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引退依頼

「わあ、すごいね! まさかここまで速く移動できるものがあるなんて!」


 トルフェスは俺たちと一緒にバハムートに乗り、その速度に感心した様子で驚いていた。

 ……まあ搭乗前にバハムートの機体の色を見て「ひっ」って悲鳴を上げて驚いてる所も見たんだけど。


「……なあザック、ちゃんと教えといた方がよくねえか?」


 そして俺だけでなくリィンも彼の悲鳴を聞いていたようだ。トルフェスには苦手意識があったはずだが、それでも流石に心配が勝るらしい。


「あの感じだと言っても聞かないと思うんだよね……」


 この依頼を自分の引退を飾るものにすると言った以上、そこから逃げるのはあまりにも格好悪い。

 だから相手が災厄の眷属なんて呼ばれるものだと知った所で、きっと無理してでも討伐へ向かうことにはなっていたんじゃないかなと思う。


「ところでザック君、俺たちはどうしてバケツと松明を持たされているんだい?」

「……討伐対象の弱点だそうなので」

「団長……私と彼らでなんとかしますから、どうか無茶だけはしないでください」


 一緒についてきた治癒術師の人も敵がなんなのかを察したらしい。

 こうしておそらくトルフェスだけが敵の詳細を知らないままに俺たち7人は依頼の地へと向かうのだった。






 トル・ラルカから東へ広がる平原を超えた先。そこには人のいなくなった村があった。

 魔物に襲われたのか、それとも人が済まなくなって荒れたのかは不明だが、家はどこもボロボロで、村の跡地と呼ぶのが相応しい感じだ。


「ここは……魔物に荒らされた村、なのでしょうか……?」

「いや、単に人が減って集落としての機能が維持できなくなっただけかな。村長が若い女の子に手を出すって評判だったからね、トル・ラルカに逃げてきた住民も何人かいたよ」

『ふーん、村が襲われたとかじゃないなら少し安心ね』

「安心していいのかな……」


 トルフェスの話を聞くに廃村になるべくしてなった感じだが、酷い事をする村長がいたものだ。シックスも以前はどっかの村で暮らしてたというし、そんな酷い目にあってなければいいな。


「んじゃ、適当に焼いてくとすっかね」


 そう呟き、リィンは松明の火を手近な廃屋へ灯そうとする。

 直後、驚いたようなトルフェスが彼女の手を止めた。


「ちょちょちょ! 何しようとしてんのさリィン!? いくら誰もいないからって魔物炙り出すためにそこまでする?」

「あぁ? するに決まってるだろ。……なあザック、もう教えてやった方がいいんじゃないか?」

「……ま、ここまで来たら教えた方がいいよな」


 敵の潜んでいるはずの場所にいるのだ、不用意に動き回られて災厄の眷属の身体に触れてしまわれては叶わないし、俺が依頼内容を教える事にした。


「トルフェス、この依頼の内容なんだけど」

「ああ、すっかり聞かないまま来ちゃったけど、何だい? これで引退だからね、できるだけ派手な相手だったらいいよね! せめてダイヤモンド級とか、なんならオリジナルランクの敵との死闘で冒険者人生に幕を下ろすのも締まりが良さそうだよねえー!」

「うん、ダイヤモンド級の、災厄の眷属の討伐依頼だよ」

「……」


 饒舌になった彼は敵の姿を頭の中で思い浮かべているのか、沈黙した。

 そして静かに笑ったトルフェスは踵を返し、バハムートの下へと全力ダッシュをした。


「か、帰らせてくれ!!」

「バハムートー! この前みたいになるかもだから上空で待機しててくれー!!」

『分かりました』


 団長がバハムートに飛び込むよりも先に空へと待機させる。これでもう彼は安全地帯から全てを眺めている事はできなくなった。


「なっ、なんてことをするんだザック君!!?」

「や、だってここで逃げたらトルフェスさん「最後の依頼で安全な場所から1人残った団員とよそのパーティに戦闘任せて高みの見物した男」って事になるでしょうが! それでいいんですか!?」

「ぬうぅ、そ、そんな不名誉な称号は、流石に……」


 俺の言葉にトルフェスはたじろいだように足を止め、そこに治癒術師の彼女が寄り添う。


「先程も言いましたが、団長は無茶はしなくていいんです。先頭には立たずとも、ただ私たちと一緒に敵を倒して、無事に帰れば、それで」

「……わ、分かったよ」


 彼の傍にいた『ローゼン・レオ』の団員からそこまで言われれば覚悟も決まったのか、まだ手は震えているようだがトルフェスは首を縦に振った。


「怖がりすぎだよ」

『……私たちもちょっと前はあんなだったけどね』

「気楽にいけよトルフェス。どうせ名前だけの偽物みたいなもんだからよ、あたしらみてえに災厄の眷属ぶっ潰して、怖ええのなんか忘れちまえよ!」

「団員の人も言ってるけど、本当に戦えそうもなかったら後ろの方で囲まれないかだけ注意しててくれるだけでいいからさ」

「あの……えっと……。が、頑張ってください……」

「……まったく、好き放題言ってくれるね」


 思い思いの言葉をトルフェスへぶつける。励ましになったかどうかは微妙なところだが、少しくらいは効いたのかな。

 トルフェスは口元だけでしっかりと笑うと、己の腰に下げられた魔剣レイピアを抜き放って天に掲げる。


「この『削剣』のトルフェス、二つ名に誓って無様な最後は飾らないと約束しようじゃないか!!」

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