月光の狂気
「わたくしに……やらせていただきます……」
ラスカードと対面し、まず最初に動いたのはカーナだった。
リィンの背中に乗る彼女は白杖を振りかざし、杖の先端の宝玉がカーナの行使しようとする術に反応して煌めく。
これまで静観気味であった彼女だが、最後の聖剣とあって活躍したくなったのか、部屋中に【炸裂】の魔術の魔力球が湧き上がる。
「おお……カーナもやる気だね!」
『それはいいと思うけど……なんか多くない?』
シックスの言葉に、俺は不思議に思って辺りを見る。
本当だ。ラスカードの周囲だけでなく、そこら中に球が浮いている。不用意に動けば、俺たちすら巻き込まれてしまいそうだ。
「え……ちょ、カーナ……?」
「……ザック、これって確か、触れちゃあヤベえんだったっけか」
いきなり自滅の可能性すらある状況になって俺は困惑する。
そして、その彼女を背負うリィンも緊張感ある声で俺に問いかけてきた。
そうしたくもなるだろう。だって既にリィンの周囲にもたくさんの魔力球が浮いているのだから。
「おかしくなっちゃった?」
「…………!」
ヴェナの声が引き金にでもなったかのように、カーナの放つ魔術が一斉に動き始めた。
球はふらふらと揺れるように漂いながらラスカードへ向かって行くが、その道中にいる俺たちの事はまるで眼中にないかのようだ。
「うおおおおおおっ!?」
『ど、どうしちゃったのよカーナーっ!?』
リィンとヴェナはどうにか即死の魔術を避けて安全圏に抜け出せたようだ。俺とシックスは回避しきれずにいくつか被弾したが、まあなんとかはなった。
他はラスカードへと襲い掛かったが、月光聖剣が魔力球を振り払うと、それだけで全て霧のように消え去ってしまった。
「こんな、いきなり俺たちを巻き込むような攻撃するなんて……。どうしたんだよカーナ!?」
「……? ザック様たちを、巻き込む……? え、わたくしは、今、何を……」
俺の呼びかけに彼女は顔を上げて、一瞬目が合う。
帽子の奥のカーナの瞳は、いつもとは違う、この頭上に浮かんでいる月のような青白い光をギラギラと湛えていた。
そして、遅れて自分が何をしたのか気が付いたかのように、息を詰まらせた彼女は杖を取り落とす。
「っ……! ちが、違うのです……、今のは、わたくしは……そんな、そんなつもりは……」
「気付いてなかったのか……?」
あまりにも普段とは違うカーナの様子に、俺は不審なものを覚える。
ここまで取り乱す事も、俺たちが巻き添えで死ぬかもしれなかった事を失念するのも、いつものカーナであれば有り得ないはずだ。
悔悟の言葉を零しながら、カーナは必死に落ちた杖へ手を伸ばそうとする。
「カーナ!? いいって、あたしが拾うから、そんな暴れんなよ」
「止めないでくださいリィン様……! 皆様にこのような事をして、わたくしはもう、命で以て償うしか……!」
「命!? お、おい……?」
「ッ、リィン、カーナの事眠らせて!!」
錯乱しているようなカーナが放った一言に、ようやく俺は尋常でない彼女の精神状態を察する。
これは強引にでも、彼女を落ち着かせるべきだろう。
「っ……、ごめんよ、カーナ!」
俺の意思を理解してくれたようで、リィンは背負っていたカーナを自らの胸で抱きかかえ、そのまま衝撃を与えて気絶させた。
混乱した冒険者の鎮静は経験があったんだろう。慣れた手つきで、そして先程以上に優しくリィンは気を失ったカーナを抱く。
「……誰も死んじゃいねえが、ここまで取り乱すとはな。……まだ戦闘の経験が足りねえって事か」
「いや、多分そうじゃないよ。カーナがこうなったのは多分……聖剣の力だ」
『え、そうなの?』
そうだ。確証はないが、俺には1つ心当たりがある。
「あの月……そこから放たれる月光が、きっとカーナを狂わせたんだ」
頭上に浮かぶ、物理的な遮蔽を無視した満月。聖剣の力が産み出した、あれこそがカーナ乱心の元凶だ。
詳しく覚えてるわけじゃないが、確か月は人を狂わせる魔力がある、みたいな話を俺は聞いた事があるのだ。
だから、普段の彼女だったらしない言動をカーナがしていたのも、きっとその月光の狂気に耐えきれなかったがゆえなんじゃないだろうか。
「月の光が……。ってこたぁ、あたしらももうおかしくなっちまってるのか……!?」
『じゃ、私もなんか変な事しちゃってる!?』
「ヴェナはふつうだよ」
「いや……多分戦おうとしなければ大丈夫なんだと思う。ほら、向こうも全然仕掛けてこないし」
月光聖剣を握るラスカードを指差す。
ずっと話していた俺たちに隙を突いて襲い掛かるでもなく、ただ聖剣を床へ突き立てて静かに様子を伺っているのだ。
きっと武器を持ち、聖剣へと攻撃をするとそれが自滅や、同士討ちを引き起こすものへと誘導されてしまうんだと思う。
……そう考えたら俺はかなり危なかったな。ジルを抜いてたし、カーナが何もしなければ自害か、最悪の場合誰かに斬りかかっていたかもしれない。
リィンはカーナをおんぶしてて戦闘どころではなかっただろうし、シックスも武器はないから何も問題なかったのか。ヴェナは……狼だからかな。月って言えば狼だし。
『……おいザック、俺の事しまってくれ。敵に操られてようが、自殺したら許さねぇからな』
「わ、わかったよ」
強めに言われ、俺はジルを鞘へと戻す。
「にしても、戦おうとしたら自滅する聖剣か。……こいつぁ、あたしらにとっちゃ1番厄介かもな」
月の影のような鎧を纏うラスカードをリィンは睨みつけながら言う。
その通り、聖剣を破壊しに来た俺たちにとって最後にして最大の面倒な敵が現れた。
さて、どうしたものだろうかな。




