レイディング・オブ・ダンジョンズ━━ダンジョンが現れた世界で《重力》という珍しいスキルを持つ俺は最強のプレイヤーになる━━

四章 封印の悪魔

93話 氷の女王

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　クヴェルはひとしきり笑うと、叫ぶ那月を睨みつけた。

「大虐殺ってなんだ！おい！！なんだそれは！！おいっ！！！！」

『喧しイ……『黒鎖（ブラックリエン）』』

　クヴェルは小さく呟き、那月に向かって黒い鎖を投げつけた。

　それは那月の体に絡みつくと、体の自由を一時的に奪いとる。

　意思に反して動かなくなった体が重力に従って地面に倒れた。

「く、そ…………」

『黙ってそこで見ていやガレ！』

　クヴェルは那月に命令を下すと、翼を閉じて地面に降り立った。

　そして、鳥のような鉤爪で、那月の頭を踏みつける。

「那月くんっ！」

　百花が声を荒らげた。

　怒りを露わに百花が奥歯を擦り合わせる。

『オ？威勢がイイな？テメェから先に死ぬカ？』

「……も、もかに手を出すな……指い、本……触れて、みやがれ…………ぶっ殺す……！」

『ヘイヘイ、ンじゃあソイツをコロスのは残りがテメェと氷華とやらとソイツだけになったトキな』

「……てっめェ、殺す！！」

『ウるせェ』

　クヴェルは足で那月の頭を踏みつけた。

　その後三回ほど同じく踏みつけ、頭を鷲掴む。

『カン違いすんなヨ。テメェは俺様に意見出来る立場にネェんだヨ。食材の分際で、捕食者に口出してんじゃネェ』

　そこでクヴェルは那月の頭を膝の高さまで持ち上げると、その顎を蹴りあげた。

　口から血を吹いた那月は鮮血で弧を描いて、地面に落ちる。

「那月くん！！ーークヴェル！！！！」

『ァ〜、うるせェナァ……ヤッパ気が変わったわ』

　クヴェルの頭がグリンと後ろに向く。

　そして、肩の骨を外して、腕を回転させると、針のように尖った爪を百花に向けた。

『お前、オードブル』

　刹那、百花の視界からクヴェルが消えた。

『まずは肉を柔らかくシネェと、ナアァ！！！』

「きゃッ！！」

　背後からクヴェルの囁きを聞いた百花は振り向きざまにその腹部を殴られ、大きく吹き飛ぶ。

「…………っごふ」

　吐血。

　腹を押さえて蹲る百花。

　そんな痛ましい光景を見ても、悪魔はその足を止めない。

『死ぬなよォ……死ぬ間際が、ニンゲンは一番ウマクなんだからさァ』

　一歩、一歩と、クヴェルが百花に近づく。

　と、そこで彼は力強く地面を蹴った。

　そして、瞬く間に百花に切迫すると、その足を振り上げ百花の頭部に狙いを定める。

『いっちょアガり♡』

　クヴェルの足が霞んだ。ーーそう見えるほど早く振り下ろされた。

　誰の目にも次の瞬間百花の首が刎ねられ、血の噴水を見せるのは明らかだった。

　ーーただ一人……彼女を除いて。

「《凍結氷姫》ーー『氷凍』」

　氷のような、それでいて温かい透き通った声が呟いた。

　同時、クヴェルの口から「ァ？」と声が漏れた。

　クヴェルは自分の足に視線を落とした。

　ーー凍っている。

　彼の足は足を半ば振り下ろした形で、百花の首筋に当たるその寸前で、氷漬けにされていた。

　しかもただ凍っているのではない、表面のみならず、体の中、細胞のひとつひとつに至るまで氷に犯されている。

　クヴェルは一瞬でそれを行った人物に思い至り、彼女の方を睨んだ。

『ムクチ……テメェ……！！』

「友達は……殺させない……」

「氷華……ちゃん…………」

　百花が揺れる視界の中で彼女を捉えた。

　瓶覗色のショートヘアを揺らした少女ーー漣 氷華。

「殺させない……代わりに…………あなたを、殺す…………！！」

　無表情の中に多分に含まれた怒気。それは、先月までの彼女ではありえない光景だ。

　氷を溶かすまいと必死だった先月と比べて、今の彼女を固める氷は溶けきっている。

　故に、その足は自然と動き出す。

「……『氷の足跡（アイストレイス）』」

　彼女が走り出した。

　踏みしめた地面が次々に凍りつく。

　氷華はクヴェルの付近まで走り寄ると、不意に体を屈める。

「『氷柱』！」

　彼女がクラウチングスタートのような体勢になると同時、その地面から氷の柱が突き出た。

　それは彼女の足裏を器用に捉え、加速する。

　あっという間に、クヴェルの懐に入り込んだ氷華はクヴェルの横腹に掌底を食らわせる。

