カッコいいとこ見せたかったんだよ
「リィン!」
「聖剣が!!!」
竜王聖剣の作る結界が消えた後、俺たちは二手に分かれた。いや、ビスクとその他に、の方が正しいか。
傷だらけになり、いろんな所から血を流しながらこちらへ戻ってくるリィンに駆け寄る俺たち『銀の孤児院』と、肉体が消滅して砕けた竜王聖剣の元へ走るビスク。
「くうぅ、これももはや聖剣としての力は失われているか……!」
2本目の聖剣も破壊され、ビスクは激しく落ち込んだ様子だ。
「……まあアレは放っといていいか。そんなことよりもリィン、本当に平気なんだよな!?」
「すっごい血出てるよ」
「いーやいや、こんくらいむしろ……。あ、いや、ちょっと……疲れたかも」
なんてことない雰囲気だったが、突然気が変わったかのようにリィンは俺の方へ倒れ込んでくる。
多分、ずっと今までにない強敵との戦いが続いていたが、それが終わって急に気が緩んで疲労が一気に来たんだろう。
「っ、リィン……!? ど、どうしようシックス、し、止血とかした方がいいよね……!?」
抱きとめた彼女はまだ意識はあるようだが、激しいほどではないが出血している。
俺の背中まで腕を回してしっかりと抱きつくような姿勢になったリィンの負傷をどうするべきかシックスに聞くと、なぜか冷ややかな返事が返ってきた。
『……。多分、そのままでいいと思うよ。元気そうだし』
「や、でも疲れたって言ってただろ? もしかしたら、やっぱりさっきの戦いで無理してたんじゃ……!」
「そこは大丈夫だぜ、血は出てるけど他はなんともねえしな」
「あ、そうなんだ」
『……やっぱり普通に受け答えできるくらい元気なんじゃん』
慌ててた俺に顔を起こしてリィンはすらすらと喋る。そして俺が安心したのを見るとまた胸に顔を埋めてくる。
……確かに、とりあえずリィンが死んでしまうんじゃないかって心配はいらなさそうだ。
『ていうかそんな疲れてないんじゃない! なんでザックに抱き着いてるのよ!』
「なんだよー、あたしだって結構頑張ったし、いいじゃんかよ」
シックスに怒られるとリィンは名残惜しそうにしながら俺から離れ、普通に自分だけで立ち上がる。
「……ええと……。ご無事、という事でよろしいのでしょうか、リィン様……?」
「ん、そうだな。もう戦えねえって感じじゃねえから、ふつーに無事だぜ」
カーナに返しながら、顔の血を手で拭い取って軽く体を伸ばしながらリィンは健在をアピールしてきた。
俺が1発で即死したあの拳を何度も受けて、それでもここまでハキハキ喋れるんだから、嘘ではないんだろうな。
「それにしても、よくあの竜王聖剣のパンチに耐えられるって分かったよね、リィン。どこで確信とかしたの?」
あのまま一方的に倒す事もできただろうに、力比べのような事を始めた彼女。
リィンがトラムノルヴの攻撃を見たのは、俺が受けたやつを除けば彼女自身に打ち込まれていた時しかなかったはず。
という事はやはりあの一瞬の攻防の中で敵の力の程を見抜いていたのかもしれない。すごいなあ。
そんな尊敬の念を込めながら確認してみると、リィンは照れるように笑いながら頬に手を当てた。
「……あはは。言っちまうとさ、正直あれがあたしに耐えられっかどうか、マジで受けてみるまで分かってなかったんだよな」
「……ッ!?」
なんと、根拠なし。
受け流した攻撃の威力とかからある程度の計算ができてたということもなく、正真正銘のぶっつけ本番だったのか?
