86話 司書の仕返し
校舎に着くと、その中には入らずに、裏の方へと歩いていく。
その際に花恋が「地図にダンジョンって書いてあるけどそこじゃないの?」と聞かれたが、那月は違うと答えた。
前回翔に教わったルートで校舎裏に回ると、やはり見つけずらい扉の取っ手を探すために注視する。
「お、みっけ」
「うわ、ホントにあるじゃん扉」
早速見つけた取っ手に手をかけると、それを思い切り横に押す。
前回より筋肉がついたはずなのに、相変わらず重たい扉。
何とかしてこじ開けると、中から埃臭い香りが漂ってくる。
足を一歩踏み入れると、天井に埋め込まれた魔石に魔力が供給され、そこから光が還元される。
薄く明るくなった階段を、足を滑らせないように気をつけながら、ゆっくりと下りていく。
「……あれ?」
階段を最後まで下りきって、目の前に大扉を見て、那月は首を傾げた。
「おかしいな……前回はこんな鎖なかったぞ?」
「なに?入れないの?」
那月の言う通り、目の前にある扉は前回は押せば開くような様相だったが、今は厳重に鎖がかけられており、流石の那月もどうすることも出来ない。
花恋が不服そうな声を出す。
「仕方ないよ。入れないなら別の所に行こう。うん。それがいい」
妙に気分の上がった声音を出す木菟。
それを睨みつけてから、愛莉が盛大なため息を吐く。
「仕方ないにゃ〜!じゃあ、とりあえず図書室行こうよ、図書室。うちの勘がそこになんかあるって言ってるし」
「まぁそうだね。図書室と言えば『学校何か起こるスポット』トップ十には入るでしょ」
「……聞いたことないけど、その言い方だと、トップ五とか三には入ってないんだね」
不幸にもダンジョンに潜れなかった五人は、愛莉の提案で図書室に向かうことになった。
▼
図書室は四階にあった。
一階に教室がある一年生の彼らは普段その階段を登ることは無いのだが、昇降口正面の大きな階段を登ること五分ほどでその階に到達した。
一階から二階まではほんの二十秒もあれば登れるようなものだったのだが、二階から三階、そこから四階までの階段が何より長かった。
正確には、三階フロアは階段を上がった目の前に頑丈そうな壁があり、そこが三階と気づかなかったのだが、それでも一から二階に上がるよりも多くの階段を登ったことは間違いないだろう。
そんなこんなで四階に上がった彼らは、そのフロアの一番奥に位置する扉を開いた。
途端流れてくるのは、本屋の香りだ。インクの香りと言うのが正解だろうが、とにかく本屋の匂いだと、那月は感じた。
ふと、横に視線を向けると、眠そうな顔で分厚い本に目を落とす司書がいた。
黒髪三つ編みに、黒縁メガネ。いかにもそれっぽい女性がカウンターより内側に座っている。
と、その司書を目に停めた瞬間、那月が首を傾げた。
「あれ?……どこかで…………?」
那月がほぼ無意識のうちに声を漏らすと、今まで眠そうに本に視線を落としていた女性が那月の方を見た。
そして、メガネの奥で目を大きく見開いた。緑色の瞳に、魔石の光が差し込む。
「あなた……もしかして、黒滝 那月さん!?」
「え?……あ、あぁ!あんた、試験官の!!」
それは、那月の入学試験の時に、受付に座っていた試験官の椚であった。
まさかの再会に二人して大声を出し、指を差し合うと、自分の失態に気づいた椚が咳払いをする。
「コホン……図書室ではお静かに」
「あんたもなかなかの大声だったぞ」
「それはいいんです!……あ…………。というか、那月さん、あなた受かってたんですね」
とても意外そうに言う椚。それに対し、やや頬を膨らませる那月であったが、こちらも意外そうに首を傾げる。
「当たり前だろ。てか、あんたはなんでこんな所に?」
「私はここの教師です。図書室にいるのは司書として働いているからで……」
「え?あんた非常勤じゃねぇの?」
「違います!私はこれでも教師です!……そうです!私教師ですよ!那月さん、敬語を使いなさい」
「えぇ……」
ぷりぷりと怒る彼女はもう司書としての仕事も、ここが何処なのかも忘れているようだった。
とりあえず、敬語の件は軽く拒否すると那月は他の四人に椚の事を紹介する。
「へぇ……こんな若いのに弾校の教師……凄いですね!」
「しかも司書にゃ!なんか知的な感じがして凄いですにゃ!」
「え!?……プレイヤーなんですか……凄いですね」
「……………………?………………すご、い?」
「これよ、これぇ〜〜!やっぱり教師ってのはこうでなきゃね」
花恋、愛莉、木菟、怪しくはあるが結夢にも褒められ、上機嫌になった椚はビシッと那月に指を指した。
「分かった?これが教師への態度よーー那月くん」
「はぁ……まぁ、ソウデスネ」
「分かればいいのよ、分かれば」
ここでタメ口を使えば、話が先に進まないと踏んで那月はカタコトながらも敬語を使う。
どうやら満足したようで、椚は鼻を鳴らしていた。
「ところでクヌギの姉ちゃん」
「何?」
「ここ図書室なわけだけど、なんか面白いことない?」
「図書室に面白みを求めたら本しかないわよ…………あ、面白いことじゃ無いかもだけど、困ってる人ならいたわね……というか、『クヌギの姉ちゃん』???」
先生呼びじゃ無く姉ちゃん呼びということに今更ながらに気づいたようで、目を細める椚の視線から逃げるように、那月はその困ってるという人の元へ向かった。
どうやら図書室というのは不興なようで、現在も那月達と椚を除けば、その困っている人が一人いるだけのようだ。
となれば見つけるのも容易というもので、窓際の隅の席にその人物はいた。
「うげ…………」
と、それは那月がその人物を目にした時に出た最初の言葉だった。
那月の後からやってきた他の四人もその人物を見て、簡単の声を出したり驚きに目を見開いている。
「ん?……これは珍しい。黒滝じゃないか?」
言葉を発した瞬間に放たれる異様な程の圧力を孕んだ空気。
それこそが、彼を生徒会長たらしめる上に立つものの風格であった。
そう、困り人というのは現生徒会会長、連結 枷鎖その人であった。
「ところで、先程『うげ』という声が聞こえたのだが、どういうことだ?黒滝…………」
那月の肩がビクッと跳ねる。
会長のメガネの奥から殺気を押し込めた熱い視線が向けられているのだ。
那月は玉の汗を流しながら、何とか弁明を試みる。
「いや、違くて……」
「ん?じゃあ『う……』なんて言ったんだ?」
「え、えと……う、う、う…………う!『嬉しいです』って……そう!先輩に会えて嬉しいなぁ、って言おうとしてました!!!!」
軍兵もかくやという背筋の正しさを見せ、あとひと押しすれば敬礼も加えそうな程にかしこまる那月。
それを見て、鋭い眼光を飛ばしていた枷鎖先輩は一度目を瞑ると、優しく微笑んだ。
「そうか、嬉しいか。俺も嬉しいぞ。丁度困っていたところでな。ちょっと手伝ってくれ」
「え、手伝うんすか……?」
「嫌か?」
「い、いえ!恐縮です!!」
「そうかそうか。実はな…………」
困り事を語り始める枷鎖先輩を前に那月は背後にちらりと視線を配った。
そこには下瞼を引っ張り、舌を出す椚の姿があった。
「(仕返しだよーだ)」
「(あんのやろ〜〜!!)」
こうして、椚にしてやられた那月は枷鎖先輩の手伝いをする事となってしまったのだ。
もちろん他四人を巻き添えに。
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