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81話 凍てつく命火

 ーー冷たい。


 足が冷たい。手が冷たい。

 まるで極寒の夜に家の外に放り出されたような、一人孤独な世界に投げ出されたような、そんな寒さ。


 腕が痛い。脚が痛い。

 それは雪が降り積もったような、そしてそれが朝日と共に溶け、再び氷として固まったようなそんな痛み。


 ーー彼女はどうなっただろう。ちゃんと母親に薬を届けられただろうか。


 脳裏に浮かぶのは元気な顔を浮べる少女。顔には靄がかかり、名前も思い出せない。

 それでも私はその少女を知っている。どこかで会って、言葉を交わした。


 ーーあぁ、あなたは誰……?


 氷の結晶に閉じ込められた彼女はそんな声にならない声を発した。


 しかし、少女には聞こえなかったようで、その子は無言で立ち去ろうとする。


 私はそれをただ、茫然と眺め、そして瞳を閉じた。




 那月達は急いでタクシーに乗り込むと、真っ直ぐに病院へ向かった。

 那月は助手席に乗っており、後ろには百花と、碧海の姿がある。


 碧海は母親が完治したことを知らされると、号泣した。

 しかし、那月達も急いでいたものだから泣きじゃくる碧海に別れを言って立ち去ろうとした。

 だが、そこで彼女は涙を止めると、私も行くと言い出したのだ。

 流石の那月も止めたのだが、何故か百花が承諾した。

 女将さんに心配させまいと置き手紙を残したのだが、果たしてそれで良かったのか。


 嫌な予感を覚えつつ、那月はただ過ぎ行く景色を眺め続けた。


 暫く道路を走り、建物の数が増えていくと、あっという間に都会へと飲み込まれた。

 タクシーは迷うことなく走り、程なくして巨大な白城が見えてきた。

 それが病院だと気づいたのは運転手のここです、という一言があってからだ。

 よく目をこらすと、入口と思われる所の真上に小さな赤十字が飾られている。


 タクシーが止まり、予め陸王先生に貰っておいた三枚の最高札を運転手に渡すと、そのお釣りを貰うことなく車を降りた。

 百花と一緒に降りた碧海を抱き抱え、全速力で病院に入る。


 院内は走行禁止なので、許される限りの速さで走る。

 直感に従い、一階の廊下を奥へ奥へと進んでいくと、とうとう突き当たりに辿り着いた。

 しかしただの突き当りでは無く、正面には扉があり、扉の右上には赤くランプが光っている。

 そのランプは『手術中』の文字に光っている為、そこが目的地だと理解する。


 さらに遅まきながら周囲にクラスメイトと、音淵先生、陸王先生に先輩方の姿を見て、少々安堵の息を漏らす。


 しかし、それも直ぐに取り下げられた。


 ガチャりと奥の扉が手前に開いた。中からは青い手術着に青のグローブという姿の男が青マスクを取りながら顔をのぞかせる。

 一同の顔を順繰りと見回し、音淵先生と陸王先生で三度ほど視線を移し替える。

 最終的に音淵先生の前に来ると、その医師は小さな声で囁くように言った。


 「担任の先生ですか?」

 「はい」

 「そうですか。ではあなただけ残ってお話を……」


 そこまで言ったところで言葉は遮られた。

 声を放ったのは那月である。


 「待ってくれよ!」

 「……院内ではお静かに願えますか?」


 冷静な医師の指摘に那月は声のボリュームを幾分か下げる。


 「俺たちにも氷華の状態を教えてくれないっすか?」

 「……そう言われても……」

 「頼んます」


 そう言ったのは意外にも翔だった。

 医師は大きくため息を着くと、声を大きく、しかし静かな声音で言う。


 「解りました。では、お話しましょう」


 そう言って医師は語り始めた。


 「まず氷華さんの病名ですが……『先天性スキル不適合取得症』というものです」

 「えっ!?」


 百花が驚いた声を出す。


 「それって非超能者がスキルを持って産まれてくるっていうあれですか?」

 「えぇ。正確にはスキルでは無く魔力を持って生まれ、その魔力がスキルとしての力に目覚めるという方が適切ですね」

 「はぁ……。いやいや、違くて!」


 医師の補足に感心し、直後にかぶりを振る。


 「その病気って本来十歳程度で死んじゃうんじゃ……」

 「その通りです。早ければ五歳には、運が良くても十二、三歳で死に至る病です」

 「じゃあ、氷華ちゃんは違うんじゃないですか!?……だって彼女はーー」


 高校生です。という言葉は続かなった。


 「私も驚きましたよ。漣 氷華という人間は生きながらに凍結されていた」


 意味不明な言葉に一同が首を傾げる。


 「生きながらに凍結……?」

 「えぇ。氷結系のスキルだったのが幸いして……いや、災いして彼女はこの歳まで生きてしまったのです」


 医師が小さく息継ぎをする。


 「彼女の体内はボロボロでした。全ての機能が凍結寸前で、現在では臓器の三割が氷の塊となっています。恐らく彼女は常に激痛に苛まれていたはずです。その痛みは想像を絶する。全身をバーナーの火で炙られているのと同じですからね」


 医師の言葉に想像をかき立てられた者が、小さく息を飲む。

 そんな中で百花が一人手を挙げていた。


 「治る見込みは……無いんでしょうか……?」

 「無い……とは言えません。しかし、限りなくそれに近いと言えます」


 全員が押し黙り、その続きを促している。


 「まず、彼女の状態は刻一刻と悪化している。今すぐに手術に取り掛かり成功したとしても、脳か体、あるいはその両方に障害が残る可能性が八割。それが三十分に一割増える計算です。……いや、もう奇跡でも無い限り確実でしょう」

 「そんな……」


 口許に手を当てたメメと雫玖が膝から崩れる。他の生徒も一様に唇を噛み締めるばかりだ。

 そこに医師の先生が残酷な追い打ちをかける。


 「この病気は魔力の調節を行う器官の機能不全によって起こるものです。故にそれを交換すれば良いのですが、何分彼女の血液型とスキル型が特殊でして……」

 「というと?」

 「彼女の血液型は『AB型のRHマイナス』という二千人に一人の珍しい血です。加えてスキルの適合も必要なのにこちらも珍しい。『魔法系IC型ーBE3』……一万人に一人です。つまり、彼女の血液型、スキル型に適合する人間は二千万人に一人しかいないという訳です」

 「うそ……」


 これには百花も絶望したようで、口を閉じて俯いてしまった。


 それを見て誰も口を開けなくなった空間でただ一人だけおずおずと手を上げる者がいた。


 「あの!……私、『AB型RHマイナス』『魔法系IC型ーBE3』です!」


 そう宣言したのは誰あろう水色髪の少女ーー碧海であった。

 さらに彼女は衝撃的な言葉を続けた。


 「私、臓器を提供します!!」

「面白い!」


「続きが気になる!!」


「頑張れ!!!」



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