83話 おはよう
本日二話投稿(1/2)
手術中のランプが赤から灰色に変わる。
ガチャりという音を立てて、重苦しい扉が、甲高い悲鳴を放ちながら口を開く。
重低音のような、啄木鳥が木を叩くような、そんな音が響き、暗い闇から人影が姿を現す。
「…………どう、でしたか……?」
めめが恐る恐ると尋ねる。彼女に耳やシッポのついたキツネモードだったら限界まで垂れ下がっている事だろう。
尋ねられた医師はマスクを外して、小さく首を振った。
「……手術自体は成功しました……。……しかし、彼女の意識は未だ眠ったままです。脳に障害があるわけでもないので……彼女の心の問題だと思いますが……。こればかりはどうにも…………」
「そんな…………」
医師の言葉にめめの他にも百花や雫玖も小さく息を飲み、後ずさった。
「氷華…………。早く戻ってこいよ」
那月でさえも小さく呟いた。
▼
ーーもう嫌だ。もう生きたくない。私はプレイヤーになっても人を助けることは出来ない。伸ばす手を持ち合わせていない。
氷華は氷中で体を抱いていた。
その心の中を満たすのは自虐の念と、恐怖。
家族を殺し、友を傷つけ、守ると誓ったものに氷を向けた。
そんな彼女は既にプレイヤーとして何を成したかったのか、それを忘れていた。
『それでいいのよ。あなたはそうやって死んでいく。冷たい氷の中で、過去に殺される』
ヒョウカが冷たく呟いた。
『過去の私が殺してあげる』
ーー殺して、くれるの?
『もちろん。私はあなたを愛してるから』
ーー愛……
『愛』ーー。それは、彼女ーー漣 氷華がこの十年間、求め続けていたものだ。
過去に恨まれ、今に疎まれ、未来に恐れられた彼女が唯一欲したものだった。
しかし、それを与えてくれるものはいなかった。両親も弟も友も……。誰一人として与えてはくれなかった。
『私ならあげられる。無限の愛を、永遠の愛を、最高の愛を……あなたに』
ーー私は、わたしは…………
少女は逡巡の末に次の言葉を喉に鳴らした。
「ーーそんな愛、お姉ちゃんに相応しくない!!」
氷華の声を遮ってヒョウカとも似つかない可愛らしい声が割って入る。
氷華の体がピクリと震え、視線が自分の手からその声の主へと移る。
そして、彼女は息を詰まらせた。
どうして。なんで。そういった疑問が無際限に湧き出て、しかし答えはかえってこなくて。
ただ一人その答えを持つであろう少女は空色の瞳を涙に濡らしていた。
ーー水海……!
「氷華お姉ちゃん!!」
碧海は氷華を見るなり、安堵したような顔をする。
しかし、その近くに佇む少女に目をやり、多少の警戒心を抱いた。
『……邪魔をしないでくれるかしら?私は今から彼女を殺すの』
「……!させない。あなたが誰であろうと、氷華お姉ちゃんは私が守る」
碧海が瞳に力を入れてそう宣言した。彼女の瞳に映るヒョウカは既に敵と見なされ、碧海の顔には初めて怒りの色が浮かんでいた。
ーーどうして……、どうして私にそこまで……
やっとの思いで口にした疑問の言葉はとても小さな呟きであったが、碧海には伝わったようだ。
「どうしてって、お姉ちゃんが私を助けてくれたからだよ。……困ってて、どうすることも出来なかった私に道を教えてくれた」
碧海はそこで真剣な眼差しで氷華を見た。
「だから、お姉ちゃんが道に迷ってるなら、今度は私が手を引っ張ってあげる。背中を押してあげる。……私にはお姉ちゃんが必要だから!!」
ーーッ!?
