1) バナナジャム
甘い匂いがする
僕は布団の中で大きく伸びをする
シーツを手で滑らせていく
僕の隣はまだ、少し暖かかった
頭を掻きながら台所へと向かう
甘い匂いが一層強くなる
お菓子の、匂い
この家では日常的な匂いだ
彼女は台所に立っていた
鍋をゆっくりゆっくり、大事そうに掻き混ぜている
起きたままの姿で(彼女の場合は下着姿で)台所に立つ姿は
何だか普通じゃないよな、とぼんやり考えていると
彼女が僕に気が付き笑い掛ける
「おはよう、昌」
「おはよう、佳代子」
再び彼女は鍋へと視線を戻す
彼女は今、至福の時間の真っ最中
それを邪魔するつもりも無かったので
僕は僕の用意をする
毎朝、僕は紅茶とヨーグルトを用意する
市販のプレーンヨーグルトを器に移す
茶葉が入っている容器を開けると
紅茶の良い匂いが鼻を抜ける
お揃いのカップを二つ、たっぷりの砂糖とミルク
用意してる際にカップが少し欠けているのに気付いた
「カップ、少し欠けてる」
「今日、帰り際に買って帰ろ」
「うん」
彼女は話してる時も僕を見ない
(お気に入りのカップだったから少し落ち込んでいる様だけど)
それでもまだ彼女は至福な時間
鍋の中身を可愛らしい小さな瓶に注いでいる
僕等のと、大家さんの中谷さんのと、西脇先生のと、親の分
彼女が四つのビンを用意する時は必ずジャムと決まっている
今日は…多分、バナナジャム
注ぎ終えると彼女は、ようやく僕の方を向いた
「お待たせ、朝ご飯、食べよ」
「うん」
「今日は黒糖トーストとバナナジャムでーす」
「ヨーグルトにジャム入れても美味しそう」
「あ、それ良いね」
出来たばかりのバナナジャムを鍋からすくい
(瓶に入り切らなかった分だ)
トーストへたっぷりと塗りかぶり付く
ジャムはまだ熱くて、バナナはトロトロで、甘くって
僕は幸せの溜息をこぼす
「美味しい」
「ほんと?」
「ほんと」
「中谷さんと先生、喜ぶかな」
「うん、きっと喜ぶね」
彼女は嬉しそうに頷く
喜ぶ彼女を見て僕も嬉しくなる
僕にとっての至福のひとときだった
僕の名前は廣瀬 昌
彼女の名前は廣瀬 佳代子
僕等は双子だ、今は二人で暮らしている
男の子と女の子の一卵性双生児は珍しいって言われているけど
変わっている所はそれだけで、
僕は絵を描くのが好きな普通の男の子で
彼女はお菓子作りが好きな普通の女の子だ
朝五時に起きてパンやジャムを作り出すのも
【普通】の許容範囲だろうか?
それが普通じゃないなら、前言撤回しなければならないし
それを普通と考えている僕もきっと普通じゃないんだろう
まぁ、でも、本当に、ただ、それだけ




