不滅の勇者魔王、ザック
不滅の勇者ビスクの奥義『神断ちの一閃』を受け、俺は死んだ。
そう思った直後、気が付けば俺は傷一つなく立っていて、リィンに抱き締められている。
なんで助かったのか不思議でならないが、それ以上に眼前に立つビスクは物凄い形相になって俺を見ていた。
「ザック、貴様、私の目の前でたった今死んだはずだ。それがどうして、生きている!?」
「あ、やっぱり俺死んだのか……?」
ビスクのリアクションを見ると、どうやら俺が死んだのは気のせいではないようだ。あいつの奥義で殺され、だというのに体は無事。
それはまるで、1度死んでその後すぐ復活したかのように思える。
ちょっと信じられない話だが、まあまったく同じ能力を持ってるやつが目の前にいるしな。いつの間にか俺もそんな秘めた力を手にしていたのかもしれない。
「まさか、貴様も私と同じ、勇者だとでも言うつもりか!?」
そう、勇者ビスクに与えられた不滅の力。自身の記録を残したものがあれば死んでもそこで蘇ることのできる、疑似的な不死身の能力。俺が死なずに済んだのもそれかもしれない。
でも俺は日記とか書いてないし、なんでここで復活できたのかは謎が残るな。
「……まあ結果を考えればそうなるか。前に勇者やってたしな」
以前のは銀の災厄にそそのかされてのものだったからあんまり関係なさそうだが、この街の人たちから認めてもらえたことによって俺にも勇者としての力が備わったのかも。
俺のこれまでの行いが実を結んだ、そう考えてもいいのかな。
「前にやってた? てのは、どういう意味だよ?」
「あ、今は関係ないから、とりあえず一旦離れてリィン」
『……ふぅ、また俺を置いて1人で逝かれんのかと思ってビビったぜ』
ジルは俺が無事だったと分かって息を吐いた。……また? 今までこいつの前で死んだ覚えはないから、前の持ち主の話かな。
それはいいとして、俺はリィンと離れてまっすぐにビスクと向かいあった。
「急な事で俺も驚いてはいるけど……。どうやら俺も勇者としての能力を手に入れたらしい」
「気軽に言ってくれる……! 勇者が1つの世界に幾人もいるものかッ!!」
ビスクは剣を構える。きっとまた『神断ちの一閃』を使うつもりだろう。
自分だけの特別な力だと思ってたのかな、勇者が複数人いるってそんな珍しい話でもないとは思うけど。
それを言った所でよりビスクを怒らせるだけな気はするので、俺も同じくジルを手にしっかりと握る。
斬られるのは怖いが、復活できるなら応戦はできる。必中の刃もいくらか気楽に受けられるというものだ。
「ビスク、改めて聞いとくけど、カーナを見逃そうって思わないか?」
「私の正義は「悪を討つこと」だ。貴様にそれを曲げろと言われて、引き下がるものかッ!!」
『言っても分からねぇとさ。じゃぁ、心置きなく殺ってやろうぜぇ、勇者様ァ!!』
「そこは今まで通りザックって呼んでくれッ……!」
全力で地面を踏みしめ、瞬きの間にビスクへと肉薄する。
話して分かる相手でないのは前から分かってはいたので、容赦なく魔剣を叩きこむ。
彼女の体を鎧ごと断ち切った。しかしビスクもやられるばかりではなく、消滅する前に『神断ちの一閃』で俺の首を刎ねる。
「! ザッ……うわぁどこから出てきたんだよ!?」
塵になっていく俺の首を眺める俺は、リィンのすぐ隣で復活していた。いきなり出てきたせいかかなりビックリされた。
「あっごめん、俺もよく分かってないんだけど、多分この辺がセーブポイン……」
『おい喋ってる場合じゃねぇぞ避けろ!!』
「がはっ!」
リィンと話す最中、背中に衝撃が走る。同時に俺の胸から飛び出してくる鋼の切っ先。
近くにセーブポイントを用意していたらしいビスクが奇襲をしかけてきたようだ。俺は死に、またリィンの傍で復活してビスクを斬り伏せる。
