女神様の賞賛
「倒せたか。中々頑張ってるなあ、ザック」
毒の魔獣を打ち倒した直後。俺はどうやらそのまま眠ってしまったらしく、夢の中に現れた女神様が俺の事を褒めてくれている。
流石にここでは毒の影響も受けないのか、少し前まで無音でもガンガンに頭の中に音が響いて辛かったが、今は彼女の声を聞いてもなんともない。
「……毒、効くんじゃないですか。ちゃんとそういうの事前に教えてくださいよ」
それはともかく、俺は危うく毒で死ぬところだった。
いや、毒自体はかなり緩和されていたんだろう。直前に見た死体ほどに苦しむこともなく、せいぜいちょっと酷い時の風邪くらいのダメージだったんだし。
だとしても完全無効化じゃないんだったら少しくらい教えておいて欲しかった。そんな不満を漏らすと、女神様は「えー」と声を出した。
「別にいいだろーよ、大して効かなかっただろ?」
「そうですけど、普通にめちゃくちゃ体重かったんですよ! 毒はともかく、もしあいつの打撃が当たってたらそっちが致命傷になってたかもしれないでしょ!」
「ははは、気にしすぎだっての。あれくらいならビクともしねえって」
「いやシルバー級って言っても俺、人間ですよ? あんなの食らったら流石に死にますって」
「弱気だなあ、元魔王なんだからもっと堂々としてろよな。毒だって、ホントはまったく効果ないと思ってたんだけど」
そんな調子で、女神様は俺の訴えを軽く流してくる。
それだけシルバー級のランクは圧倒的に強い事の証明なのかもしれないけど、俺にはちょっと荷が重く感じる。
だって、俺はただの人間なんだよ? 前世だって……。
……ん? 魔王?
「あの、女神様。元魔王ってなんの話です?」
知っているのが当然のように言われたものだから聞き逃すところだったが、無視できないような話が飛び出してきて思わず聞き返す。
元魔王? 誰の話だ?
「は? そんなのお前の話に決まってるだろ? 覚えてないのか?」
そう来るだろうなという予感はしていたものの、俺はその言葉を聞いて口を開ける。
俺は、あの孤児院で育った6人の中で唯一前世の記憶の復活が完全ではないのだ。覚えているのは日本生まれ日本育ちで、かなり日陰で生きてたような学生だったこと。
それ以外はほとんどおぼろげで、ろくに思い出せない。他のみんなは思い出せる元の名前すら出てこないのだ。
「え、俺……魔王だったの?」
日本人の10代の若者だと思っていたのに、実はそれは勘違いで、俺の前世は魔王だった……?
もしかしてギルバーたちに感化されて俺も日本で育った気がしただけで、実は全く別世界の住人だったのか?
えー、でも俺日本の47都道府県、半分くらいは覚えてるんだけどなあ……。
そんな混乱しまくる俺を見て、女神様は考えるのを止めさせに来る。
「思い出せねえなら無理に思い出す必要もないだろ。単にお前は魔王を名乗ってた時期があった、そういう結果があるのだけ知っておけ」
「は、はい……。そういう事なのか」
魔王を名乗ってた、というのはつまりそういう力で魔族を率いて戦ったとかではなくて、俺がそう思ってただけって事か? 中学生くらいの頃に。
うわ恥ずかし……。そういうことなら日本の記憶があるのも納得だし、女神様の言い方もすんなり受け入れられた。
「過程はともかくとして、そのおかげで今のお前はかなり異質な力を持ってるってことだ。しかも不完全な記憶があるだけでその強さなら、全部思い出した時にはもっと強い力を得られてるかもな」
「そ、そんな闇の彼方へ消し去りたいような記憶を思い出せと……? まるで気が進まないんですけど」
「ちなみにお前、勇者を名乗ってた時期もあったぜ」
「一人二役!?!?」
凄まじく深い闇の気配を俺の前世に感じ、それ以上過去を思い出そうとするのはやめることにした。ちゃんと前世を思い出せなかったの、俺の防衛本能なんじゃなかろうか。
「まあお前の過去はいいとして、あの魔獣、結局殺しちまったんだな」
「? そんなの、放っといたらみんな死ぬって言われたんだから当たり前じゃないですか」
これ以上は考えたくなかったので向こうから話題を変えてくれたのは助かったが、その内容に俺は首を傾げる。
まるで、あの猛毒を撒き散らす魔獣を殺す以外の道があったかのような物言いだ。リィンの仲間だって全滅していたし、彼女自身も危なかったはず。なんなら、もっと早くにあの魔獣の到来を教えて欲しかった。
「でも、かなり可愛かっただろ」
「あれが!?」
「うちまで連れて来てくれりゃあ飼っても良かったんだけどな」
「知らないよ女神様の家なんて!!」
もしかしてあれに何か重要な役割が、とか考えていたのが馬鹿らしくなる発言だった。
ああいうゲテモノが好きなのか、女神様のよく分からない美的センスに魔獣が引っかかっていただけらしい。
「そもそも家を知ってたとして、あんなもの引き連れて歩いてたら何人死ぬか分かったもんじゃないないですよ!」
「まあ、俺は別にシスター以外はどうでもいいしな。そこは気にしねえよ」
「……。ッ!?」
そう返され、俺は絶句する。
神様が人間の尺度とは違う物の考え方であるというのはよくある話だが、その一言で唐突に思い知らされた気分だ。
今朝になってあの魔獣を討伐しろと言ったのも、魔獣が接近して単にシスターへ危害が及ぶ可能性が高まったからに過ぎず、そもそも被害をゼロで留めようなどとは考えていなかったのかもしれない。
もしかすると本当にこの女神様にとってシスター以外の人間なんてどうでもよくて、他の誰がどれだけ死んでも何とも思わなかったりするのかもしれない。
「な、なんでそんな」
「へっ、なにせ人間が言うには俺は死と破壊と……ゴホン。死と破壊の女神らしいからな。人がどうなろうが知った事じゃない」
その呼び名が気に入っているのか、女神様は自信たっぷりに自らが司るものを教えてくれた。
……なんか思ってたよりヤバい神に目を付けられたのかもしれない。死と破壊て、邪神か?
っていうか、そんなヤバい女神様にここまで守護されてるシスターって、何者なんだ……?
もしかして俺も、シスターに降りかかる苦難だかが完全になくなったら消されたりするんだろうか、怖くなってきた。
「そんなビビった顔するなよ。お前の事もまあまあ気に入ってるし、大事にしてやるぜ?」
「死と破壊の女神に大事にされるのって、一般的な『大事にする』と意味が違ったりしません?」
「なんだよ急にそんなオドオドしやがって。……うわ、そろそろ時間か。お前のお仲間が来たみたいだ」
女神様はそう言って話を切り上げた。せめて否定だけしてほしかったんだけど。
ともかく現実ではもう毒も晴れたのだろうか。俺のお仲間というとギルバーたちか、それともリィンのどちらかだろうか。
「またシスターになんかあった時はこうやって連絡するから、その時に会おうぜ」
「あの、本当に俺殺されたりしないですよね!?」
「心配しすぎだろ。……愛してるぜ、ザック!! ……これでどうだ?」
「それでどこを信頼しろって言うんだ……」
逆に俺をより不安にさせようとしているんじゃないかと思うような雑な信頼を示されながら、眠っていた俺の意識は少しずつ覚醒へと近付くのを感じた。