　その掌底はクヴェルの体につくなり、皮膚を凍らせ、その部分を綺麗に抉りとった。

　氷華はそのまま脇を通り過ぎると、氷柱を蹴って、地面に舞い降りる。

　空中で体を反転させた氷華は着地と同時にクヴェルを睨んだ。

『イイねぇ……メインディッシュに持ってこいだァ』

　しかし、やはり不死身。

　その腹部はみるみるうちに再生する。ついでに自ら足の氷を粉砕すると、その部分も再生させた。

『だからコソ残念だ。たかがオードブルに嫉妬サレルノはよォ』

「私は……私たちは、食材じゃない…………私たちはプレイヤー……正義の味方。……だから、モンスターを……討伐」

『大層だな……なら、やってみろヨ。テメェのその力で、俺様の不死身を破ってみやがレ！！』

　クヴェルの翼が左右に広がる。

　そして、その翼に魔力を溜めると、再びあの光線を放つ。

『オラオラ！！マル焼きになるぜェ！！』

「豚の丸焼き……しっぽを落とす！！」

　氷華がそれらの光線を避けながら走る。

　そして、クヴェルの背後に回ると、その手に精製した氷の剣でもって、その尻尾を切り落とす。

『ダカラどぉした！！』

「ーーっ！」

　しかし、切ったはずの尻尾は切ったそばから再生し、氷華の頬を叩いた。

　ただのビンタじゃない。その一撃がボクサーのストレート級。

　殴られた氷華は宙を回転しながら地面に滑る。

「っ…………！！」

『もういっチョっ！！』

　やっと止まったと思ったら、頭上に現れたクヴェルのかかと落としが迫り来る。

　氷華は慌ててスキルを発動させると、何も無い虚空に扉大の氷壁を造り出す。

『ヒュー♪やるねェ、イイねぇ、タノシイネェ』

　氷壁に足をめり込ませたクヴェルはもう片方の足でそれを蹴ると、空中に飛び上がる。

『さてサテ、ソロそろ腹も空いてきた頃合ダ。終いにしようヤ』

　クヴェルはそう言うと、両手を空に突き上げた。

　そして、そこに全身の魔力を集中させる。

『刮目しやガレ……これが今の俺様の……十パーセントのホンキだ……』

　クヴェルのてから魔力の玉が空高く打ち上げられる。

　それは空中で弾けると、再び一点に集束する。

　そして、形を徐々に変化させていき、ついには先端が螺旋状に巻かさった一本の黒い槍が現れた。

『死ぬナヨーー『槍』』

　技名もへったくれもない呟き。

　しかし、その槍の威力は笑い話ではすまされないレベルで異次元だった。

　光の速さで槍が氷華に向けて射出される。

　音を置き去りにしたそれは、しかしすんでのところで反応した氷華によって造られた何重にもなる氷の盾によって防がれる。

　否ーー防がれなかった。

　槍がひとつ、またひとつと盾を粉砕していく。

　拮抗する暇もなく、ただ一枚一枚割られていく。

　その度に氷の破片が氷華の肌を割いて、造った氷を支える腕からは骨が軋む音が断続的に鳴り響く。

「ぁああああああああぁぁぁ！！！！！」

　氷華が叫ぶ。

　だからと言ってどうにかなるものでもなく、槍は無情にも残る最後の一盾を穿いた。

　ーーキィィィィィンン！！！！

　突如、氷華の頭上からそんな音が響いた。

　金属音よりも高く、銅鑼よりも響く音。

　それを耳にした氷華は続いて、少女の声を聞いた。

「……っぅ、ゥにやぁぁぁぁ！！！！」

　刹那、バリィィン！！とガラスが割れるような音が響いたと思うと、クヴェルが放った『槍』は魔力の粒となって消失した。

『バカなッ！！』

　クヴェルの驚愕の声が響き渡る。

　それを聞いた、『槍』を防いだ少女は猫みたいに笑って、氷華の方へと振り向いた。

「強くにゃったのは、にゃにも、先輩特訓組だけじゃないにゃ。……私たちにも頼って欲しいにゃん、氷華っち」

　はにかんだ愛莉。

　彼女が前を向くと同時、膝をついて座る氷華の横に、多くの人影が歩み出た。

　それは全員が音淵先生、または陸王先生の特訓を受けた、いわゆる『先生特訓組』のみんなであった。

　彼彼女らは、一様にクヴェルを睨んでおり、同時に笑っていた。

「愛莉……みんな…………」

「氷華っち、あとは任せて」

　愛莉は背中越しにそう言うと、思いっきり息を吸い込んだ。

　そして、

「先生特訓組！行くにゃぁ！！！！！」

「「「「「「おぉぉぉ！！！！」」」」」」

　愛莉の叫びに続いて、無数の咆哮が唱和した。

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