1.また会えましたね、先生。
これでようやく……二人は感動の再会を果たしたのだろう。白く簡素な部屋、これまた白い髪、青白いしわだらけの肌。白い服。白い布団。
白い花……ありとあらゆる白に囲まれて、想い人は永い眠りについた。
妻に先立たれ、最期まで操を立てた高思蝶を見送ったのは、最期まで彼を慕っていた李雨だった。
最後の最後まで、彼女の想いがすくい上げられることはなかった。
期待していなかった、と言えば嘘になる。
でも、これでいいのだ。本当に? 燻った恋心が彼女の脳裏と心臓を何度も巡る。
彼女はただ。嫉妬でこれ以上、醜くみじめになりたくないと、想い人の冥福を祈った。
目を閉じて、手を合わせる――。
閉じた瞼の向こうが、黄金色に焼かれ、たまらず目を開ける――。
彼女にとっては、残酷で甘美な夢がまた始まった――。
時が巻き戻ったのだ。目の前にいるのは若きスーディエ。ユイの手の甲にあったしわが消えている。
これから始まる儚く短すぎる恋に、ユイは涙を流した。
何ごともなく、若返ったユイと蘇ったスーディエの日常が戻ってきた。
彼の家に通い、博識で文武両道のスーディエに教えを請う日々だ。
近所の面々も懐かしく感じる。
変わったことといえば、ユイのスーディエに対する想いだ。一度、彼の死を看取ったときに、恋心を断ち切ったつもりだった。
だが、かすかに想いが残っている。でも、それだけなのだ。あの頃とは違って、熱はもう冷めている。
彼は最期まで私を選ばない。
きっとこれは、彼を諦めろという天の思し召しに違いない。
私は幸せ者だ。恋が叶わないと知れた上で、また、彼のそばにいられるのだから。もう期待しなくていい。
神様。人生をやり直す機会をくれてありがとう。
私はもう二度と間違えません。彼から、彼女への愛を奪おうとは二度と考えません。
これから、私はこの罪を背負って、一生一人で生きていきます。
だから――。許してください。
私の次の恋が、叶いますように。
もう一つ、変わったことといえば、先生――スーディエの行動だ。
以前とは違って、先生は好んで外出している。極めつけには、私を伴によく家の外へ出かけるようになった。
前世の私であれば、デートだと浮かれていたことだろう。今の私の心は凪いでいる。もう、先生の優しさに勘違いすることはない。
今も前も、この先も、彼は奥さま一筋だから。私に振り向く機会はない。
じくりと痛む心に蓋をした。涙はもう枯れた。
「ユイ、楽しめているか?」
「……はい、先生」
照り輝く朝露。味わい深い色合いの紫陽花が続く、苔むした通り道を散策していた。
先生の慈愛に満ちた表情に、私は薄っぺらい笑みを貼りつける。
どうしてそのように笑いかけるのですか。先生。その瞳の熱に私はまた、騙されてしまうのか。違う。私が浅ましいだけである。
その優しい声は私にではなく、奥さまに……かけられたら、どんなにいいか。
結局、あの世で二人は出会えたのだろうか。会えればいいと思う。今世も先生を看取りたいと思うのは、未練がましいだろうか。
私と彼は飽くまで師弟関係。ならば、弟子が看取るのは道理ではないか。ああ。私の心は惑うばかり。先生。
いつになったら、先生のように悟りが開けるのですか。今世も、煩悩まみれでしょうか……。
先生がふと、振り返る。私の勘違いでなければ、先生はユイという一人の人間を、視界に入れるようになった。ぼやけた色鮮やかな万華鏡がピッタリとピントが合うように。
「聞きたいことがあるんだが……いいか?」
「はい、先生。どうかしましたか?」
「その……好きな男はいるだろうか?」
前世でも、何度か聞かれたことはある。その度に本人を前に「いない」と答え続けていた。
「好きな人はいました……けど、諦めました」
「そ、そ、そうか……なにがあったのだ? 私でよければ話を聞くが……」
そんなことでうろたえるとは珍しいが、その不器用な優しさは先生らしい。なにか変わったかと思ったが、気のせいだったようだ。
先生は先生のままである。
「大丈夫です!」
「ユイ……」
私は今世でこそ、彼への想いを振り切ってみせる。
心配しないでください。先生。