「な、なんでそんな危なすぎる事したんだよ!?」
『そりゃぁさっき言ってたじゃねぇかよ』
俺の言葉にジルのツッコミが入る。
言われた通り、聞きはした。ビスクに侮られたのが我慢できなかったからだそうだ。
だがそれだけでそこまで危険な賭けに身を投じようなんて思えるものだろうか。もっと別の理由があるんじゃないかと思って、俺は聞いた。
「さっき言ったのと、あと……褒めてもらえるかなって思ってさ」
「褒める?」
リィンは恥じらうように言い、それからさらに続けた。
「折角ザックと一緒に戦いに来たんだから、1本くらいはあたしの力で聖剣を壊したいよな、って思ってたんだよ。危ねえとこなのは分かってるから、んな状況はそうそう来ないとも思ってたけど……丁度あたしにならどうにかできそうなやつが出てきたもんだから、張り切っちまったんだよ」
「自分が倒したら褒めてもらえるかも、って?」
「おう……そうだな。あんまザックにかっこいい所見せる機会とかなかったし、だからついあいつの言葉が聞き捨てなんなくて、あんなことしちまった形だ」
リィンは同じパーティの仲間だが、元は冒険者の先輩で、俺の手本になってくれるような人だった。
最近は特に危険な相手との戦いばかりで、彼女の出番も少なかったかもしれない。そういうのもあって、活躍の機会を見て少し見切り発車であんなことをしたってことか。
「……悪かったな。ザックがずっと心配そうな顔してんのも見えたし、さっさと終わらせるべきだったんだろうが、あたしも段々楽しくなってきたからよ」
『た、楽しんでたの……?』
「ヴェナは分かってたよ」
なんだかんだ言ってリィン自身も楽しくはあったらしい。ビスクに乗せられたわけだが、トラムノルヴの出方次第ではあいつの言葉がなくても提案してたかのも。
……まあいずれにしても、俺が彼女にしてやるのは1つだけだ。
「わっ、ザック……?」
自分の勝手な行動を叱られるとでも思っていたのか、リィンは驚いたような声を出す。
それを無視して、俺はリィンへと近付いて、彼女を両手で包むように抱く。
「……ありがとうリィン。俺たちのために戦ってくれて、俺の……先輩としての威厳を、その力を見せてくれて」
「き、急にどしたよザック! ほ、褒めてとは言ったけどよ……!」
「強かった、かっこよかったよ」
「も、もういいって、ここでは! みんな見てるだろ、恥ずかしくなってきた……!」
逃げようとするリィンだが、これは向こうからの要望なんだ。離さず、その奮戦ぶりを称えるように頭も撫でてみる。
合わせて、耳には「うおおおっ……!」と彼女の声が届く。嫌というわけではないのか、むしろ俺を押し退けようとする力は弱まったので、このまましばらく撫で続けて――。
「貴様ら! いつまでイチャイチャしている気だ!!」
いきなり俺たちを叱るような声が飛んでくる。
後ろを振り返ると、壊れた竜王聖剣にようやく諦めが付いたのか、ビスクが部屋から出て行こうとしている所だった。
「お前たちの力を利用しようなどと思った私が馬鹿だった! もういい、次の階層の聖剣は私の力だけでものにしてみせる! ザック、お前はそこでそのままイチャイチャラブラブして時間を無駄にしているがいい!!」
『……じゃぁそのまま声かけねぇで先行きゃいいのにな』
言いたい事を言い終えたのか、ビスクはその場を去っていく。
別にイチャイチャもラブラブもしてたつもりはないんだが……ともかく、時間を無駄にしているわけにはいかないのは事実か。あれを先行させたら酷い目に遭うのは分かり切っているのだから。
「……上位聖剣をあいつにいくつも起動されたらマズい。俺たちもそろそろ」
「あ……もう終わりかよ」
リィンから離れると、残念そうな声がした。竜王聖剣を壊すのに頑張ってくれたのは間違いないので、後で思いっきり褒めてあげるべきだろうな。
しかし今は残る上位聖剣を見つけ出して破壊するのが優先として、ビスクを追って次の階層への道を探し始めるのだった。




