96話 負傷
「ぁが……ッ」
そんな声が静かになった校庭に響き渡った。
それまで俯いていた那月は反射的に顔を上げた。
初めに視界に入ったのは、日奏が白目を向いて仰向けで倒れている姿だった。
朝日、颯、めめと仲間たちがそれぞれに苦悶の表情を浮かべながら倒れている姿を視認して、那月は頭を振った。
続けて視界に入ったのは、槍に足を打たれた紅蓮だ。
彼は気を失っていないらしく、地べたを這いずりながら、前方を睨み、手を精一杯伸ばしている。
那月はそちらに目をやって、それを大きく見開いた。
倒れる氷華のすぐ横で、百花の首を絞めて吊るしあげるクヴェル。
百花はそれを何とかして脱しようと、爪でクヴェルの腕を掻きむしり、足でその腹部を蹴っている。
だが、どれも鳩の豆鉄砲。クヴェルは飄々とした表情で、ただ百花の首を絞め続ける。
ーーや、めろ……………………
掠れた声で呟いた。
きっと、誰にも聞こえていない。
那月にさえそれは聞こえなかったのだ。
ーーやめてくれ……………………
懇願。
ーーやめてくれ…………
嘆願。
ーーやめてくれよ……
悲願。
「…………やめてくれ」
初めて声となって世界に放たれたそれは、とても心細く、子犬のような鳴き声。
しかし、クヴェルには聞こえた。
聞こえてしまった。
『はっ……!ははは……!アハハハハ!!!!……お前イマ、悪魔に願い事をシタノカ?したよな!!……やめろ、やめてくださいって?……ヤメネェヨ。やめるわけねェダロ。むしろイマので、モットやる気が出ちまった。……コイツは苦しませてコロシテやるよ……テメェの願い通りニナ』
「っぁーーーー!」
クヴェルの腕に筋が浮かんで、百花の顔から色が一気に抜け落ちる。
暴れる四肢がより乱暴になって、しかし、それもすぐに弱まっていく。
百花の体から力が抜けていく。ーー命が抜けていく。
それを見て、那月の拳に力が込められていく。
悔しい。
悔しい……。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい!!!
ーー俺にもっと、力があれば……!
それは、叶うことの無い空想。
ーーあいつが不死身でさえなければ……!
それは、覆るのことの無い事実。
ーー誰かが、誰かプレイヤーが助けに来てくれれば…………
それは、諦念の他人任せ。
「………………違ぇだろ」
不意に那月が呟いた。
諦念も、他人任せの意図も孕まない言葉。
そこに乗せられた想いはただ一つ。
ただ、ただただーー
ーーアイツを一発ぶん殴りたい!!
刹那。那月の中で何かが外れた。
体の芯の部分から、黒く熱いモノが那月の体を高速で巡っていく。
それは、白く温かいものを喰らって、自分の糧にして、より大きく膨らんでいく。
「……ふぅぅーーーー」
大きな深呼吸。
次の瞬間。
ダンっ!!という音と共に一つのクレーターが出来上がった。
そこは、先程まで那月が横たわっていた場所。
『……ァ?』
「グァゥル!!」
クヴェルが振り向いた先にいたのは、鬼神も慄く狂相の那月。
彼は腕を限界まで振りかぶるとーー
『ーーガッッ!!!!』
気がつけば、百花を絞めていたクヴェルの二本の腕が肘関節から無造作に切断されていた。
そしてーー
『再生が……デキナイ!?』
クヴェルの驚愕の声が響く。
彼はおよそ二百年ぶりの激痛に顔を顰めると、それを更に歪ませる。
那月の拳がクヴェルの顔面を横から殴ったのだ。
クヴェルが喘ぎながら、地面をバウンドし、それが止まる前に那月が次の攻撃を繰り出す。
何度も何度も繰り返し殴り、那月の拳に血が滲み出したその時ーー体中をボロボロにしたクヴェルが腕を六本前に突き出す。
『ーー『槍』!!!!』
特大の黒槍が出現し、那月目掛けて射出される。
追撃を食らわせようとした那月は眼前に迫ったその槍を避けるために足の動きを停止する。
クヴェルはそのすきに空中に飛び上がると、そこで痛みに耐えながら息を整える。
『…………ぁ、がぁ、がぁ……テメェ、何者ダ…………はァ、はァ…………俺様にウソついたナ……!!』
クヴェルが叫ぶ。
しかし、那月には聞こえていないようで、彼はクヴェルを見上げながら獣のように唸るばかり。
不意に、那月の腕がクヴェルに照準を合わせた。
そして、その手先に魔力が集まる。
クヴェルの背筋にかつて感じたほどのない悪寒ーーいわゆる『死』の予感が走った。
これには流石のクヴェルも身をすくませた。
そうして、即座に全身に魔力を巡らせ始めた。
『那月!!……顔は憶えたカラな……!!次に会った時は俺様の全力をもってお前ヲ食ってやる……それまで死ぬんじゃねェゾ!!』
クヴェルの体が朧に霞んだ。
そして、その体が霧になるのと、那月の手から魔力の塊が放たれるのは同時だった。
那月から放たれた魔力が空間を捩り、それが元に戻ったころ、そこには何もない蒼穹が広がるばかりだった。
▼
事態を聞きつけた音淵先生は、遅まきながら学生寮の扉を開けた。
そうしてリビングを一瞥して、そこに並べられた二十の病床を確認し、大きく、盛大にため息吐いた。
「お前ら…………あと一週間で体育祭だってのに、なんて怪我してんだよ!!それで負けましたは許さねぇからなーー!!!!」
音淵先生の悲痛な叫び声は校舎まで轟いた。
早いですが四章終了です。
この章はクヴェルを出すためだけの章でした。
次章からは体育祭編です!!
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