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金剛の拳士 リィン

「よくやったなぁーザック~! あたしの仲間もきっと喜んでるよ~!」


 ギルバーたちと会った翌日、俺は冒険者ギルドであの毒の魔獣の報酬を受け取りに行った。

 どうやらリィンが話を通してくれていたようで、あれを討伐したのは俺だったとしっかり説明してくれていたらしい。

 金貨15枚もの報酬を渡された俺は、受付から離れた直後にリィンに飛びかかられ、思いっきり顔に胸を押し付けるような形で抱き締められた。

 昨日のギルバーにやられたものに近い。立場と相手が変わるだけで、ここまで嬉しいものになるとは。


「当たってます……っていうか、挟まれてます!!!!」

「お礼してやるって言っただろ? その一部なんだからちょっとは喜べよな~!」


 豪快な笑顔を見せながらリィンは抱き寄せてくる。明らかにギルド内の視線の全てをを俺が集めている気がして顔が熱くなる。

 人生初の状況に、俺はどうしていいのか分からない。とりあえず呼吸をすると彼女の胸に俺の鼻息が当たってしまいそうなので、息を止めた。

 グリグリと筋肉質な胸で挟まれていた俺が解放されたのは、こちらが勝手に窒息死しそうになる寸前だった。

 色んな理由で荒くなった息をゼーハー吐きながら、俺は改めてリィンへ向き直る。


「じゃ、じゃあお礼も頂いたという事で、俺はこの辺で……」

「待て待て、これで全部じゃないから。もうちょっと付き合えって」

「……また飲みに行こうとか言う気ですか?」


 前にも似たような状況があった。孤児院に現れた盗賊を倒してここで報酬を受け取った帰り、彼女がたかりに来たのだ。

 俺がかなりの金を持っているのは彼女も知っているだろう。受け取るとこ後ろで見てたし。

 だがあの時も言ったけどこれは孤児院のためのお金だ。そんな無駄遣いはできないので手にした金貨袋を大事に抱える。


「もー、そんな顔するなって。ちゃんとあたしが金出すからさ」

「……ほんとですよね?」

「疑り深いな~、冒険者としては良い事だけどね。ま、心配はしなくっていいさ。あの魔獣の討伐協力金はちゃんともらってるからね」


 プラチナ級のあの魔獣は近隣の冒険者をかなり動員しての大掛かりな討伐依頼になっていたらしい。

 撃破した俺には多額の報酬が与えられたが、参加者にも少額ながら報酬が支払われているようだ。

 何もしていなければ本当にわずかな金額だが、特に戦闘に少しでも参加したか、負傷したり仲間が死亡していた場合は俺ほどではないにしても多額の参加報酬を得られていると聞く。

 つまり。


「いえ……。やっぱり俺がお金出します」


 リィンの仲間は魔獣の猛毒で死んだ。彼女が連れ帰っていた仲間の1人でもむごい死に方をしていたのだ。俺は発見しなかったが、もろに毒を浴びた者はどうなっていたのか、想像するだけで怖い。

 そんな彼女にはかなりの報酬が転がり込んできたのだろうが、分かってしまえばそのお金を使わせる気にはなれない。


「馬鹿言うなっての、それじゃお礼になんないだろ? ほら、行こうぜ!」

「え、でも……!」

「後輩が遠慮すんなって! 黙ってついて来いよぉ~!」


 俺の気遣いを無視してリィンに強引に引っ張られていく。この前とは違う、いつもよく見る豪快な笑顔だ。

 だが、俺はそんな笑顔の裏に、なにか隠した感情があるような気がしてならなかった。




「どうよ、美味いだろ?」


 自信たっぷりの笑顔で俺に聞いてくるリィン。

 彼女が連れて来たのはギルドからそう離れていない所にあった料理店だ。

 そんなに格式高い店、という感じではなくもっと大衆向けな店で、彼女が普段から利用しているのかな、と思える。

 注文は俺に変わって彼女がしてくれたのだが、一皿一皿の量が全体的に多い。マズい訳ではないが、質より量と言った感じか。


「……お腹いっぱいになりますね」

「だろー! あたしも安くて量があるから気に入ってんだ、この店」


 味には言及しなかったが、それが逆に好印象だったようだ。リィンも豪快に皿の上の料理を流し込むようにして食べている。

 一瞬の内に皿を一つ空にすると、彼女はそれで落ち着いたかのように息を吐く。


「……あたしの仲間とさ、仕事終わりはここで飲み食いしてたんだよな、最近まで」

「……」


 最近、とは言うまでもなくあの毒の魔獣を討伐しに行く前までの話だろう。

 あの日リィンは仲間を失い、独りになった。助かったのが彼女だけなのは俺もあの時に聞いている。


「覚悟はしてんだけども、自分だけ生き残っちまうってのは堪えるね。相手を見誤っても、いつもは何人か助かる奴もいたもんだけど……あたしだけになっちまった」

「リィンさん……」


 彼女の話に俺は食事の手が止まる。

 語りながら、リィンは合間にパスタの皿を掴み、一息でかき込む。それは俺もちょっと味が気になってたやつだ。


「……あたしのパーティも終わりだね。イチから仲間集めなんざできるようなガラでもないし、どうしたもんか」

「え、俺にはかなり気軽に接してるじゃないですか」

「ザックは『黄金の旗』の連中と一緒に冒険者の基礎を教えてやってたからね。知らない仲ってほどじゃないだろ? ……でも知らないやつに勧誘とかすんのはねえ、疲れるから他の仲間に任せっぱなしだったよ。取り分だとか、面倒な話苦手なんだ」

