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新たな住人

「え!? ここに住むの!?」


 リィンと仲間になった俺は孤児院へ帰った。

 彼女とはその場で別れ、明日からは二人で依頼をこなしてお金を稼いでいくのかな、とか考えていたら、リィンは多量の荷物を抱えて孤児院にやって来たのだ。


「前まではパーティのみんなで大部屋を借りて生活してたんだけどさ、流石にあたしだけじゃ無駄に広いし部屋代も馬鹿高いし、どうしようか困ってた所だったんだ」

「あー、それは確かに大変……いやいやいや!! 俺なんにも聞いてないけど!?」

「いやー、ザックが仲間になれって言ってくれて、ホント嬉しかったよ」


 当然のように孤児院に住む気満々のリィン。そのまま押し通ろうとしてくるので、俺も流石に押し止める。


「ちょっ……! せめてシスターに話は通して下さいよ……!」

「分かってるって。あたしだってそこまで非常識じゃないよ」


 事前に何も言わず荷物抱えて押しかけてくる時点でかなり非常識な気がするが、何も言わないでおく。

 それに、ここを追い返せばリィンに行く当てはないのだろう。元いた部屋も既に引き払っているかもしれないし、だとしたら仲間を野宿させる事になってしまう。

 孤児院は子供のためのものではあるが、それを守る大人だって必要なのだ。

 一緒に暮らした方が連絡だって容易に取り合えるし、彼女が乗り気なのは俺としても助かった。




「もちろん構いませんよ。ザックのお仲間だそうですし、行く場所がないと言うならなおのこと拒む理由もありません」


 経緯を聞き、シスターもリィンを受け入れる事に賛同していた。まあ拒否すれば住む場所のなくなる相手を見捨てられるような人ではないので、そうなるような気はしていた。


「よっしゃ! ありがとなアーレットさんよ」

「でも、特別扱いはしませんからね。ザックの仲間であってもあなたは大人ですし、ちゃんと子供たちのために働いていただきます」

「ま、そうなるよな。任せといてくれ、ザックと一緒にバンバン稼いでくるからよ!」

「……本当はお料理とかお洗濯とか、子供たちのお世話をしてくださると嬉しいんですけど」

「えー。……そういうのはパーティの雑用係に任せっぱなしだったからなぁ。できるか分かんないよ」

「そこは俺もやるから、苦手だったら任せてくださ……任せて。リィンはどっちかって言うと孤児院の警備とかをお願いしたいかな」


 前パーティでは戦闘員としての活躍が主だったらしく、家事と聞いてリィンは苦い顔をしていた。

 できてくれた方が俺やシスターの仕事も減るので嬉しいが、それよりも彼女に期待したいのは孤児院の守護だ。

 俺もまだあまり冒険者のランクには詳しくないが、ダイヤモンド級と言えばかなり上位の力を持っているのは間違いない。そんな彼女にはここへ魔物や盗賊が近付いてきた際に撃退してくれる役割を任せたいのだ。

 俺の言葉に、リィンは途端に明るい顔を見せてくれる。


「そういう仕事なら大得意だぜ!!」


 無駄なく細く、それでいてしっかりと筋肉のついた褐色の腕へグッと力を入れながら、リィンは任せてくれと拳を握る。

 彼女がいてくれるなら、この孤児院もきっと安全になるだろう。俺たちの先輩として長年培ってきた冒険者の嗅覚なら、きっと盗賊に襲われるような危険も一気に減らせて孤児院の安全が近付いたに違いない。

 きっと、女神様も喜んでくれるはずだ。




「へえー、年上のオンナを同じ屋根の下に連れ込むのか。へえー」

「……」


 めちゃくちゃ不機嫌そうな女神様が俺の目の前にいた。

 何日かぶりに夢に出てきた彼女は、俺がリィンと孤児院に住むことになったのが気に食わない様子だ。


「お前、ああいう筋肉質な感じが好きなのか? ああん?」

「いや好きっていうか……なかまになりたそうにこちらをみてきたっていうか……」


 どうも俺が自分の好みで彼女を仲間にしたと思われているっぽい。

 嫌いという訳ではない。筋肉ムキムキとまではいかないものの体の線を崩し過ぎずそれでいて拳1つで闘う格闘家として鍛え上げられたあの褐色の肉体は美しいと思うし、フレンドリーで距離感近くて向こうの印象も悪くないっぽいし。

 でも、別に異性として強く意識してるとか、そういうのではないと思う。


「はーまったく。俺という存在がありながら他の女に現を抜かすとか、ちょっとがっかりしたな」


 頬杖を突きながら俺の事を見る女神様の目は、明らかに失望したという感情がこもっていた。いや、完全に濡れ衣なんですけど。

 ……んん? ちょっと待ってほしい。


「……え? あの、それってもしかして、嫉妬してるってことですか」


 急に彼女か何かみたいな台詞を言われ、俺は思わず聞き返してしまった。

 単に俺はシスターを守るための駒みたいな扱いでそういうふうには見られていないと思っていたが、実はそうでもなかったのだろうか。


「あ? 誰がお前になんか嫉妬するかよ」


 違ったようだ。

 なんなんだこの女神様は。


「でも俺以外の事はエロい目で見るなよ! 負けたみてえな気がしてなんかムカつくからな!!」


 性愛も司る存在なだけあってか、女神様はそう俺に叫んだ。

 その手の神はけっこう好色を好むイメージだったんだけど、この神の場合は浮気を許してくれないらしい。

 自分一筋でいろと言う割に性愛と再生の女神などと呼ばれているのは、なんだか不思議なことだ。


「……じゃあ、おっぱいとか触っていいって事ですか?」

「は? 俺に触れたら殺すからな。身体の内側から内臓を食い破って殺す」

「り、理不尽!!」


 浮気どころか、自分の体すら許してくれないようだ。

 本当になんなんだこの女神様は。なんでこれで性愛と再生の女神って呼ばれてるの? 禁欲の女神じゃないこれ?


「……あ、そういえばシスターに頼まれてたんだった。女神様、シスターが感謝しているそうです」


 と、そこで今度夢の中に出てきた時に彼女の言葉を伝えようと思っていたのを思い出し、俺はシスターに変わって女神様に告げる。

 すると俺に向けていた怖い視線が柔らかくなり、それから目を逸らした。


「そっか。……いや、別に俺はそういうの聞きたくてやったわけじゃねえから、いいんだけどな。もう伝えなくていいからな」

「あはは……」


 どうでもよさそうな口ぶりだが、声色はどこか喜色を帯びている気がする。……わかりやすいなあ。

 少なくとも、ここだけは本心でないのは俺にも分かった。またシスターが伝言を頼んだら、その時はぜひ教えてあげるべきだな、と女神様の反応から悟るのだった。

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