5.雪瓜のスープ
決して小さくはない屋敷には、ジュードと私の二人しか居ない。
使用人などもおらず、彼が衣食住のすべてを自ら賄っていた。
「掃除はかんたんだよ。俺には魔法があるからね。
ーーこうして水魔法を細かい霧状にして家中に行き渡らせて、丸ごと洗うんだ。それから風魔法に少しだけ火魔法を混ぜて、乾かしてやる。たったこれだけでいつでも綺麗なんだ。
俺は負担じゃない。だから、リュシィはしなくてもいいんだよ」
掃除を手伝おうと申し出た私に、ジュードは野菜を切りながらにこにこして説いた。
窓の外はすっかり暗くなっており、ベーコンの焼けるじゅうじゅうという音だけが響いていた。彼は切った野菜を水と一緒に鍋に入れ、煮込みはじめた。
その背中にしがみつきたい衝動に駆られた。
ここにいると、あの城での出来事のほうが夢だったのではないかと思ってしまう。
城のあちらこちらで上がっていた火の手。ガシャガシャという鎧の音。私のふりをして消えていったシガーラ。
すべて夢だったらいいのに。
はじめからここに生まれ落ちて、顔にも鱗なんか生えていなくて、ふつうに恋をしてーー。それならばどれほど幸せだっただろう。
出来上がったスープは、くせのない透きとおった野菜が柔らかく煮込まれ、ベーコンの塩気が後を引くものだった。
「この野菜が雪瓜だよ」
「ーー食材図鑑に載っていた?」
「そうそう。実はこの森に自生してるんだ。実物はこんなに大きいのだけれど」
そう言ってジュードは雪瓜の実を出してきた。
それは私の顔よりも長い、楕円形で、濃い緑色をした実だった。
「上からぶら下がっている場所があったんだ。
恐らく森の外で育てられているものを、鳥が運んできたのだろう」
ジュードの出してくれる食事はいつもすべておいしいのだけれど、私は結局、雪瓜のスープしか食べられなかった。
「ーー何を悩んでいるんだ?」
温かい薬草茶がほかほかと湯気を立てている。鼻がすうっとするような香りが漂っていた。
「私、……私だけが逃げ出してきてしまったこと」
「有事の際、王族は隠し通路を通って逃げる。そして体勢を立て直したり、遠くの地で血を繋いだりする。
どこの国でもしていることだろう? 気に病む必要はない」
「でも、私一人では国を立て直すことなんてできないわ。
侍女は私のふりをして走っていった。民たちが怪我をしているかもしれない。飼っていた竜の子どもは大丈夫だったかしら。それから父も、妹も……」
妹と口にすると、ジュードの眉がぴくりと動いた。
「マリポーサのことなど心配しなくてもいい」
その声は低く、凍りついていた。
「ーーどうして妹の名を知っているの」
私が訊くと、ジュードは眉を下げた。
そして薬草茶をごくごくと流し込むと「寝支度ができたら図書室に来るといい」と言った。
活動報告で作品のこぼれ話やレシピなどを不定期で載せています。
雪瓜のスープも時間が出来たら載せたいと思ってます。
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