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白き魔女、カーナ

「洗ってきたよ」


 しばらくして、ヴェナとカーナが戻ってきた。

 あんまり背丈は変わらない2人だが、ヴェナはしっかりとその両腕でカーナを抱きかかえて俺たちの前に見せてくる。

 ヴェナはそうとう気合を入れたのか、髪も肌もツヤツヤになっていて、孤児院に来る前とは別人のようだった。

 俺が彼女を背負っていた時に感じた血生臭さや腐臭が嘘のようだ。


「あ……良い匂いする」

「こらザック、そんなに女の子へ気安く顔を近付けてはいけませんよ」

「いえ……そう言っていただけて、嬉しい、です……」

「服も洗ったよ」


 言いながらヴェナは彼女の纏う服にも注目させてくる。

 服は、本当に同じものだったなんて信じられないくらいに真っ白に。

 帽子もあんな赤黒いのが何かの冗談のような白さへと変身していた。


「凄いな……あの杖とお揃いの色だったのか」

「ええ……。この服も、帽子も……。杖と共に両親より頂いた物でした……。また、こうして美しい姿を見られるとは……」

『おぉ、嬉しそうな顔してるじゃねぇか』


 ジルが言うように、カーナはぴかぴかになった服や帽子を喜ばしそうに撫でている。

 ……殺されそうになったとはいえ、やっぱり親から貰ったものは大切に思ってたんだろうな。


「洗ってくれたヴェナにも感謝しておこうな」

「ヴェナ頑張ったよ。お湯、すごい色になったもん」

『え?』

「……ヴェナ、もしかして浴槽の中で洗いました?」

「うん」

「えっ、私まだ体を洗っただけだったんだけれど」

「掃除……大変そうだな」

「お、俺がやっておくから」


 あのドロドロの血の塊のようだったカーナは綺麗な姿になれたが、代償として風呂場の水は死んだようだ。ゼンもがっくりしている。

 まあ、悪気があるわけじゃないし、ヴェナも頑張ったみたいだから、そこは後で俺がなんとかしよう。





「さて、カーナも戻ってきた所でビスクの事をどうするか、考えておかないとな」


 俺とカーナを孤児院で待ち構えると宣言していたビスク。

 ここに来るまでの間に遭遇はしなかったので、カトレアさんはしっかりと用心棒の役目を果たしてくれていたらしいが、彼女が去った以上はいつアレが襲撃してくるか分からない。

 その実力はまだ俺も見てはいないが、あの自信に満ちた態度を目の当たりしていればかなりの強者であるのは察しが付く。たしかオリジナルランク持ちだったもんな。


「……ところで、ビスクってどのくらいの頻度でここに来てたの? っていうか来てたよね?」

「ん、おお、ほぼ毎日って感じだな」

『カトレアさんが追い払ってた……ううん焼き払ってたけど、次の日にはまた来るから怖かった……』

「声おっきいからヴェナは嫌い」


 反応は似たようなものだった。慣れたのか、それともカトレアさんが説明してくれてあったからか飽き飽きするような態度だが恐怖とかはないみたいだ。


「そうなると今日も来るかもしれない、って事か」

「そうですね、いつもお昼過ぎくらいに来ていたかと」

「ああ、いつもこのくらいの時間帯に……」

「やあやあ!! 今日もこの不滅の勇者がやって来たぞッ!!」


 出没時刻を聞いていると、まさにそのタイミングでガチャリとドアを開けてビスクが出てきやがった。


『最悪のタイミングだなぁ……』

「クソ、カトレアさんが帰ったばっかりだってのに!!」

「フッ、魔王と共に『血の雨』の魔女がここに入ったのは確認済みだからな。あの女が出て行くのを私は待っていたんだよ!」


 俺を発見してカトレアさんがいなくなる瞬間を狙っていたわけか。あの人には叶わないと知って作戦を考えていたようだ。

 マズいな、何もこの勇者に対抗するための作戦を考えられていない。それどころかカーナがここにいるのを見られてしまっては、もはや冒険者たちがここに殺到する未来も時間の問題になってしまう。


