復讐の魔剣
「さて、それじゃあ次の仕事の話をするか」
女神様が夢に現れたという事は、つまりまたシスターの身に危険が迫っているという事だ。
改まって見てくる女神様に、俺も今までの話は一旦忘れ、佇まいを直す。
「色々と言ったが、仲間を増やしたのは正解だったな。お前にはこれから遠出をしてもらう必要ができたからな」
そんな前置きをするとなれば、今回は孤児院ではなくもっと別の場所で何かが起きるようだ。
リィンが俺の仲間となってくれたのは実にタイミングが良かったらしい。
「……あの、そうなってくるとさっき俺が女神様にグチグチ言われてたの、筋違いじゃありません?」
会って早々に異性とパーティを組んだのが気に入らない様子だった女神様だが、俺が孤児院から離れる間の警備をしてくれる人であるのだからもうちょっと歓迎してもよかったのでは?
「そうだ……いや、お前が俺以外のやつに色目使う方が悪い」
「普通に肯定しかけてるじゃないですか。あとリィンに色目とか使ってないです!」
「嘘つくなよ! 呼び捨てするぐらい仲良くなってるだろうが!!」
「それは仲間として対等な関係にしてこうっていう意思表示です!!」
一旦忘れようとか言ったのに猛烈に掘り返してしまっている。それにしたってなんでこんなに俺の女性関係に厳しいんだこの人。嫉妬の女神なのか?
「……じゃあもうこれから女神様の事もベルって呼びますから、この話はこれで終わりでいいですよね」
「は? 俺の事呼び捨てにする気か? 殺すぞ」
「なんなんだよほんとに!!?」
別に自分との距離感をもっと縮めて欲しかったそういうことでもなかったらしく、女神様はまた俺に冷たい視線を向けてくる。
シスターに対してはかなり分かりやすいのに、なんで俺には面倒くさくなるんだ。やっぱり嫌われてるのか?
「つーかお前、俺の名前をどこで知ったんだよ、名乗った覚えないぞ」
「シスターから聞いたんですよ……死と破壊、そして性愛と再生の女神ベルって言うんですよね」
前回、向こうは半分しか名乗らなかったが、俺は彼女の正式な名称を言う。
すると女神様は一瞬驚いたような顔をして、その顔面を少し赤くさせた。
「いや……後半は違う。別に俺はそんな……再生とか、そんなもん人に与えた覚えねーし……あいつらが勝手に立ち上がってるだけだろ」
「否定するのそこなんすか」
恥ずかしがるポイントがよく分からない。そしてその1個前のは普通に受け入れているのか。
この反応だと絶対そっちは多くの人へ与えてそうなんだけど、本当に何で俺にはそんなに性も愛も与えてくれないの?
「……く、くだらねー話に時間裂いちまったな。……いいかザック、お前はこれから孤児院の川に沿って南方へ下ってった先の山へ行け」
「山……登山ですか?」
本当に恥ずかしい部分だったのか、女神様は唐突に話を戻した。
どうやら俺は山を登らなければいけないらしい。山頂にでも何か住み着いてしまったのだろうか?
「いや、登んなくていい。着いたら今度は山に沿って洞窟を探せ。で、その中のものを完全に破壊しろ」
登山となれば結構準備が必要かな、と思っていたが俺の早とちりだったらしい。話の内容からはやはり何かが住んでいるのは間違いなさそうだが。
「また魔物ですか?」
「んー、それを産む苗床ってとこだな。紫色の体したでっかい口の人間みたいなやつを産み続けて、放っとくとこの辺までそいつが進出して来そうなんだ。可哀そうだが、止めて来てくれ」
可哀そうなのか……この神様本当に魔物好きだな。あんまり人の事は好きじゃなかったりするのか?
「分かりました。じゃあその魔物を倒しながら進めってことでいいんですよね?」
「そっちは最低限でいいぞ。戦えるやつからしたら魔物は大したことない。厄介なのは苗床の方だからな」
「え、そうなんですか」
「ああ。苗床は人間の体に卵を産み付けて魔物を増やすんだが、あれに捕まったらひとたまりもねえ。死ぬまで解放されないから気を付けろよ」
「うげえ、それは先に聞いといて良かったです」
詳細を聞けてよかった。知らずに挑んだら、俺もそういう目に遭っていたのかもしれない。
そしてそんな魔物が接近しつつあるというなら止めるしかない。シスターだけでなくリュオンやローレナたちが魔物を産み出すための機械のように扱われるなど決して許しておけない。
「魔物の方も数自体は多いから気を付けろよ。囲まれてどうしようもなくなったら魔剣の力を使え」
「はい! ……はい?」
魔物に対する警告を受け、俺は気を引き締め直して……全く知らない打開策の存在を教えられて聞き返した。
「あの……なんです? 魔剣の力って」
「あ? そいつから聞いてないのかよ」
そいつ、と言いながら女神様の視線は俺の腰へと向けられる。そこには彼女より与えられた銀の魔剣がある。
「……。……え、この剣って喋るんですか!?」
どう考えてもそれよりほかない。でもこれを貰った日から何日か経つけどまるでそんな声を聞いたおぼえがないので、理解するのに時間をかけてしまった。
女神様はそんな俺を見て意外そうな顔をする。
「ザックには聞こえてないのか。……そういや殺すべき相手も分かってねえんだったか。なら聞こえなくっても無理ないな」
「え、そうなんですか」
「そいつは復讐の魔剣だぜ。復讐すべき敵の事すらあやふやなんじゃ、完全な力は貸してくれないだろうよ」
どうやら、俺は誰を殺したいと思っているのか正確に思い出せなければこの魔剣の声を聞く事も、その秘められた力を使う事もできないようだ。
そんな事を言われても心当たり無いんだよな。ギルバーたちを含め、この世界の誰かにそんな感情を抱いた覚えはないのだ。
とすると、前世絡みだろうか。それなら全く思い出せないわけだし、筋は通るか。
前世の殺したいほどに憎んでいる相手か……。なんか、改めて言われるといるような気がしてくる。
「……でも、思い出せない……」
「そうか。ま、なんかきっかけでもあればその内思い出すだろ。ひとまず今回は魔物に囲まれないように立ち回っとけ」
女神様が言うように、どうしてもその力が必要なわけでもない。戦う魔物もそこまで強くないそうだし、シルバー級の俺ならどうにでもなるだろう。
向かうべき場所も決まり、それから俺は夢から覚めて起床するのだった。