闇を照らす月光
『あ、ビスク』
シックスが言うのに釣られて俺は遺跡の通路の先を見た。
休憩でもしているのか、壁に背を預けながら天井を見るように頭も上げている。
向こうも俺たちに気付いたようで、顔をこっちへ向けた。
「む、お前たちも来たか」
「そんな恰好で何やってるんだよ、疲れたのか?」
「疲れる? 馬鹿を言うな、死で全快する私が疲労と縁などあると思うのか?」
「……休息代わりに死んでるみたいな言い方だな」
『こいつにだけは使われたくねぇな』
当たり前の事を聞くな、みたいな顔で返され、ジルはビスクへの嫌悪感を露わにする。
いくら勇者としての能力で死なないとはいえそこまで多用してると確かに引くなあ。特にジルは自害に関しては嫌な想い出があるみたいだからな。
「それよりザック、貴様は気付かんのか」
「気付く? 何に? ……ッ、もしかして誰かはぐれてるのか!?」
ビスクの謎の指摘に、俺はまさかの可能性を考えて後ろを振り返る。
が、そういう話ではなかったようだ。リィンとカーナはヴェナに付いてきてるし、シックスも俺の隣にいる。
「なんだ……みんないるじゃないか。変な事言って驚かすなよ」
『……あれ、ちょっとまって?』
「ザック、ヴェナたちのこと見えてる?」
「え? ……あ、そういえば」
言われてから気が付いた。確かにみんなの顔がしっかり認識できる。さっきまでは真っ暗だったのに、それが少し緩和されているかのようだ。
そもそもビスクの事も見えたし、もしかしてようやくアグマ・ニムスの放った闇夜が晴れようとしてるのかな。
「いや……そうじゃないのか。リィン、どうしたんだその顔は!?」
納得しかけた俺だったが、よく見るとリィンが真っ青だったのに気が付く。
力強く瞳を閉じ、何かに耐えるような彼女は体を震わせている。明らかに普通ではない。
「まさか、ビスクが伝えたかったのはリィンの不調……!?」
「は? 知らんが」
「リィン様は……その、暗所が慣れない、との事でして……」
関係なかった。背中のカーナが本人に代わって事実を教えてくれる。
「な、なんか落ちそうで怖いんだよー……。ヴェナがいるし、いいだろこのままでもよぉ……」
「……リィン、もうそんなに暗くないから目開けていいよ」
「……マジか」
恐る恐る瞼を開いたリィンは俺たちの事を見まわす。
まだ薄暗くはあるが彼女の顔がそれなりに赤くなっているのは見えたので、まあ、触れないでおいてあげよう。
「お前の仲間が暗い所でビビり散らかして明かりが戻ってきたのにも気付かずずっと目を閉じていたせいで恥をかいた話は関係ない!」
「全部言うな!! あーほらリィンが俯いちゃっただろ!!」
「だ……大丈夫ですよリィン様……、わたくしにだって苦手な物、ありますから……」
カーナが慰めてくれているが、ビスクはそんなもの知った事かとばかりに天井を指差した。
「あれを見ろ」
「あれ、ってただの天井だろ! 何があるって……ッ!?」
意味が分からなかったが、俺がその指の方向を見ると、なんで突然視界が確保できるようになったのかが把握できた。
「つ、月……!?」
闇夜の聖剣が産み出した暗黒空間。そこに光を取り戻させたのは、満月だった。
しかし、それはあまりにも不自然だ。
まずこの場所、聖剣遺跡は複数の島の下に広がる巨大な迷宮。それも今俺たちがいるのは深部、第5層。こんな場所に月の光が届くはずがない。
次にこの遺跡には窓なんてない。上下左右どこを見ても外が見通せるような透明な穴などないのだ。なのに確かに月の姿が見えている。
俺の仲間もその異常さに気が付いたのか、こぞって上方に見える月へと視線を向けた。
「確認してきたが、遺跡の外はまだ陽の明るい時刻だった。あれは外の月光を取り込んでいるわけではないようだ」
本来あるべき建物の構造を無視して空に輝く満月。
しかも遺跡の外とは無関係とくれば、俺にもあれの正体はなんとなく掴めた。
「じゃあ、あれは「月」の聖剣が何かしてるって事か!」
紅蓮聖剣が残した言葉によれば、最後の聖剣は月と関係するものだった。
この異常な光景も、それが何らかの力を使って生み出しているということだろう。
その考えが正解だと言わんばかりにビスクは頷く。
「そうだ。既に聖剣がその力を発揮しているか……でなければ挑発、だろうな」
「挑発?」
「それは、もしや……。皆様、月は……どちらに見えておりますか……?」
何かを察したのかカーナがそんな事を聞いてくる。
俺やリィンとヴェナとシックスが一斉に同じ方向を指差すと、カーナは納得したように言葉を続けた。
「見える個所が同じ……。ではやはり、月の聖剣はわたくしたちを誘っているのかもしれません……」
「どゆこと? ザックわかる?」
「えっと……。あ、もしかして聖剣があの下にいる……みたいな?」
みんな同じ場所に見えている月。それは聖剣の力が発揮されている証拠で、聖剣が待つ場所を教えている、のだろうか。
あんまり自信はなかったけど、どうやら正解だったみたいでカーナは首を縦に振る。よかった合ってたぁ~!
「そこまで解れば話は速い。私についてくるがいい、あの聖剣こそを私のものとする瞬間、貴様らに見せてやろう」
『さんざん話して結局それなの? ずっとアンタのものになる剣なんてなかったんだからいい加減諦めたらいいのに』
「馬鹿が、ディル君は私のものになっただろう。その後は……。……兎も角、私の邪魔をする権利はないと心得ておけ」
「急に何だよ、まるで俺たちがお前のやりたいようにさせてやる理由があるみたいな言い方なんだけど」
「さっきお前を助けてやっただろう」
「あったね理由……」
そうだった。さっきビスクに俺は助けられたんだった。
まあ、頼んだわけじゃないし突っぱねてもいいかもしれないが、それはそれで今ここでビスクと敵対することになりそうで怖いんだよな。
「……分かったよ、とりあえずお前が1回死ぬまでは黙って見てるよ」
「フッ、聞き分けが良くて嬉しいよ。あと5年は若ければお前に惚れていたかもしれないな」
「怖……」
2重に命拾いしたようだ。
とにかく俺の決定に満足したビスクは最後の聖剣が存在するであろう場所へと向かおうとする。
見失わないように俺たちも続き、その輝きを辿るようにして満月の下へと進んでいくのだった。




