11.魔王の正体
『「果たしてあの人は魔王だったのでしょうか」
それは生き残った民の手記に書かれていた言葉である。
彼は反乱軍の虐殺からなんとか逃げおおせた子どもだったと思われる。
善良な貴族の夫婦に拾われ養子となり、その後プリュイレーン王国の文官になったとの記録が残っている。
「その人は大きな銀色の美しい竜に乗って、突如として現れました。
銀色の髪に青い目をした、人間離れした美貌の若い男でした。
そしてマリポーサ女王陛下と王配のファングに投降するよう宣言したのです。
自身のことは、魔王だと名乗りました。
けれども、王城は静まり返ったまま。一方、僕をはじめとする平民たちは、ーーもともと殺される予定でしたが、牢から出され、門から締め出されました。
男が合図すると、竜は口から吹雪を吐きました。
美しい真っ白な王城は、あっという間に氷漬けになったのです。
恐ろしくて隠れていたのに、どうしてだか見つかってしまいました。
ところが彼は、僕に指を向けるとなにかを唱えました。ーーそして気がつくと、地上にいたのです」』
エメリー王子が、あの日読んだ書物を図書室から持ってくると、読み上げてくれた。
「まさか、魔王の正体が我が弟だったとは……」
彼は苦笑する。
「ーーけれども、竜はどうやって?」
「ブリュットを連れて行ったのでしょう。そういえば式のあとから姿が見えません。
この屋敷には確か、異次元にすべてを格納できる宝物があったはずだ。それも一緒になくなっている」
王子が手ずから茶を淹れてくれた。
けれども私は、胸の奥がぐっと苦しくて、呼吸も浅くて、何も口にしたいと思えていなかった。
「ーーみなさんが落ち着いているのが、意外です」
私が言うと、王族たちは顔を見合わせて、それからくしゃりと笑った。
「……だって、あの子ですもの」
「ーーそうだな。ジュードにかなうやつなど、そうそうおるまい」
「古竜もついていますしね」
「それでも……」
私が食い下がると、彼らはふたたび話しあいはじめた。
「もしかして、話していないのだろうか」
「隠しているのじゃないかしら。嫌われてしまうと思って……」
「それならば、僕たちが話していいものなのか……」
しばらくして家族会議が終わると、彼らは意を決したように言った。
「あの子が魔王だというのは本当なのだよ」
陛下の目に嘘はなかった。
「君の時代にはまだ生きていたのではないかな。かつて、この大陸には魔族と呼ばれる者たちが居たのだ。
プリュイレーン王国は、魔族たちの末裔が興した国。神に見放されているから、一年中雨が降っているのだと言われている」
エメリー王子がそう続けた。
「そういう意味では、エメリーも旦那様も魔王の血筋です。
でも、もっともその力を色濃く受け継いだのがあの子なのよ。その魔力は神に匹敵するほど。
だからこそ、あの子は双子の掟がなかったとしても、この森の奥深くに隠さなければいけなかったのよ。目ざとい神官たちに見つからないように」
「忌み子であるあの子なら使い潰してもいいと、奴らはそう考えるだろうからな」
陛下が忌々しげに言う。
「ちなみに、僕には魔力はほとんどないんだ。双子なのだから、半分持ってやりたかったのだけれどね」
「ーーつまり」
「あの子が無事なのかどうかは、まったく心配する必要がないわ。大丈夫、すぐに帰ってきます」
妃殿下はそう言うとほほ笑んだ。




