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8.答え合わせ

「この大陸には、男の双子が生まれたら、その片割れを殺す風習の残る場所がある。プリュイレーン王国もそうだ。

 だから、俺は本来殺されるはずだった」


 私はふと、ジュビアには双子の兄が居たことを思い出す。

 それがジュードなのだとばかり思い込んでいた。


「けれども、俺の両親はそれを良しとしなかった。だから、死んだことにしてこうして森の中に隠したんだ」


 ジュードは、こぢんまりとした、けれども一人で暮らすには広すぎる屋敷を指して言う。


「女装をしていたのと女の名を持っていたのは、万が一見つかった時のため。

 声や体型が変わる前なら、妹姫として誤魔化そうとしていたらしい」


 彼は懐かしむように言う。


「もっとも、何重にも魔法結界を張り巡らせたこの屋敷を見つけた者すらいなかったけれどね」


「……この屋敷に人がいないのは、前から?」


 ジュードは頷いた。


「秘密を守れて、身元が確かで、こんな森暮らしを嫌がらない。そんな使用人はなかなか見つからない」

「食事は……?」

「エントランスに水晶玉があるのを覚えているか? 王城からの食事が、あそこを通って送られてくるんだ。

 両親と兄がそれぞれ、少しずつ手をつけないものを用意してくれてね」


 そのときだけ、彼は嬉しそうに言った。


「素敵なご家族なのですね」


 私が言うとジュードはほほ笑み、羨ましくなった。


「だが、今は自分で作っている。

 あの頃君が、薬草や食材を色々と教えてくれただろう? 少し外に出てみると、そうしたものがあちこちに実っているのが見つかったのだ。--君と出会ってはじめて、屋敷から出てみようと思えた」




 それから私たちは、森の散策を日課にした。

 花を摘み、木の実を拾い、木陰で休み、小動物を愛でた。


 ともに台所に立ち、時には食べさせ合い……穏やかながらも幸せな日々を送っていた。


「王族らしい華やかな結婚式はできない。……だが、冬になったらここに家族を招いて、ささやかな誓いを立てよう」


 ジュードがそう言ってくれて、少しずつ、王城で暮らすという彼の家族とも手紙のやりとりをするようになった。

 後になって考えると、後世の読み書きができぬ私のために、彼が考えてくれたことでもあったのかもしれない。




 そうしていつの間にか半年が経ち、季節は冬に差しかかろうとしていた。


 その朝目を覚ますと、聞いたことの無い声が家を揺らした。

 ジュードがぱっと跳ね起きる。


「ブリュットだ……!」


 彼は少年のように目を輝かせると、少し待っていてと言い残し、寝巻きの上に外套を着込んだだけの出で立ちで、屋敷を飛び出して言った。


 しばらくすると、窓の外から彼の声がした。

 驚いてカーテンを引くと、そこには、巨大な竜が浮くようにしてこちらを見ており、その背にはジュードが乗っていた。


「--彼が、俺のもう一人の家族。ブリュットだ。寒いところにしか住めないようでね。

 ふだんは冬大陸にねぐらがあり、この時期だけこの森に来る」


 ジュードはにこにこして言った。


 私は竜の血を引く存在だけれど、本物の成竜を目にするのは初めてだった。

 ブリュットは銀色の鱗にエメラルドのような瞳をした、とても美しい竜だった。


 ここに落ちてくる前にこっそり世話をしていた幼竜も似たような色彩をしていたので、もしや、竜とは皆、このような色を持っているのかもしれない。


 --ところが。




『……姫さま』


 その声は、頭の中に直接響いてきた。隣に居たジュードまでが「おまえ、喋れたのか?」と驚いていた。


『リュシィ姫、ご無事でよかった。あなたには二度も命を救われました』


 ジュードの問いには取り合わず、ブリュットは深々と頭を垂れた。

 私ははっと気がついて、そして、懐かしさで胸がいっぱいになった。


「--あなた、生きていたのね。あの戦の中で逃げ切れたのか心配に思っていたの」


『姫さまはおかしな事を言う。僕を逃がしてくれたのは、他でもないあなたではないか。

 あなたが指示を出したと聞いたぞ?』


 私が言うと、ブリュットはころころとおかしそうに笑った。


「まさか!私はあなたのところにたどり着く間もなく、誰にも会うことなく、謀反のさなかに、ここに落ちてきたのよ?

 見て。あの頃と寸分も変わっていないでしょう?」


 私がくるりと回ってみせると、ブリュットは眩しそうに目を細めた。


『ずいぶんお綺麗になられたと思うが……だが、確かに人の命は短いものだ。

 たとえ竜族の血を引くとはいえ、僕がこんなにも年老いているのに、あなたが少女のままであるはずはないな』


「もしかしたら、シガーラが誰かに頼んでくれたのかもしれない」


 私はぽつりと漏らした。

 戦乱の中に消えていった侍女の姿が思い出されて、目尻に涙が滲んだ。



 その夜から、ジュードは何かを考え込むようになった。


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