目覚めと出迎え
目が覚めた時、俺はよく知る天井を見上げていた。
誰かがここまで運んでくれたのか、俺は孤児院の自室のベッドで眠っていたようだ。
そして、俺の横ではこれまたよく知っている人物が腕組みをしながら俺を見ていた。
「む、起きたか!」
椅子に腰かけて俺の事を見ているのは、黒髪を後ろで縛り上げた、いわゆるポニテの目つきが鋭い女性。
ここで育った1人であり、『黄金の旗』のメンバーでもあるゼンだ。ちなみに、前世の名前は善龍院ひなたって言う。
ゼンは俺の起床を知ると勢いよく立ち上がり、部屋から出て行った。
そしてすぐにシスターと、ギルバーほか3人を連れて戻ってきた。
「ザック!!!」
「あ、おはようギルバー。もしかして、みんながここまで運ん」
「この馬鹿野郎!!!」
何があったのか確認を取ろうとしたら、有無を言わさずギルバーが全力のパンチを俺の顔面にぶつけてきた。
バキ、と嫌な音がする。
「ぐあああっ!?」
「ギルバー!?」
指が変な方向に曲がって悶絶するギルバーに俺は驚愕する。なんで殴ってきた方がダメージでかいの?
俺の方はというとまるで痛みもなく、殴ってきたギルバー本人含めて他の全員もなんでこうなっているのか困惑していた。
ゼンの治癒魔法を受けながらギルバーは立ち上がる。
「お、お前……、相手の実力も分からないで突っ込みやがって……」
「よく今それ言える勇気あったな……」
「い、いいから! ……それより、お前1人で魔獣に突っ込んでったってリィンさんに聞いて、みんな心配してたんだぞ!」
「そうよ! 私たちが行った時にはザック、装備がドロドロに溶けてたのよ!」
「……え!? そうなの!?」
モルガンに言われ、俺は毛布をめくって体を見てみる。
寝巻き用の薄いシャツとズボン姿で、眠る前に装備していた防具は身に付けていない。女神様からもらった剣は無事らしく、ベッドの横に立てかけてあった。
「非常に強力な猛毒だったのだぞ。装備はどうしようもなかったが、せめてザックだけは助けようと皆で協力したのだ。毒を洗い流しながら、私がなんとか解毒した」
「そんな、俺なんかのために……? ゼンたちは大丈夫だったのか?」
シルバー級の俺は大して毒も効かなかったが、ゼンたち5人はゴールド級だ。揮発した成分を吸うだけでも体が軽く麻痺したのだ、いくら解毒魔法が使えようと相当危険だったんじゃないだろうか。
「……毒を使うと言うのはリィン氏から聞いていたからな。だが私だけでなく他の治癒と解毒を行える冒険者も総動員してどうにか、といった所だ。……二度とこんな真似はしないでほしい」
「……そうだ、分かったかザック。お前はシルバー級なんだから、無理してあんな奴に挑まなくっていいんだ」
「あの、その話なんだけどさ」
ようやく手が治ったのかギルバーは改めて俺を見ながら言った。
そして未だに彼らが俺の本当の実力を勘違いしているのも理解した。なので、本当の所をギルバーたちにも教えてあげようと思う。
「意外かもしれないんだけど、実は俺の方が強くって……」
「そんな分かりやすい嘘つくなよ!! あの魔獣の毒で死にかけてただろ!!」
ギルバーは思いっきり俺の両腕を掴んで否定してきた。しかも思いっきり泣いてる。
「いや、治療しにきてくれたゼンにも申し訳ないんだけど、割と平気だったし……。あと魔獣も俺が倒したよ」
「やめてくれよ……そんな空元気。ザックはシルバー級なんだぞ……? プラチナ級の相手と戦えるわけない。きっと瀕死になっていた所にトドメを刺せただけなんだ……。俺も、みんなも怒らないから、認めてくれよ……!」
「ええぇ……」
ギルバーは声を震わせながら顔を伏せ、大粒の涙をいくつも零している。
どうやら、俺が絶対に敵うはずもない相手に飛び込んで奇跡的に生きていた、とでも思っているのだろう。仮にそうだったとしても、トドメ刺せただけでもすごくない?
だがほかの黄金の旗のメンバー4人も、意地になって俺が弱い事を認めていないだけと考えているのか、泣きそうになっている。
「いいんだよ、弱いからって、無茶しなくて……!」
「……戦うだけが偉いわけじゃないんだぜ。ここを、帰る場所を守るのだって、立派な仕事だろ……?」
「ザックをここに置いてったのだって、死んでほくないからってだけなのよ……?」
「ザック……」
「あらあら……」
流石に現地人だけあってシスターは状況を理解しているらしい。困ったような顔で成り行きを見守っている。
……いや、知ってるなら一緒に弁明してはいただけません!?
でも、この感じだとやっぱり誰も納得はしてくれないかもしれない。シスターと口裏を合わせているだけと思われるかも。
まあそうは言ってもシルバー級が最強なのは冒険者ギルドで働いていればいつかは気付くはずだろうし、ギルバーたちもいずれは自然と分かるとは思うが。
だったら仕方あるまい。ここは一旦俺が折れておくのがいいだろう。
「……わ、悪かった。俺も、みんなと一緒に戦いたいからって、ちょっと嘘ついてた」
事態を丸く収めるため、ちょっと棒読み気味だけど俺はそう言った。棒読みっぽくなっちゃったけど、バレないかな。
そんな心配もよそに、俺の発言を聞いてギルバーはバッと顔を上げ、嬉しそうにしていた。涙で顔がビシャビシャになっている。
「ザック……!」
「うわ! 抱きつくなよ!!」
感極まったのか、ギルバーは俺の胸に顔を埋め、背中まで手を回してしっかりと抱き締めてくる。
アホほど号泣してたせいで俺の服に涙が染み込んでくる。胸の辺りにしっとりした温かい感触が伝わり、何とも言えない。
「お前がこんな事もうしなくていいように、俺たちもっと頑張るからな!!!!」
「分かった! 気持ちは濡れるくらいしっかり伝わってるから!! 頼むからせめて顔は離して!!」
決意も新たに、ギルバーはしばらく俺の服を涙で濡らしながら号泣していた。他の4人も各自熱くなった目頭をぬぐっている。
彼らの勘違いを正す事はできなかったが、これでとりあえず1人で魔獣に突っ込んでいったことは許してもらえそうだ。
それからしばらくしてギルバーたちは孤児院から出て行き、俺は水でもこぼしたかのようになった上着を着替えるのだった。