「さあ、まずは『血の雨』の魔女からだ。この私が一刀の下に斬り捨てて……?」


 リィン、ヴェナ、シックスが既に戦闘態勢に入る中、ビスクは3人の間から俺とカーナを見た。

 そして、不思議そうに首を傾げる。


「……『血の雨』の魔女は、どこだ?」

「は?」


 俺のすぐそばにいるはずのカーナを見て、見ているはずなのに、ビスクは眉をひそめている。


「……冗談か何かのつもりか? カーナは、ここに」

『おいおい待てってザックよぉ! もうちょい様子を見とこうぜ!?』

「あの血塗れの少女は……他所へ逃げました」

「えッ!?」


 ゼンが前に歩み出て、堂々とそんな嘘をつく。

 いやいやいくらなんでもバレるだろ、と思って声が出てしまったが、「いいから合わせろ!」と小声で小突かれて俺もゼンの嘘に乗る事にした。


「なに? ……そうだったのか!?」

「そ、そっすね……。「もう大丈夫」って言って……どっかテレポートしました」

「なんだと!? あの魔女め、そんな秘術を隠し持っていたのか! 道理で見当たらんわけだ!!」


 カーナには【炸裂】の魔術しか使えないという話すら忘れたのか、ビスクは全面的に俺の大嘘を信用して顔面を驚愕で埋め尽くしていた。

 こうしてはいられないとばかりにビスクは踵を返す。


「くっ、奴を探し出して次なる被害が出る前に止めなくては!!」

「は? え……おい!? 俺の事はいいのかよ!?」

「知らん! 大した被害を出してない魔王より行方知れずの魔女の討伐が優先だ!!」


 俺のすぐ近くで真っ白くなった帽子を目深に被るカーナには本気で気付いていないのか、大真面目にそんな事を叫ぶ。


「っ! おっと、そこの白いの!」

「っ……!」


 かと思ったが、慌てて出て行く直前にカーナに声をかける。その呼びかけに、彼女は震えた。

 流石にバレるか、と俺もジルを抜いて立ち向かわなくてはと柄に手をかける寸前。


「見た所湯浴み直後のようだな、体が冷える前にしっかりと髪を乾かすのだぞ!」

「え……? え、その……はい……」


 その返事を聞くと、ビスクは満足したように笑い、本当に孤児院から出て行ってしまった。

 ……声まで耳にしてるのにスルーするのか。

 勇者の去った室内には、緊張の解けた安堵と呆れるような笑いが響いた。


「あの真っ赤な姿は印象的だろうけどよ、あんな分からないモンかね……?」

「いい匂いするからね」

『匂いはよく分かんないけど……。うん、印象はけっこう変わってる、のかな』

『にしてもよぉザック、なんとなく思っちゃぁいたんだが、あのビスクとかいう勇者……』

「かなりバカだよね」

「はっきり言うなザック……。ほんのひと時ではあったがパーティを組んでいた身としては、もう少し手心ある表現にしてやってほしいが」


 『血の雨』という二つ名と容姿に固定観念があったのか、ビスクは外へとカーナを探しに行ってしまった。

 ちょっと体を綺麗にしてあげただけなのに、それだけで勇者に対する目くらましが完成してしまうとは……。


「他の冒険者もあのレベルとは思えないけど……それでも一目見ただけなら気付かれない、くらいは期待していいのかな」


 不死身の勇者は、死なないがゆえに思考を放棄してのゾンビ突撃が主戦法なのかもしれないが、あそこまでじゃないにしてもカモフラージュとしては優秀な可能性がありそうだ。

 一般冒険者たちもカーナの異名から想像する姿とまるで違う白衣の彼女を目にしても、意外と気付かれないんじゃなかろうか。白帽子も顔が陰になって隠れるくらいに鍔広だし。


「……シスター、これなら文句なかったりしませんか?」

「……うふふっ。そうですね、あの勇者さんがここまで騙せるなら、カーナを孤児院に置いても問題ないかもしれません」

「アーレット様……。それは、つまり……」


 カーナを孤児院に住まわせるにあたっての障害が晴れたのをシスターも理解してくれたようで、心置きなく笑顔になる。


「ええ、カーナ、あなたも、この『銀の孤児院』で暮らしませんか?」

「……! はい……!」


 1度は諦め、絶望の表情で俺たちの前から去ろうとしたカーナだったが、今、彼女の瞳には明確な希望が溢れていた。

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