竜王聖剣、トラムノルヴ
「さあ、誰があれと拳を交える?」
トラムノルヴとかいう聖剣の化身を示しながら、ビスクはカッコつけて聞いてくる。
こいつ……さりげなく自分は対象外にしようとしてないか? まあどうせもう負けてるし敵わないのも自覚はしてるんだろうが。
「とりあえず……俺がやるよ」
俺が役に立たないだとか言ってたが、見た感じではそんな印象は受けない。
竜王と名の付く聖剣だけあって腕も身体も普通の人間の3倍は超えている太さだ。多分、外見通りのパワータイプだと思う。
様子見という意味でも俺が行くのが正解だろう。初見殺しのようなものを仕掛けられてもやり直しは利くしな。
『ほう、次はお主が相手か、良いぞ、我と力比べといこうぞ!!』
「ザック、私の忠告を聞かなかったのか?」
「ふん、俺の事舐めすぎだろ。さっきの戦いの疲れでも心配してくれてるのか? 残念だけどそんなのは必要ないね」
ビスクが俺を止めようと声をかけるが、正直負ける気はしていない。
俺が様子を見るだけのつもりではいるが、動きは遅そうだし、簡単に倒せそうな気がしているからな!
俺が自信に溢れているのはビスクにも伝わったのか、おとなしく引き下がっていった。
「……ま、私も無理に止めはせん。その身で体感するのが最も確実だろうからな」
「あ、おいザック! 今度はあたしらも一緒に……」
リィンが俺に続いて部屋に入ろうとしたが、彼女はなぜか入り口で弾かれるように押し戻され、尻もちをついた。
「きゃっ! ……な、なんだあ!?」
『おおっと、我が望むのは1対1の力比べよ! 次なる挑戦者はそこで待って居るがいい!』
驚いてかわいい声を出したリィンにトラムノルヴは叫ぶ。
なるほど……それがこの聖剣の能力か。強制的にタイマンの状況を作り上げるわけか。
「……やっぱり俺と相性が悪いとは思わないけどな」
『油断はすんなよザック。あんなデケェ拳で殴られたらどうなるかは分かんだろぉ?』
「それはまあ。……もしかしてジルでも耐えられない?」
『舐めんじゃねぇよ、あんぐれぇの聖剣の攻撃なんかで俺が折れるかよ!』
高らかにジルは言った。俺はともかく、ジルで受けられないとなったら辛かったが、防御に関してはなんとかなりそうで助かった。
……ところで今の「俺が折れるかよ」って駄洒落かな、突っ込んだ方がいいかな?
『さて、次なる挑戦者も待っている事だ、早速始めるとしようぞ!!』
トラムノルヴは口を大きく開き、部屋全体を激しく震わせるような咆哮を放った。
空気がビリビリと震えるような感覚を味わい、それが合図だったかのように竜の巨体が迫る。
めちゃくちゃ早い。俺との間にあった距離がなんでもないかのように目の前に拳が飛んできた。
でも反応しきれないほどじゃなかった。俺はトラムノルヴの巨拳にカウンターを食らわせるべく、ジルを振り――
そして、なぜが銀の魔剣は俺の手をすり抜けるようにして床に落ちていった。
「あれ?」
突然の事にビックリして、俺は手を見る。
急いでジルを拾い上げようとしたが、間に合うわけもなくトラムノルヴの拳に俺の体は叩き潰されて入口に戻っていた。
「ッ、クソ、あんな場面で剣を落とすとか……!!」
『おいおいしっかりしろよなぁザックよぉ!』
復活と一緒に俺の手元に戻ってきたジルにも叱られてしまう。
これは流石にしょうがない。力で負けたり、攻撃に反応しきれなくて負けたとか、それ以前の話になるもんな。
「こ、今度はしっかり握って戦うぞ……!」
「残念だが、それは無駄なんだよ、ザック」
再びトラムノルヴに挑もうとする俺を、ビスクは今度こそしっかりと止めるように言い放った。
「なんでだよ、今のは完全に俺が変なミスしただけで!」
「お前がその剣を取り落としたのも、あの竜王聖剣の力なんだ」
「えっ……!?」
食ってかかる俺に、ビスクはそう説明した。
「言ったはずだ、ザックでは役に立たんと」
この能力の事もビスクは知っていたらしい。ならなんで先に教えてくれないんだよ! 俺が聞こうとしなかったからか! そっか!
「竜王聖剣、トラムノルヴの能力、それは「武器の使用を禁じ、己の拳のみでの戦いの強制」だ」




