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3.鏡の向こうの少女

「あなたはだあれ?」


 鏡の向こうの少女が訊いた。


 癖のある銀色の髪に青い瞳をした美しい少女だった。真っ白なネグリジェを着ており、胸元には瞳と揃いの色のリボンがついている。


「私は、ヌージュモルン王国の……」


 第一王女と言いかけてやめた。

 彼女はこの顔を見てもなにも変化がなかった。それが嬉しくて、記号のついていない、王女でも蛍姫でもない私として仲良くなりたかったからだ。


「リュシオラっていうの。リュシィって呼んでね。あなたは?」

「……ジュビア」


 ジュビアの居る部屋は、白い壁に青い絨毯が敷かれた広い部屋で、真ん中にはピアノがあった。


 そして、その後ろにはピアノよりもさらに大きな窓があり、大きな木が映っている。木は風に揺られてざわざわと揺れ、かすかに雨音がした。




 鏡を隔てていたし、年も離れていたけれど、ジュビアと私は友だちだった。


「おばあさまは、この鏡で運命のつがいが見つかるって話していたけれど……」


 不思議には思ったが、はじめて友だちができたのが嬉しくて、深くは考えないことにしていた。


 また、私たちは友だちではあったし、子どもでもあったが、互いのことをあまり詮索しないのも暗黙の約束事となっていた。




 ジュビアについてわかっているのは、二つだけ。

 双子のお兄さんがいること。ここではないどこかの森の奥で、ひっそりと暮らしていること。


 鏡を通り抜けたり、ものをやり取りしたりすることはできなかった。


 私たちはたいてい、とりとめもない話をしたり、は互いに興味のある書物を持ち寄って読み合いっこすることが多かった。



 初めのうち、ジュビアはずいぶん年下の少女だったので、できれば絵物語などの読み聞かせをしてやりたかったのだが、あいにく祖母の図書室にそういった書物はない。


 仕方がないので、食材や調理法、薬草などの書物を、謎かけ形式にして出してやると、ジュビアはたいそう喜んだ。



 彼女はまるで人形のように表情が欠落していたが、謎かけで間違えた時だけ目を輝かせる。


 ふつうは正解した時に喜ぶものだろうから、面白いのねと言うと、ジュビアは珍しく頬を染めて「知らないことに出会うのが楽しい」と答えた。


「この屋敷の本はもうほとんど読み尽くしてしまった。とうさまが新しいものを送ってくれるまではいつも暇だった。

 リュシィの話には見たことも聞いたこともないようなものが出てくることがある。どんな手触りなのだろうとか、どんなにおいなのだろうとか、想像するとわくわくする」




 紙とペンを持ってきて、絵を描いて過ごすことも多かった。


 たとえば、紙にたくさんの顔のパーツを描いておき、それぞれに、番号を振っておく。

 相手には絵を見せず、番号だけ告げてもらい、指定された組み合わせで顔を描きあげるような遊び。


 同じ遊びを、たとえば洋服のパーツで行なったり、建物の内装で行なったりもした。ジュビアのお気に入りは、武器作りだった。


 同じように紙の上で行なう。

 最初に選ぶ番号は武器の種類、次は属性--火だとか水だとか、それから直線なのか曲線なのか、装飾……そんなふうに組み合わせて、自分だけの武器を作る遊びだ。



 それから、交互に言葉を交換する遊びにも興じた。

 相手の言葉の最後の文字が最初にくる言葉をつなげていくというものだ。口頭でやってみたり、絵に描いて遊んだりもした。




 ジュビアと過ごしていると、私は寂しくなかった。

 彼女にもこの鱗は見えているはずだ。けれども、やはりそれには何も触れない。一瞬たりとも嫌そうな顔をしたことがない。


 そうして接してくれることが何よりも嬉しく、私たちは時間を重ねていった。




 けれども、それは永遠ではなかった。ーー鏡のこちらと向こうでは、流れる時間が違うらしい。


 はじめは幼い少女であったジュビアは少しずつ成長し、いつの間にか、私と同じくらいの年齢になっていた。






 目を覚ますと、ふかふかのベッドに寝かされていた。


「リュシィ……?」


 視界の端に、美しい人が見える。

 霞んだ目をこすりながら体を起こすと、大きくて温かな手が背中に添えられた。


「痛む場所はないか?」


 頭がひどく重いが、少しずつ視界がはっきりしてくる。

 大きな窓がある。ーーその中に、雨が降っている。




「夢……?」


 私が呟くと、そばに居るその人は私を抱きしめた。水のにおいがふわりと香った。


 祖母以外の人に触れられたことのなかった私が驚いて身を硬くしていると、その人は慌てて体を離し、私に謝った。


「ーージュビアの……」


 まだぼんやりとした頭でそう言うと、彼は困ったように笑った。


「ジュードだ」






 そうだーーと、記憶がはっきりしてくる。


 あれは十四歳になったときだった。いつものようにジュビアと遊ぼうと鏡の前にやってくると、その中には私と同じ年頃の、見知らぬ少年が立っていた。


 髪の長さや服装が違うだけなのではないかというほど、ジュビアにそっくりな面立ちをしていた。

 ジュビアの双子の兄だとすぐにわかった。


「ーー俺は、ジュード。あんたに話さなくちゃいけないことがある」


 彼は、緊張した面持ちで言った。

 まだ少し少年らしさの残る、けれども低い声だった。


「ジュビアは?」


 私は不安になって尋ねた。すると彼は、どう伝えようか迷っているらしく、目を泳がせた。しばらくして気まずそうに「死んだ」と答えた。


 私は、目の前が真っ白になり、その場から逃げ出した。

 そして、二度と図書室に足を踏み入れなかった。




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