87話 無言の書記
「ねぇぇぇえぇぇぇ!!なんでボクたちが先輩の手伝いしなきゃならないわけ?」
「仕方ねぇだろ。つか、普段入れない生徒会室をあれこれ調査できんだから、趣旨からは外れてねぇだろ」
「そうだけど……那月くんは、この手伝いが終わったらパフェ奢ってね」
「はぁ!?なんでだよ!」
「いいのぉ?ボクたちはこれから寮に戻ってもいいんだけど……」
「分かった、分かったよ!何でも奢るから手伝ってください!!」
「「やたー!!」」
那月は自分の財布の中身を確認すると、小さく肩を落とした。
那月達は現在図書室を出て、二階にある生徒会室に向かっている。
理由は枷鎖先輩に頼まれたからだ。
枷鎖先輩はダンジョンから調度されたという本を読んでいたようなのだが、どうやらそこに知らない文字が出てきたのだとか。
それで、どうにか解読をしようと図書室の文献を漁っていたのだが、どうにも成果が出なくて困っていたようだ。
そこに那月達が来て、生徒会室にある『翻訳のメガネ』なる魔道具を取ってきて欲しいと頼まれたわけだ。
最初からそれを使えば良かったのでは?と那月が問うと、自力で解読したかったと返答が返ってきた。
「ったく、頑固なんだからよ……」
悪態をつき、階段を飛び降りると、目的の階へと到着した。
階段を降りて横に曲がると、すぐのところに職員室があった。
生徒会室は職員室の反対。つまり、廊下をぐるりと一周したところにあると言われたので、その通りに長い廊下を歩いていく。
「そういえば、生徒会室の鍵もらってにゃいけど、誰か居るのかにゃ?」
「あ、そういえばそうだな」
もっともな疑問に那月が引き返して職員室から鍵を貰ってこようとする。
しかし、木菟に止められた。
「大丈夫じゃないかな。なんでも生徒会室には常に無言の少女なる人がいるらしいし」
「へぇ……あの生徒会にね……」
枷鎖先輩、政宗先輩、夏帆先輩。どれをとっても賑やかしい面々を思い浮かべ、ホントにいるの?と疑ってしまうが、もしいなくてもまた取りに行けばいいだけの話だ。
そんな会話をしているうちに生徒会室が見えてきた。
那月が駆け足で扉に近づき、その取っ手に手をかけ、横に力を加える。
すると、扉と壁との間に僅かな隙間が生まれた。
「お、ホントに開いてる」
「じゃあ、お化けもいるってことかにゃ?」
「いや、無言の少女はお化けじゃないよ?」
愛莉のボケに木菟がツッコむのを後目に、那月は扉を思い切り開いた。
「おじゃ、しゃーす!!」
「あれ?那月くん?」
勢いよく中に入ると、長机に頬ずえをついていた夏帆先輩と目が合った。
「あ、盆東風先輩」
「夏!帆!!先輩、だよ〜」
「あ、あはは……んで、なんで夏帆先輩がここに?」
「なんでってあたし、生徒会役員だし」
確かに、と納得する那月。
夏帆先輩は何やら不服そうな視線を向けてくるが、それは無視してある一点を見つめていた。
入ってきてから、今まで気づかなかったが、正面の長机、その中央に一人の少女が座っていた。
黒髪黒目。髪はボブヘアで、特に飾る様子も無い。制服も整ってはいるが、一切の校則を破ってないわけではなく、緩めるところは緩めた格好。
背丈もーー座っているから正確な所は分からないがーー高くもなく低くもないだろう。
つまり何が言いたいかと言うとーー『特徴がない』のだ。
特筆すべき特徴が一切ない。特徴がない事が特徴とでも言うべきだ。
いや、ただ一点だけは特徴らしいものを持っている。
それは感情だ。
感情という物を一欠片も感じさせないその人形めいた顔は唯一の特徴と言っていい。
「無言の少女…………」
誰かがそう呟いた。
そこで那月も得心がいった。なるほど、彼女が無言の少女なのだ。
「夏帆先輩。あの人は?」
「え?あぁ、マユマユね」
「マユマユ?」
「そ、田中 真由。あたしと同学年で、生徒会書記をやってるよん」
なんと、名前も普通だ。特徴がホコリほども感じられない。
この人を産み、田中に真由と名付けた親はさぞかし才能に溢れていたに違いない。
那月達が真由先輩のあまりの普通さに驚いていると、それが日常となっている夏帆先輩がお茶を用意してくれた。
皆が長机の前に座ると、話を促してくる。
「それで?生徒会室になんの用かな?」
「あ、実は枷鎖先輩に頼まれ事をされてまして……」
木菟が先輩に頼まれた事、そして生徒会室を探させて欲しい旨を簡潔に伝える。
そして、全てを聞き終えた夏帆先輩はお茶を一口啜った。
「ないよ?」
「え?」
「だから、ないよ。ここには」
「はぁぁ!!」
那月の声が生徒会室中に響いた。
愛莉や花恋も似たように声を上げたが、那月の声量にかき消されてしまった。
「困りますよ!その『翻訳のメガネ』とやらがないと、俺殺されちゃいますよ!!」
「流石のカセカセもそこまではしないと思うけど、確かに一度受けた仕事を出来ないで突き返したら……うん、半殺しだね」
「ちょ!?どうにかしてくださいよ!!」
「どうにかって言われてもねぇ……ここにはないんだよォ…………」
夏帆先輩はとても申し訳なさそうに、顔の前で手を合わせた。
それを見て那月が椅子に力なく座り込むのと、遠くの方で椅子が倒れる音がしたのは同時だった。
「マユマユ……?」
「私が行く」
「行くってどこに…………あぁ!なるほど、あそこか!確かにあそこに仕舞ったかも」
「あそこ?」
那月が力なく尋ねると、夏帆先輩は良かったねと笑顔を見せた。
「この学校には宝物庫が存在するんだよ。ダンジョンから出た魔道具やら何やらを仕舞う所ね。教師と生徒会しか入れないんだけど、確かにそこになら探し物もあるかもよ」
「ほんとっすか!?」
「うんうん!じゃあ、私が案内してーー」
「私が行く」
夏帆先輩が椅子から立ち上がろうと手を机に乗せた瞬間、真由先輩の静かな声が響いた。
「え、でも……」
「私が行く」
「うーん、オッケー!じゃ、よろしくね!」
「え、ちょ、夏帆先輩!?」
那月が驚く間にも真由先輩は椅子を立ち、扉の前まで歩いていた。
そして、扉の前に立つと振り返り、首を傾げた。
「一緒に行く」
「あ、はい…………」
有無を言わさぬ物言いに、この人には何を言っても伝わらないと、那月はそう悟った。
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