あの月を穿つには
「剣を振るえば俺たちが自滅する聖剣……。あれを倒すには……」
輝ける狂気の月光を手で視界に入れないようにしながらラスカードを見る。
だが、空の満月は遺跡の壁どころか俺の手さえも貫通して視界の中に入り続けていた。
物理的な法則なんて知った事じゃないとばかりに輝く月は、どうやら俺の瞳に焼き付くように映り込んでいるみたいだ。
「くそ、あれを見た時点でもう月光聖剣の力から逃れられないのか……!」
最初から視界に入れなければセーフだったのかもしれないが、俺はこの月をここに来る前に見てしまっている。ビスクのせいで。
目を閉じてもその内側で燦燦と輝き続ける月に、このままでは何もしないまま頭がおかしくなってしまいそうな気分だ。
「これじゃあ攻撃できない、もう打つ手なしなのか……!?」
「おお、もう終わったかと思ったが、苦戦しているようじゃないか、ザック!」
何も仕掛けられず、じっとしている事しかできなかった俺たち。
そこへ嬉しそうな声でビスクが帰還を告げる。まだ傷1つない月光聖剣ラスカードを見て、俺の隣に並ぶと顔を覗き込んできた。
「おやおや、私が戻ってくるまでにそれなりの時間があったはずだが……、もしかして私の到着を待っていてくれたのかな?」
「んな訳あるかぁッ!!」
「ぐっ、フ、いいパンチじゃないか……!」
明らかに煽ってきたビスクに我慢ならず、思い切り脇腹を殴りつけてしまった。
流石に勇者だけあって頑丈なのか、直撃したにもかかわらず余裕のある態度だ。
「はッ!? ……。あれ」
「なんだその顔は。まさか私がこの程度で殺せるとでも思ったか。フハハ、甘い甘い! 死んでも蘇れるからと言って耐久が無いわけではないぞ!」
「いやそうじゃなくて。さっきお前……自殺してたよな?」
「ぬ、あれか。……あれは私自身も驚いた。よもや斬る対象を間違えようとは」
ここで、俺は1つの気付きを得た。
自分自身に呆れるように言うビスク。本人は間違えただけだと思っているようだが、あれは月光聖剣の狂気に当てられたのだ。ラスカードを攻撃しようとして、月に狂わせられ自身を切り裂いた。
そして、俺は今ビスクを殴った……そう、「攻撃した」のだ。だというのに、正しくビスクへ拳を叩きこめている。
仲間を見ても誰も傷付いていない。つまり、月光が俺を狂わせはしなかったのだ。
……もしかすると、見えたかもしれない。月光聖剣ラスカードの攻略方法が。
「……ビスク、協力してくれないか。あの聖剣を倒すのを」
「倒す。それに協力しろと? おいおい、私の望みはあれを我が物とする事だぞ? なぜむざむざその破壊に手を貸さねばならない?」
「言う通りにしてお前が死ぬまで手出ししないでやっただろ、今度は俺の望みも聞けよ」
「……。あれはお前を助けてやった事への見返りで、そんなものを聞く義理はないのだが……まあいいだろう、私が戻るまで傷すら付けずに待っていた事への礼としておこう」
「そう言って貰えて、嬉しいよ」
『あぁ……!? おいザック、てめぇ何する気だぁ!?』
俺はしまっていたジルを再び抜く。驚愕の声は魔剣からもリィンたちからも響いた。
「ザック! マジでやれんのかい!?」
「……うん! ほらビスク、いくぞッ!」
ビスクの背中を押し、その背後に続くようにラスカードへと2人で迫る。
突っ込んでくる俺たちにラスカードは月光聖剣を振り上げた。流石に剣の間合いまで接近すれば、迎撃ぐらいはしてくるわけか。
「なんだ、策があるような口ぶりだったが、単に私に壁となれという事か。まあ力任せな戦法も嫌いではない! 付き合ってやろうじゃないか、『神断ちの――」
「いや、ビスクは何もしないでいいッ!」
「何だと!?」