氷華の心臓が強く跳ねた。凍えきった体を暖かい何かが徐々に解かしていく。
しかしーー。
『……ふざけたことを!!……氷華は死んで当然の事をした!お母さんを、お父さんを、トウマを殺した!なのに一人だけ笑って生きるなんて絶対に許されない!……許してくれない…………』
最後の言葉はしりすぼみになっていき、ヒョウカは俯いた。
体をプルプルと震わせ、拳を強く握りしめる。
次の瞬間、ヒョウカは勢いよく顔を上げた。
『私は氷華を殺す。その邪魔をすると言うのなら…………あなたも殺す!!』
ヒョウカが、足を白亜の地面に叩きつける。そこから氷が出現し、碧海に向かって迫っていく。
その速度はとても速く、碧海の防御は間に合わない。
その事を察したのか、碧海はその瞼を下ろした。
「ーーお姉ちゃん。信じてる」
『死になさい!!』
ヒョウカの氷がまるで槍のように変化し、その切っ先が碧海の腹を貫かんと飛来した。
「ーーーーまったく」
その時、氷の槍にヒビが入り、細氷となって砕け散った。
ヒョウカの驚く声が響き、同時に軽やかな足音が弾んだ。
「少しは休ませてよ」
氷のように透き通った声。だが、そこに以前のような冷たさはなく、あるのは慈愛に満ちた温かな色。
安心させるように微笑んで見せたのは、先程まで氷柱に閉じ込められていた漣 氷華、その人だった。
『なぜ!?』
ヒョウカが声を張り上げる。
それに対し、氷華は碧海の頭を撫でながら、背中越しに答える。
「理由は簡単。……私がプレイヤーだから」
『プレイヤーだから?……笑わせる。人殺しが何を今更。お母さんだって許してはくれるはずないでしょーー』
と、そこでヒョウカの言葉は止まった。
碧海の熱い抱擁がヒョウカの小さな身体を包み込んだのだ。
『何を……!?』
「許してくれるよ」
『は……?』
「親は子供のイタズラを怒りはするけど、許してはくれる」
『イタズラで済むようなことでは無いじゃない……離しなさい』
ヒョウカが逃げようと、身を捩るが、碧海の抱擁は思った以上に固いようだ。
「……それでも、あなたはいっぱい苦しんだでしょ?」
『ーーーーッ!』
「苦しんで、悲しんで、不幸になったでしょ。……私がお母さんなら、もういいよって許してあげる。ヒョウカちゃんは良く頑張ったねって」
その瞬間、二人の氷華の脳内に忘れていた記憶が蘇った。
ーー化け、物……………………は、お母さんが、一緒に連れてく、から…………あなたは、気にしなくて、いいのよ…………私を、殺したのは…………氷の化け物…………あなたじゃ…………ないわ
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ーー
……
『なんで……』
ヒョウカが呟く。
『なんで今になって……もっと早く思い出してれば……忘れてなければ、こんなに苦しまなくて済んだのに』
ヒョウカの頬に涙が零れた。
『なーんか、しらけちゃった。私、お家に帰るね。お母さん達がいるお家。……そこで、ずっと…………あなたの事を……………………』
ーー見守ってるから
▼
暗転した視界からゆっくりと瞼を開く。
全身が思ったように動かず、耳朶を打つのは、機械的な音の連続する音。
口元には何かが付いていて、そこに空気が送られているようだ。
「……こ、こ…………は」
氷華は小さく呟いた。それと同時に隣から呻くような声が聞こえた。
聞き覚えのある声だ。そして、どこか涙の出る声だ。
氷華が感覚のない首を、気合いで横に傾ける。
そこには、今しがた目を覚ましたであろう少女の横顔。
口には透明のマスクが着いており、そこに繋がれたチューブが大仰な機械に繋がっていた。
ふと、少女の頭が動いた。ゆっくりと横に倒れ、氷華と向かい合うような形になる。
そこでゆっくりと目が見開かれ、未だ焦点の合わない空色の瞳と目が合った。
そしてーー
「おはよ、お姉ちゃん」
少女は優しく微笑んだ。
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