「それは……大変ですね」


 気持ちは分からないでもない。俺も、前世ではあんまりコミュニケーションが得意ではなかった……気がする。その辺りもぼんやりとしか思い出せない。

 女神様が言うには1人で魔王と勇者の2役をこなしていたそうなので、想像力は豊かだったかもしれないが……おっと、これ以上はやめておこう。

 リィンは更にもう一皿へと手をかけながらため息を吐く。


「はぁ~。いっそザックとでも組みたいもんだな。あんたなら変な気とか使わないで済むし、なんか一緒にいると落ち着くんだよね」

「ッ……!?」


 そんな言葉に、思わずドキッとする。

 向こうからすれば何も考えずに仲間にしてくれと言っているだけかもしれないが、取り方によってはそれって、告白っぽく聞こえないか?

 さりげなくリィンの顔を確認してみる。皿で隠されていて表情は見えなかった。

 どうしよう、こういう時はどう返すべきなんだろうか。いや、そもそも非常にさらりと言っていたあたり、本気ではなく冗談なのかもしれない。だとしたら返事をするのではなく、俺も軽く流すべきなのか?

 ……でもひょっとすると冗談のように見せた本気の可能性もある。だって直前にあんな話をされているのだ。この流れで軽く零したらOKして貰えると考えての発言……? いやそもそもこれどっちなの? 仲間にしてくれって言われてる? 付き合ってくれって言われてる?

 考えれば考えるほど、俺は答えが出せなくなっていった。こういう時ってどうしたらいいんだよ、教えてくれ女神様!

 とそこまで考えて、俺は昨夜のシスターとの会話を思い出す。


『ザックもこれから街を出る時もあるでしょう』


 それを頭の中で反芻した瞬間、俺はようやく冷静になった。

 そう、おれも街を離れる必要が出て来る日はいつかやってくるかもしれない。

 女神様はシスターに危機が迫った時に俺に報せに来てくれるそうだが、それはまたこの街や孤児院の近くではなく、もっと離れた場所である可能性もある。

 あの無茶ぶりまがいの敵と戦わせた女神なのだから、急に遠くの国まで行って来いと言われた末に強敵と戦わせられたりするかもしれない。

 そんな時に孤児院を開けたままにするのは心配だ。だって女神様はシスターにしか興味ないのだ。リュオンやローレナに何かあっても教えてくれないかも。

 俺の手が届かない時、孤児院を守ってくれる人がいたら安心だ。そう考えると、リィンと手を組むのは悪くない提案のように思えた。

 なので、俺は意を決して口を開く。


「……リィンさんって何級でしたっけ」

「ん? ダイヤモンド級だけど」

「それって強いって事でいいんですよね?」

「んー、パーティの中だと一番上だったのは間違いなかったけど」


 何度か続く俺の確認に、向こうもその意図を察したらしい。いきなり顔色が明るくなる。


「お、なんだよもしかして乗り気かザック~? シルバー級のあんたじゃあたしになんか見向きもしないかと思ってたんだけど」


 やっぱりさっきの発言は冗談のつもりだったらしい。ダメで元々と思っていたのは俺も向こうも同じだったのかも。


「リィンさんの強さは俺も知ってますから。……俺とパーティを組んでくれますか?」

「よっしゃ、乗るぜ!」


 そう言って、俺は手を差しだした。すぐに彼女はその手を取り、笑顔で承諾してくれる。

 これで、リィンは俺の仲間になってくれた。


「いやー良かった! 無理だろうなとは思ってたけど、これで新しい仕事とか探さなくて済みそうだよ!」

「え……断ってたら冒険者やめる気だったんですか!?」

「あたしだけでやってく自身もあんま無かったんだ、1人じゃ危険な依頼だって多いからさ」

「そうでしたか……。ちなみに再就職先の候補とかは?」

「いや……なんにも考えてなかったな……」

「そうでしたか……」


 笑いながらそんな事を打ち明けられた。本当に向こうからすれば駄目元だったらしい。とりあえず、路頭に迷う格闘家を生み出さずにすんでよかった。


「ま、ザックがいるなら安心して戦えそうだからね、気兼ねなくつづけられるってもんさ! これから仲間としてガンガン稼いでいこうぜ!」

「は、はい……。改めてよろしくお願いします、リィンさ」

「おっと、これからは仲間なんだから、いい加減リィンって呼んでくれよ?」

「……わか……ったよ、リィン?」

「そうそう、その感じでいこうぜ!」


 こうして俺はリィンと先輩後輩の間柄ではなく、対等な仲間となった。

 是非とも孤児院をよりよくするために、一緒に頑張っていきたいものだ。

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