再びラスカードへ必殺の一撃を放とうとするのを静止した。
月影の鎧騎士とはもう肌がぶつかるような距離だったが、それでも俺の指示を聞いてはくれたようだ。
どうせ復活できるから死ぬのも恐れてはいないんだろう。俺にとっても、それは好都合だった。
「死んでくれ、ビスクッ!!」
抜き放っていたジルをビスクの背中から全力で突き入れる。
無防備なその背中を銀の魔剣は容易く貫き、腹の先から切っ先が飛び出した。
『ちょ、ザック!?』
「ぐうっ、何を!? 貴様狂ったか!」
「いや……狂ってない! 俺の狙いは、正確だったッ!」
『……なるほど、そういう考えだったワケだなぁ』
ビスクを殺そうと考えて突き刺したジル。
それは彼女を貫いて、そのままビスクと肉薄していた鎧の騎士をも団子のように仲良く串刺しにしていた。
やはりだ。リィンがカーナを気絶させた時のように、ラスカードを襲おうとしなければ月光の狂気は発動しないのだ。
『いいねぇ、好きだぜぇ俺は! そういう力任せで、犠牲を厭わねぇやり方はよぉ!!』
ジルは俺が考えた作戦を理解したようで絶賛をしてくる。
いや俺だってこんな事したら普通は心が痛むからしたくはなかった。ただ、ビスクがいたから実行に踏み切れたのだ。
「こいつを破壊するには、この聖剣自身を殺そうとは思っちゃいけない、もっと別の何かを殺そうと考えなきゃいけないんだ!!」
本気の殺意をぶつけられる相手。それはビスクしかいなかった。
もしもこれがリィンたちの誰かだったら、実行はできなかっただろう。急所は外すとしても、敵だとはどうしても思えない。それではきっとラスカードを攻撃しようとしている事になって、俺は自殺していたはずだ。
でも、ビスクだったら問題ない。ギルバーたちを殺したこいつにならマジの殺意を抱けるし、どうせ生き返るから急所を外そうとか考えなくていいもんな。
「うらあッ!!」
ビスクとラスカードが刺さったジルを振り上げる。その勢いで、両者の体は真っ二つに引き裂けた。
2つの上半身が遺跡の床に叩きつけられ、化身である月影の鎧騎士が再起不能レベルになったためか、月光聖剣は刀身がひび割れ、輝きを徐々に失っていく。
それでもラスカードは月光聖剣を杖代わりに体を起こそうとする。
が、ひびの入った聖剣は騎士の重さに耐え切れなかったのか、その刃が砕ける。
再び騎士の上半身は床へ崩れ、それと共にずっと空に浮かんでいた満月も消えてなくなる。
「か、勝てた……!」
失われていく聖剣の力と共に、俺の目からずっと消えなかった月の姿もなくなっていく。きっと、他のみんなも同じく狂気の光から解放されたことだろう。
「フフ、勇者を犠牲に勝利を得るか。やってくれたな……」
騙し討ちのような真似をした俺に、ビスクは半分だけになった体で這いながら笑っていた。
「な、何だよ、悪いって言うのか」
まあ……はっきり言って悪いとは思う。
だがビスクはどういうわけか満足そうな顔だ。
「いや……強大な敵を打ち倒すための犠牲となるのは……悪い気分ではなかった。勇者にはそういう役割もあるだろうからな」
非難されるどころか、勇者っぽい自己犠牲が果たせて楽しそうにしている。
「怖……」
俺は引いた。
罵倒の1つや2つくらいは覚悟してたのだが、ビスクは自身が殺された事には何の感慨もないかのようだ。
「次の機会があったら、是非教えてくれ」
「……もう2度とこんな戦法やろうとは思わないよ」
光の粒子となって散っていくビスクにそう返した。
……まあ、それはともかくとして、これで俺たちは全ての上位聖剣を破壊できたことになる。
ここまでくればあと少しだ。次は最後の階層、最深部だ。
祝福の8聖剣なるものに守られていたボスが、そこには待ち構えている。




