複製されし災厄
災厄の眷属から銀の災厄が生まれる事はない。あれは特例だと、そう俺に教えてくれたのはその銀の災厄本人だった。
だが、こうして目の前には生まれたばかりの銀の災厄が対峙している。
水銀の水たまりの上で両腕をだらりと下げながら、同じく銀色の全身を持つ銀の災厄は、その銀の双眼で俺たちを無感情にじっと見ている。
『……色はともかく、アイツにそっくりだなぁ』
以前出会った銀の災厄に比べると、今目の前にいるこいつはあまりにも無機物感が強い。
言われなければ人間じゃないなんて思いもしなかっただろうが、これは一目見ただけで人外だと分かる。
言葉も発さず、静かに俺たちを見るこの銀の災厄からは心のようなものを感じられず、まるで別人のようだ。
「レヴィアタンの時に会ったあいつとは別の個体なんだろうけど……」
「ザック様……あの魔物からは危険な気配がいたします……」
俺にだけ聞こえるような声でカーナが囁く。
分からない事が多いが、たった今目の前で強敵が誕生したのは間違いないようだ。
ただ、見た感じこの銀の災厄は今まさに生まれたばかり。俺の見立てではかなり弱い状態のはずだ。
叩くなら、今しかないのかもしれない。
「……よし、カーナ、ここは思い切って【炸裂】の魔術を」
「! おい避けろザックッ!!」
指示を出そうと視線をカーナに向けた時、リィンの絶叫が響く。
そうしたら視界の隅に銀色の腕が、俺の顔めがけて直前まで伸びてきていて、
「ううおおおおおあああああっ!!!」
銀の災厄の腕が俺の頬に触れる寸前、怒号と共にトルフェスのレイピアが銀の腕を横から貫き、捻り上げるようにして軌道をずらした。
が、彼のレイピアはすぐさま銀の災厄の身体に取り込まれていき、トルフェスは柄から手を離して俺をカーナごとまとめて抱えて後退する。
「くっ……!!」
「ご、ごめんトルフェ……ッ!?」
生まれたての幼生体とはいえ相手は最強の怪物。一瞬でも目を離した事を謝罪しようと彼の背を見て、俺は言葉を失った。
トルフェスの背中には抉り取られたような傷が深く刻まれていたのだ。
俺が傷に気付いたのを察したか、銀の災厄と距離を取った彼は小さく笑う。
「はっ、早速魔剣の力を使われたかな。……まあ、これぐらいなら、まだ、動けるから」
「だ、団長!! 早くこちらへ!!」
彼の持つ魔剣の「削ぎ落とす力」。敵に取り込まれ、その力で受けた傷のようだ。
リィンたちと後ろに下がったメダリアがもっと下がるように言う。
治癒魔術を使おうというのだろうが、トルフェスは俺に並ぶように銀の災厄へ振り返り、彼女の元へは行こうとしない。
「……おいおい、『ローゼン・レオ』の団長が、二度も同じ相手に逃げられるわけ、ないだろ?」
「あぁ!? 何カッコつけてんだよトルフェス! あたしらじゃかなう相手じゃねえってお前も分かってんだろうが! 逃げるぞ!!」
『ザックも! 早くこっち来てよ! 今度こそ殺されちゃうよ!!』
「……できればそうしたいんだけど」
シックスの声を背中に受けながら目を離さず、眼前の銀の災厄を観察する。
少し距離はあるが、さっきみたいな隙を少しでも見せればいつ襲ってきてもおかしくない。背を向ければ確実にあの手で触れられ、そのまま取り込まれてしまうだろう。
それに俺が襲われなくても他の誰かが標的にされるかもしれない。逃げるにしても、せめてこいつの気を引いてみんなの安全を守りたい。
「まさか、トルフェスが逃げないのってそのためか?」
「さて、何の話か分からないね」
銀の災厄から目を離さずそう言うが、恐らく俺の思った通りのはずだ。
武器を奪われ、負傷した彼はその命を賭して銀の災厄から仲間を守ろうというんだろう。そして、文字通りこれが最後の依頼となる。
「……で、ザック君は逃げないのかい? みんな君を待ってるみたいだけど」
「団長もだよ、ていうかそんな事させるわけないだろ」
あれだけ銀の災厄を怖がっていた彼が最期に取る行動しては実に勇気のある行動だ。
が、だからってそんな自殺同然の事を見逃がせるわけもない。俺はジルを手に、トルフェスと共に銀の災厄の幼生体と対峙する道を選んだ。
そんな俺に、トルフェスは一瞬だけ目線を向けて、呆れるように短く息を吐く。
「ま、君がどういう選択をしようと勝手だけども。……背中のその子はいいのかな」
「わたくしは……、ザック様と、最後まで共に居たいですから……」
「……随分愛されてる事だ」
「カーナ、死ぬ前提みたいなセリフ言わないでよ……」
まるでこれから心中するみたいだ。カーナの俺に巻き付けてる腕にギュッと力が籠るが、本当にそんなつもりではないと信じたい。
『え、嘘でしょザック……戦うつもりなの!?』
「……まあ、どうせ町の方までコイツを近付けたら大惨事になるのは目に見えてるしね」
退けない理由もある。逃げたとして、撤退先のトル・ラルカまでこの銀の災厄の幼生体を連れてきてしまえば町が壊滅するのは確実だからだ。
文字通り手が付けられない相手。しかもさっき俺に迫った速度は俺自身さえ見切るのが困難なスピードだった。
シルバー級の俺でさえそんななのだから、それ未満のランクの冒険者しかいない場所には絶対に行かせてはならない。
「そっか、じゃあヴェナたちも」
「いや、みんなは下がっててくれ! いくらなんでも相性が最悪すぎる!」
協力を申し出てくれたが、そこは流石に俺も首を縦には触れなかった。
リィンとヴェナはどちらもほぼゼロ距離で戦わなくてはいけないし、シックスも自分から攻撃できる手段はない。触れたら確実に死が待つ相手に挑ませるには危険が多い。
……とはいえ俺もみんなとそこまで差はないかもしれない。持っているのはこの銀の魔剣のジルだけだし、トルフェスに至っては武器を奪われたんだからな。
『……ザック、悪ぃが先に言っとくと、俺もあいつに触れたら多分喰われると思うが、マジでやれるのか?』
「……そっか、じゃあ俺も攻撃手段ないかも」
「……だ、団長! やはり早く逃げましょう!!」
ジルも銀でできてるし、いけるかなと思ったが無理だったようだ。まだ水と松明は残っているが、あれほど素早くなった幼生体は当たってくれるだろうか。
不安を覚えたのか、メダリアは再度撤退を進言してきた。
「待ってメダリアさん! まだ俺に考えがあるんで!!」
俺たちには到底倒せそうにない相手だが、打開策は残されている。
なので、俺はリィンたちにある指示をした。
「リィン! ヴェナとシックスと一緒にカトレアさんを呼んできてくれ!!」