「くそっ、ここじゃリィンを巻き込むか、悪いけどちょっと離れててくれリィン!」
「お、おう、死ぬなよザック!」
『死んでももう平気みてぇだがなぁ』
一緒に斬れただろうに『神断ちの一閃』で攻撃したのが俺だけだったりするから襲う気はないのかもしれないが、念のためリィンはこの場から遠ざける。
彼女が去って、それから間を置かずに剣の振り抜かれる音を聞いた。俺はジルを背後に回し、首筋を狙って放たれた刃を防ぐ。
ギリギリと音を立てながら、魔剣でビスクを突き飛ばすようにして距離を取って振り返る。
「……中々力強い事だ、そこまでしてあの魔女を守りたいか?」
「当たり前だろ、カーナはもう俺の仲間、いや……『銀の孤児院』の一員だ」
自身の強大な魔力を原因として孤独になった少女、カーナ。
俺の事を魔王だと勘違いしている節はあるが……まあ間違ってるわけではないんだけど……ともかく一緒に旅をして悪い人間でないのはなんとなく分かった。
シスターも彼女を孤児院へ置く事を許してくれたばかりで、これからなんだ。
今は『銀の孤児院』と名付けられたあの場所。あそこで暮らす大事な家族の1人として、俺はカーナをビスクから守ってみせる。
「俺はカーナを……仲間を守るッ!!」
ジルを向け、俺は吠える。たとえこれから永久にビスクと殺し、殺されを繰り返すとしても、それであの子を守れるなら構わないという気迫を込めて。
「仲間を守るか。……良い言葉だ」
小さく笑い、そう言ったかと思うと……ビスクは剣を鞘に納めた。
「……ん? あれっ……?」
また斬りかかってくると思ってたが、驚くほどあっさりとビスクは構えを解いて俺を見てくる。
「ど、どういうつもりだよ?」
「幾度か剣を交えて貴様の……ザックの想いは伝わってきた。今の言葉と同じく、人のために振るう剣の重さが直にな。中々、悪くなかったぞ」
頷きながらそう言ってくるビスクには、どうも本当に戦意がすでになくなっているようだった。
「……だからもう終わりにするって言うのか? 自分の正義を曲げる気ないとか言ってただろ?」
「言ったな。しかしそれはただ言葉でのみ訴えられたからだ。……民衆から勇者と叫ばれ、その剣と言葉とで「仲間を守る」というザックの正義を示されれば、私とて一考はするさ」
戦いの中で俺の気持ちを理解したとでも言いたいのだろうか。
言いたい事を言い終えたのか、ビスクは俺の横を通ってどこかへ行こうとする。
「お、おいどこに行く気だ!? まさかカーナを!?」
俺と戦うつもりはないようだが、もしかするとカーナを直接襲うつもりなのか!?
「いや、それもやらん。「仲間を守る」とザックが言ったのだからな。勇者がそう宣言したのであれば、私は信じるとしよう」
「……つまり、カーナを見逃すってことなのか?」
「問題を起こすまで、だがな。ザック、お前の宣言が嘘であれば、私はもう容赦はしない。それを胸に留めておけ」
仲間を守る。俺が言ったその言葉はビスクの中でかなり重く受け止められているようだ。
勇者としてした宣言。それは普段から自分を勇者と名乗る彼女にとってとても重い物なのかもしれない。
カーナは俺にとって優しい少女で、積極的に人の命を奪うような子だと思っていないからこそ「守る」と言った。
もしもそうではなく、カーナが誰かを無慈悲に殺すような事があれば、その時こそビスクは彼女を殺しに来るのだろう。
「今は、ザックの言葉を信じる。……いいか、勇者の言葉も行動も、とても重いものである。それを決して……忘れるなよ?」
最後にそう言って、ビスクは去っていく。
……フォラグレイン大陸でカーナと出会ってから今日まで。長く続いていたビスクとの因縁だが……これで一旦は落ち着いたと考えていいのかもしれないな。
「あの……俺の剣……」
「あ」
ビスクの姿が見えなくなった頃、そんな冒険者の呟きが聞こえてくるのだった。




