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0.未亡人(男)がやり直せるなら、甘やかしたい。

 彼女は私を置いていった。

 私よりも一足早くあの世へ。若く、清らかなまま。彼女が大人になるのを待っていたのに。私はまた、待たされるらしい。


 これからは、何年も何十年も――。


 私は若い。私に妻がいたことを知る者は少ない。今は亡き彼女いわく、私が思うよりも、私は良き男らしい。


 私に気があるそぶりを見せる、うら若き乙女たちが遠巻きにこちらを見つめてくる。害はないが、彼女以外の女性に興味はない。

 誘いがあっても仕事以外、プライベートな誘いはすべて断っている。


 嫌味を言われたとしても、私は彼女を裏切るわけにはいかない。忘れるわけにはいかない。彼女以外の女性と楽しめるわけがない。


 そんなつまらぬ男やもめの前に、一人の少女がぐいぐいと現れた。名は李雨(リー・ユイ)という。


 自分は彼女以外の存在に興味を持てたのかと。


 高思蝶(ガオ・スーディエ)は、己も知らない自分に驚き、目を瞬かせた。




 それからは、ユイの気配を敏感に感じとるようになり、目を奪われた。


 ただし、スーディエにとって、ユイは娘のようなもの。懸想する相手ではない。ユイもそのはずだ。


 我々は師弟関係。ユイは私を師として慕っているだけなのだ。私がユイに教えていることは、多岐に渡るため、省略する。


 私がユイに興味を持った理由はなんだったか。


 心当たりが多く、思い出せるものでもなかった。


 一先ず、私たちは特別な関係になることはなく、互いに伴侶ができることもなく。教え合う友として、一生を過ごした。


 私を看取ったのは彼女――ユイだった。

 あんなにも優しい娘なのに、夫がいなくていいのか。それが私の最期の心残りだった――。


 もうすぐ、彼女に会える……ただ、それだけを楽しみにして――。


 年老いた体は、あの世では若返っていた。淡い光を放つ花畑に私と彼女だけが立っていた。


「■■――」


 私は長年、待ち焦がれていた妻の名を呼んだ。それでも、彼女は振り返らない。彼女の長く美しい髪が、生暖かい風になびいた。


 私の声が聞こえていないのか。私は焦る。

 やっと振り返ってくれた彼女の表情に宿るのは怒り。私は、彼女に怨まれるようなことをしただろうか。


「あなた、私は見ていましたよ。私が死んだ後のあなたを」

「……ああ」


 彼女の声を数十年ぶりに聞けたのが嬉しくて、私の口元は自然に弧を描く。


「情けないです」

「な、さけ……ない?」


 いつだって、彼女に会うことを夢に見ていたスーディエをなじる言葉に、驚きを隠せなかった。


「ええ。私はともかく、もう一人の女性を幸せにすることもできないなんて」

「もう一人……李雨のことか。彼女はそういう女性では――」

「お黙り」


 彼女のプレッシャーに、スーディエは口を閉ざした。ユイは、意気消沈する男やもめの妻の座を狙う強かな女性ではない……と言いたかったのだが。


「ユイはあなたのことを愛しておりました。生涯を捧げるほどに。今度は、あなたの番ですよ。愛は繋ぐもの。私からの愛を、あなたに。あなたの愛を彼女に。どうか渡してください。私は――」

「言わないでくれ!! ■■!」

「気にしませんから。さあ、やり直しましょう」


 彼女は天上から降り注ぐ光に包まれ、優しげに微笑む。まるで聖母のように。


「やり直す……だと? 今更、一体、どうやって? もう……手遅れだ」

「安心なさって。深く考えずに。私たちは、蝶の化身なのですよ」

「なに……!?」


 彼女が手を差し出すと、黄金(こがね)色の光を帯びてぽろぽろと溶けていく。それらは、黄金色の蝶になって羽ばたいていった。


「廻めぐりましょう。もう一度。あなたたちは、やり直せる。きっと」

「君は……! それでいいのか……?」


 こくりと彼女はうなずく。どこか、そんな気はしていた。彼女が決めたことならばと、私は光の奔流に身を任せた。


 私は……彼女にある意味、振られたのだろう。


「大丈夫。また、会えますよ」

「……ああ! 必ず! 次こそは、ユイを連れてこよう」


 そう叫んだことは覚えている。彼女はきっと、きっと……笑っていた。

 目覚めると、私は妻を亡くした若い自分に戻っていた。私は長い夢を……見ていたようだ。

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