2) 木ノ瀬 綾乃
朝食を済ませた後、佳代子は慌ただしく準備を始める
髪をとかしたり制服を着たり歯を磨いたり化粧をしたり…
僕はそれを横目に見ながら鞄に教科書や筆記用具を入れていく
(佳代子も僕も同じクラスだから、二人分用意する)
そろそろ出る時間だけど、今日は時間通りに出れそうにない
今日は朝食を食べ始める時間も食べるペースも遅かったし
何より……台所に並ぶ三つの小瓶
(さっきバナナジャムを入れていたヤツだ)
佳代子は多分、あれらをラッピングするんだろうし
(そういうのは手を抜けない性質なんだ)
しかも一つは宅配便で出さなきゃいけないから
学校へ行く前に営業支店に寄らなければいけない
今日は遅刻決定だな、と思いながらのんびりとソファでくつろぐ
また横目で佳代子を見る
準備をし終え、こちらへやって来る
手にはリボンと可愛い紙袋を持っている
「急いでやるから、ちょっと待ってて」
「うん」
佳代子は「先に学校に行ってて」とは言わない
僕も「先に学校に行ってる」とは言わない
遅れるなら一緒に遅れても良いと思うし
一人置いたまま先に行こうとも思わない
それが当たり前だしお互いがそう思ってる
佳代子は一つ一つ丁寧にラッピングしていく
表情はとても嬉しそうで僕も嬉しくなる
二つ目が出来あがった所で、もう一つはそのまま紙袋へ入れる
リボンの包装も無し、紙袋への入れ方も乱暴だ
表情も冷たく、強張っている
僕はソファから立ち上がり佳代子の手を握る
「佳代子…佳代、そろそろ行こう」
「うん」
僕等は額をくっつけあい、目を閉じる
心がざわついてる、僕も、佳代子も
胸が締め付けられる様な…息が苦しくなる様な…
佳代子は少し手が震えてる
僕はそれに気付き繋ぐ手に少し力を入れる
顔を近付けてキスをした
鍵を閉めて家を出る
まだ手を繋いだままだ
六月後半…もう夏へと向かっても良い筈なのに
まだまだ雨の日々が続いてる
(今日は雨が降って無いけど分厚い雲で覆われている)
僕と佳代子はのろのろした速度で歩き出す
歩いてすぐの場所に学校があっても
中々走る気になれないのは、僕等の性格だろう
(緩やかな坂の上に学校が見えている)
通勤や通学時間はもう過ぎていて道路はあまり人が居ない
道路の木々を見上げると、葉の緑が鮮やかで目を細める
佳代子も追って木々を見上げる
入学した時も桜の木々をこうやって二人して見上げた
もう、ずっとずっと前の話みたいに思えるのは何故だろう
学校の傍にある宅配便の営業所に入る
佳代子は店の外で待っている
僕はバナナジャムが入った紙袋を宅配に出す
宛先は【廣瀬 和也】と【木ノ瀬 綾乃】と書く
此処に【廣瀬 綾乃】と書く勇気は、まだ、無い
店から出ると佳代子が心配そうに見上げてくる
僕は佳代子の手を握る
「昌、指が冷たくなってる」
暖める様に両手で僕の手を包む
六月でジメジメとして汗ばむ季節なのに
僕の手は冷たくなっていた
「大丈夫、大丈夫だから…」
自分自身に言い聞かせる様に呟く
佳代子も頷き、僕の手を包む手に力を入れる
僕も佳代子に暖めて貰った手を見つめる
血の気が戻ってる
僕は佳代子の手を握って学校へ歩き出す
佳代子は不安そうな顔をしたけど、気付かないフリをした




