88話 宝物庫
生徒会室を出て、那月達は一階に向かった。
一階には教室しかなかったはずだが、真由先輩は階段を下った。
「あ、あのー、真由先輩?」
「」
無言。と言うよりも、話を聞いているのかすら危うい無視具合い。
これ程突っぱねられると、もう話しかけても無理だと分からされる。
「ねーねー、那月っち」
「なんだ?」
ふと、愛莉が話しかけてくる。
「うち知ってるんだけど、この先って『人喰いの壁』ってのがあるんだよね」
愛莉が指さすのは、真由先輩の先の廊下。ここまで昇降口から見て二階は角を曲ったから昇降口から見て真裏に当たる。
そこには空き教室がいくつかあるだけで、生徒の教室はない。
だから、誰も来ることは無いし、そんな噂が立っているのなら来たいとも思わないだろう。
だがーー
那月は何やら形容しがたい違和感のような物を感じていた。
「あの、せんぱーー」
「ここ」
那月が声をかけたのとほぼ同時に、真由先輩が止まり、振り返った。
肩を掴もうとしていた那月は、突如振り返った真由先輩に驚き、足を絡ませる。
その拍子に躓き、そしてーー
「ばぷッーー」
「那月っち!?」
「那月くん!?」
「那月!?」
「…………………………」
それぞれの驚く声が重なった(結夢は怪しいが)。
それもそのはず。躓いた那月は、前に倒れ、どうすることも出来ずに、真由先輩の意外と大きな胸に顔を埋めたのだ。
更には、その乳を手で鷲掴んだ。
これには流石の無表情少女と言えど怒る…………はずもなく。
「大丈夫?」
と、無表情で首を傾げるばかりだ。
逆に那月は顔を真っ赤に染めながら、慌てて身体を離す。
「す、すんません!!」
「気にしない」
「あ、そ、そっすか…………」
あまりに淡白な返しに、熱くなった顔が一瞬にして冷め、後ろから突き刺さっていた視線の槍も、若干鋭さを減らした。
那月が咳払いをして空気を変えると、真由先輩が背後の壁を指さした。
「ここ」
「ここ……って、ただの壁ですけど」
木菟が事実を述べると、真由先輩は言葉を返さずに振り返った。
そのまま壁に一歩近づくと、そこに手を当てた。
直後、彼女の手が淡く光り、壁が僅かに揺れたような錯覚がした。
「どうぞ」
「え?なんか変わりました?」
「どうぞ」
どうやら答える気は無いらしく、真由先輩はただ壁に手を当てたまま先を勧めている。
五人は顔を見合わせると、先に愛莉が唾を飲んだ。
「じゃ、じゃあ、うちから行くにゃ」
愛莉が壁の前に立つ。一瞬そこに巨大な口が現れ、愛莉に齧り付く幻覚を全員が見たが、それは現実のものとはならなかった。
小さな安堵の息を漏らした愛莉が、目を瞑り、思い切り前に踏み出した。
「「「え!?」」」
那月、木菟、花恋の驚愕の声が重なった。
愛莉が消えたのだ。
いや、正確には、壁の中に吸い込まれて行った。
「あ、愛莉!?」
「嘘!?ホントに人喰いの壁だったの?」
「いや、嘘だろ!?」
皆が驚く中、壁に波紋のような物が発生し、そこから愛莉の生首が生えた。
「ひッーー!!」
花恋が悲鳴を押し殺す代わりに息を飲む。
するとーー
「ねぇ!こっち凄いにゃ!早くおいでにゃ!!」
愛莉の生首が声を発したのだ。
これには男陣も息を飲むが、愛莉は変わらぬ口調で三途の川に引きずり込もうとしている。
「あいり……大丈夫なの……?」
花恋が恐る恐る声をかける。
すると、自分の外見に気づいた愛莉が申し訳なさそうに笑った。
「あ、ごめんにゃ。これじゃ勘違いさせちゃうにゃね。大丈夫にゃ!ほら!」
そう言うと、愛莉は壁の中から身体を覗かせた。
それを見て、一同から安堵の息が漏れる。
「てことは、その先は地獄じゃないのか?」
