけられたところで銀の災厄は健在だったという。俺だったら8本同時に相手にすることになれば手も足も出せないそれらを相手に。
きっと、力でも守りでも勝てる要素なんてないはずだ。だから、俺は戦いたくなんてない。
「えー、そんなこと言うなよ、何ならお前が満足するまで俺は動かないでいてやるけど、それでも嫌か?」
「嫌だよ」
「ジルにも秘策があるみたいだけど、そこも当てにできないのか?」
「……どうなんだ、ジル」
『殺る気はあるが、不死は斬った事ねぇからなぁ……。1回こっきりの博打になるかもしれねぇ』
「だったらやれないよ。ただみんなが戦うからって、それだけでそんな賭けには出たくない」
「……賢明だな。理由なく分の悪い賭けなんざ挑むもんじゃない」
戦意のない俺に考え直させるような事を言うかと思えば、突然俺の判断を肯定し始めた。
なんで急にそんな手のひら返しを……?
「じゃ、理由があったらどうするよ?」
俺の疑問に答えるように女神が続ける。そうか、別に手のひらなんか返しちゃいなかったのか。
「まあ操られてようが俺に戦いを挑んで来れば、そいつらは皆殺しにする。逃がさない。昔からそうしてきたからな」
「……」
「……で、そいつらが居た国まで行って、俺はそこに残っている奴らも殺す」
「ッ!? な、なんで……!!」
「……。昔から、そうしてきたから、かな。何だ、生まれつき俺に染み付いてる……本能みたいなもんだ」
諦めるように首を振る女神。それは、こいつが滅多に見せた事のない弱弱しい態度だった。
銀の災厄に滅ぼされた国は多い。それこそバハムートに乗って空から見た時に分かったが、人間の暮らしているような地域などほとんど残っていなかった。
今この地上に残っているのは、銀の災厄と敵対しなかった小さな街や村がいくつか程度だろう。
「……ってことはまさか、トル・ラルカの、トルフェスたちもか!?」
「……来なけりゃいいよな」
そんなことを口走る女神だが、ハナから期待していないような口調だ。
あそこは冒険者の集まる町。ディヴァイン・ウェポンの声が本当に世界中に届いていたら、その大半が処刑島へと向かうはず。
そうなれば、こいつはやはりメダリアさんも、トルフェスをも殺すのだろうか。
「お前にはこれまで散々シスターを守るために協力してもらったが……まさか最後に襲い掛かる脅威が俺になるとはな」
「それは、うちの孤児院も例外じゃないって言いたいのか」
頷く女神。やりたくないという顔をしてはいるが、街の人間たちが彼に戦いを挑めば実行はするんだろう。
『本能だっつったな。好きなヤツ相手でも抑えらんねぇってのか?』
「俺の親がそう作ったみたいだからなあ。敵は全部殺さないと止まらねえな」
作った? まあ人間とは違う種族なんだし、そういう特徴を予め設定したりもできるかもしれないが。
……だが、これではっきりとした。世界中の人間が銀の災厄に迫る前に、なんとかしてそれを阻止しなくてはいけないのか。
「……ザック、俺が動き出したら止まらねえ。相手がトルフェスだろうとシスターだろうと、関係なく殺す」
再び、女神は俺に語り掛ける。きっと、もう1度俺に答えを聞こうと言うんだろう。
「お前が出会った仲間もな。折角出会えて、また楽しく暮らせるようになってんだからそのままにさせといてやりたいが……、そんな慈悲、一旦動き出した俺には期待するなよ」
「……機械みたいなこと言うんだな。そんなに抵抗できない衝動なのかよ」
「まあ……そういうプログラムが組み込まれてるようなもんだ。諦めてくれ」
そう言って笑うと、女神は真剣な顔をして俺をしっかりと見る。
「だから、どう転んでもこれが多分最後の頼みになるだろうな。――ザック」
自分の胸に手を当てながら、女神はシスターを守るための、最後のミッションを告げる。
「俺を、殺してみろ」




