獅子を護る花の名は
「さてと……」
自分自身を模して暴れていたシルバーイミテイターをすべて倒し、銀の災厄は敵の残骸へ背を向けた。
そのままトルフェスたちの方へと歩いて行き、警戒を露わに凝視するメダリアさんとカーナを気にせず、トルフェスの前で屈みこむ。
「よお、随分こっぴどくやられたモンだな。いくら俺の偽物だからって、連合団の団長が油断でもしてたか?」
「っ、その声、銀の……災厄か」
「ああ? おいおい、せっかく助けてやったんだぜ? ちゃんと俺の事見てくれたっていいじゃ……」
トルフェスはあいつの姿ではなく、声で誰なのかを判断した。
……銀の災厄が言うように、団長が受けた傷はかなり深かった、って事だろうな……。
「……目、見えねえのか」
「深く削がれたみたいでね。……悪いけど、お前の姿を見て恐怖してはやれなくなってしまった所だよ」
「……。それは残念だ。……どうしようもねえのか?」
「はっ……はい、その、私の治癒魔法では、傷は塞げたのですが、足や、目を再び正しく機能させるまでは……」
集中攻撃を浴びていたトルフェスは一命を取り留めはしたようだが、その傷跡は深く体に遺されたままとなってしまったようだ。
カーナを背負い直しながら、俺は背中をメダリアさんに支えられて体を起こしている彼を申し訳なさそうに見る。
「ごめん、トルフェス。俺が、もう1体のシルバーイミテイターも引き付けられてたら……」
「いやいや、あんな強敵に遭遇して命は助かってるんだ。むしろザック君が片方でも抑えてくれてたおかげで、俺はこの程度の負傷で済んだんだよ」
そう言うが、俺にはとても本心には思えない。
どうせ俺は死んでも復活できるのだから、もっと無理をしてでも両方を相手取るべきだったのかもしれない。
「トルフェスの方に行ったやつをぶん殴って、すぐに腕を斬り落としたりしてどっちも俺を襲うようにすれば……」
「……それをやってたら、詰みだっただろうな」
自分の身を犠牲にしてでもトルフェスを守っていれば、そう思いながらの呟きは銀の災厄に否定される。
「片腕だけでも、もしお前の勇者としての力が取り込まれたら、あいつら間違いなく無限に復活して俺でも手が付けられなくなってたかもしれない。……だから、ザックはやれる限りの事はやってたさ」
「そう、なのか……?」
シルバーイミテイターは銀の災厄と同じ、取り込んだものの力を扱える能力がある。
もし俺の体を一部だけでも喰われていたら、あいつらも勇者の力を……記録場所からの復活をして何度も俺たちに襲い掛かってきたんだろうか。
ビスクを殺せはしてもその勇者の力まで打ち破れていない銀の災厄が言うのだから、そうなっていたら本当にお終いだったんだろうな。変に覚悟を決めていなくて良かったのかもしれない。
「……っつっても、そんな体じゃあもうお前1人で生きてくのは辛いんじゃないか? ……だったら、俺が」
光を失い、立ち上がる事すら困難なトルフェスに銀の災厄は手を伸ばす。
……まさか、とどめを刺そうって言うのか!? 殺意を持っている顔……ではないが、なにか良からぬことを考えているのは間違いなさそうだ。
彼は確かに満身創痍かもしれないが、もしも殺そうとしているのなら放っておくわけにはいかない。俺がその蛮行を――。
「っ!!」
「うおっ」
ジルに手を伸ばそうとした時、メダリアさんが銀の災厄の手をはたき落とした。
俺よりも先に、覚悟と決意のたぎる形相で銀の災厄を睨みつけるメダリアさん。その気迫に驚いたのか、やつは声を上げて後退する。
「だ、団長は私の……っ、大事な人です!! 貴方のような化け物には、絶対に、渡しませんっ!!!」
「……」
『おぉ、気持ちのいい告白だなぁ。お前にゃぁやらねぇとさ。どうするよ?』
トルフェスをかばうように銀の災厄の前に位置取り、メダリアさんは彼を抱きしめた。
この世界の最大の災厄、そう呼ばれている相手に「渡さない」と叫び、彼を守る構えだ。
対する銀の災厄は……。
「へっ、なんだそりゃ。おい、お前ら付き合ってるのか?」
「いやぁ、メダリアとは団長と団員として一緒に戦ってただけだよ」
「これからそうなるんです! 団長の事は私が全部私がお世話しますから!!」
「え、初耳なんだけど……。ていうかメダリア、冒険者は?」
「辞めます! 余生は団長とこなした依頼の報酬で穏やかに過ごしましょう!!」
「まあ……本当に、お付き合いするつもりなのですね……」
問いかけに将来設計を語り始めたメダリアさん。トルフェスは何にも知らされてないみたいだが、ともかく本気っぷりは窺えた。
そして唐突にそんなものを聞かされた銀の災厄は、驚いたのかなんなのか分からないが、どこか悔しそうな表情をしていた。
「……じゃあ、そいつの身の回りの世話もするしその後もずっと、生涯添い遂げるって誓うって事だな?」
「はい! 誓います!」
「……あれ、なんかもう結婚式でも始まるの?」
「トルフェス! お前の方はそれでいいのか!? 他に好きな女とか、なんか……気になってる奴とか忘れられない女とか! いたりしないのか!?」
こいつはこいつで何の確認をしてるんだ。俺の知らない所でメダリアさんに協力する約束でもしてたんだろうか。
そしてトルフェスは戸惑いながらも首を縦に振った。
「え……まあ、メダリアはいつも俺の傍にいてくれたし、弱気になっても連合団を離れたりしないで、こうして最後まで付いてきてくれるような人だから、ここまで言われたら嬉しい、よね」
「…………そうか……」
彼の返事に、銀の災厄はなぜかひどく落ち込みながらも納得したようだった。
そうして、トルフェスの命を断つのは諦めたのか、彼とメダリアさんから離れていく。
「……ふん、良かったな。お前の事愛してる女がいたおかげで命拾いしたぜ。あーあ、いなけりゃ俺が可愛がってやろうと思ってたのに、残念だったな」
「はは……それは本当に残念だったよ、メダリアにはしっかりと感謝しておかないとね」
苦笑いと共に、トルフェスはメダリアさんの手を握る。多分、いろんな意味で窮地を救ってくれた彼女に心底感謝してるんだろうな。
「……チッ、見てられねえな。もういいか、俺の偽物もぶっ殺せたし、帰るわ」
握られた手をメダリアさんが握り返すのを目撃した銀の災厄は、本当に嫌そうな顔をしながら俺たちの前から去ろうとしていく。
「メダリアだったな。大変だろうが、ちゃんと団長の事愛してやれよ」
「い、言われるまでもありません!」
それだけ最後に言い残し、彼は俺たちに背を向けた。
が、まだ俺には言いたい事が残っている。
「おい!」
「……んだよ」
「助けに来てくれて……ありがとうな!」
俺とトルフェスだけでは耐える事しかできなかった相手。それどころか、あのまま何の救援も来なければ全員死んでいてもおかしくなかった。
そんな絶望的な状況から救ってくれたことに、俺は素直にその言葉を告げる。
「……はっ! また会おうな、ザック!」
気持ちが伝わったかまでは不明だが、存外悪い印象は与えなかったのか、銀の災厄は笑って手を振りながらそう返してくれた。