「地獄なんてもんじゃないよ!とにかく凄いから早くおいでよ!!」
愛莉に勧められるままに、花恋、結夢、木菟、那月の順で壁に飛び込んだ。
「おぉぉ!!」
壁から抜けた那月はその光景に感嘆の声を零した。
そこは確かに宝物庫だ。
石レンガの壁に囲まれた正方形の部屋。その壁には豪華絢爛な剣から斧やらがかけられ、目の前には魔道具の山が等身程まで積もっている。
部屋は全体的に金色に輝いており、神秘的な様相であった。
「じゃ、探そ」
最後に入ってきた真由先輩が静かに呟いた。
皆、宝物庫の様相に驚き、見とれていたが、その言葉で本来の目的を思い出して、『翻訳のメガネ』探しに勤しんだ。
メガネは丸メガネらしい。縁は赤と青がクロスする形で塗装されており、ガラスは白く曇っていると、枷鎖先輩が言っていた。
那月はその情報に合うメガネを探すべく目の前の山を漁り始めた。
地球儀、ペン、招き猫、ストラップ、掃除機、座布団、歯ブラシ等々。
形も用途も様々な魔道具をかき分けて探すも、那月は求めるものを見つけられなかった。
ーー『こっちだ』
ふと、声が聞こえた気がして、那月は後ろを振り返った。
そして、そこにあるものを見た。
▼
「見つけた!!」
そう叫んだのは、花恋だ。
手に握られているのは、枷鎖先輩に聞いた通りの赤と青の縁の、白ガラスメガネ。
「『翻訳のメガネ』」
真由先輩もその魔道具を見て、名前を呟くので間違いないだろう。
花恋はそれを慎重に胸ポケットに仕舞うと、真由先輩に頷きかけた。
「じゃ、帰ろ」
「あの、真由先輩……」
真由先輩が帰ろうと、入口の壁に手を当てようとした時、那月の声が遮った。
那月は山の後ろにいるらしく、花恋達のいるところからは見えない。
那月が何かを伝えたいという意図は伝わってきたので、皆でそちらに行くように歩き出す。
山の真横に回り込むと、やっと那月の姿が見えた。
更に進むと、那月が見ているものも目に入った。
それは大きな扉だ。扉だけが床に立っていて、鎖をぐるぐる巻かれている。
扉の中心には錠前が付いおり、その扉を封印していることは火を見るより明らかだ。
「これなんすけど…………」
そんな明らかに怪しげな物に手を伸ばす少年。それを見た瞬間、初めて真由先輩の顔が曇ったように思えた。
「だめ」
「え……?」
真由先輩が呟くと同時に消えた。
スキルを使ったのだろうか、那月の背後に一瞬で現れると、その首根っこを掴み、後ろに引いた。
ーーしかし、ほんの少し遅かった。那月の手は錠前を軽く叩き、小さく鎖を揺らした。
那月を扉から引き離した真由先輩は慎重に錠前の様子を確認して、なんの変化もない事を確認すると、那月に向き直った。
「これはだめ」
「わ、分かりました。すんませんした」
那月の謝罪を聞いた真由先輩は頷き、入口の壁に手を当てた。
再び手が淡く光り、壁が一瞬歪む。
五人は無言でその壁を潜ると、そのまま枷鎖先輩にメガネを届けるべく図書室へと向かった。
▼
再び静寂を得た宝物庫に、小さな音が響いた。
ーービシッ……!
それはとある扉に設けられた古い錠前から響いたものだ。
小さなヒビが刻まれて、徐々にその幅を大きくしていく。
『ケケっ!もう少し……!もう少し……!!ケケケッ!!』
その奇妙な声は宝物庫に反響し、小さなヒビを広げていく。
『待ってロ……。待ってロ…………ニンゲン!!』
甲高く、それでいてどこか低い、悪魔のような声を聞いたものはいなかった。
また、その厄災の目覚めを察知できたものもいなかったーー。
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