79話 重態
那月達は氷華を抱えて急いで転移陣へと踏み入れた。
そして、地上に戻って真っ先に旅館へと帰還し氷華を百花へと診せた。
彼女は目の前に横たわる少女を見て顔を歪め、触診をした後に小さく息を飲んだ。
直後早口でスキル名を唱えた彼女は淡い光を放つ手を彼女の腹部に押し当てた。
全身が淡い光に包まれ、それから更に光が増していく。
しかし、容態は良くなるどころか悪化の一途を辿るばかり。
呼吸が荒くなり、口からはいっそう濃い白息が漏れる。指先を燻っていた霜は気が付けば腕、肩と通って左頬を白くする。
いよいよもって危ない。そう那月が考え始めた時、百花が悔しそうに目を瞑り、逡巡の後に音淵先生を見やった。
「……私の力ではどうにも……でも大きな病院なら、あるいは…………」
先生は一瞬頷きかけ、しかし苦々しく唇を噛んだ。
きつく結んだ唇は少しして小さく開かれる。
「……漣の奇妙な症状からして普通の病院では治療は不可能だ。となると回復系の高位スキルを持った医者のいる病院ってことになるんだが…………」
そこで一度言葉を区切ると、音淵先生は周囲に集まった生徒たちの顔を見回す。
「……最も近いところでも片道一時間以上かかるだろう」
その言葉を聞いた瞬間、クラスメイトの口から困惑の声や心配の声、絶望までもが聞こえてくる。
瞬く間に喧騒に変わったそれらは、凛とした百花の声に静まる。
「大丈夫です。一時間や二時間なら私が氷華ちゃんの命を掴んでいられます」
「そ、そうか。なら今すぐ連絡をする。直ぐに来てくれるように頼むが、何せ森の中だから……」
「大丈夫です。大丈夫……!」
百花は氷華の顔を見つめたまま嘯く。
直後に力強くスキル名を三回唱える。
「《天女》《天女》ーー《天女》!!」
淡い緑が三度瞬き、光が一瞬強くなる。気が付けば光の色は緑ではなく薄い黄色に変色していた。
若干ではあるが霜が引いたのは気のせいでは無いはずだ。
それからの百花の奮闘は目覚しいものだった。
やはり森の中ということもあり、救急車が来たのは二時間三十分後。そこに乗ってきた回復スキル持ちの医師は氷華の容態を見て顔を顰めたが、百花の必死の顔と、百花が頑張っていたから氷華の霜の進行が半身のみで済んでいることを知ってその役目を変わった。
「ここは私が変わろう。君は少し休みたまえ」
「で、でも……」
まだやれると百花が食らいつくが、医師の力強い頷きを見て力が抜けたのだろう。軽くよろめいて、その肩を那月が抱えた。
「おつかれ」
「……うん」
そんな短い会話をしている間に救急車に乗ってきた救急隊が氷華を担架に乗せ、車の中へと運んでいく。
車内は様々な機械で埋め尽くされていたが、あれでも氷華の治療は叶わないのだろう。
おしりの両開きの扉が閉じられ、音淵先生を乗せて救急車は出発する。
それを見送った那月を含めた生徒達はその後を追いたい思いに駆られていた。
「よし、こうなっては林間学校も中止にせねばならないだろう。お前たち、直ぐに荷物を整えバスに乗れ。病院まで追っかけるぞ!」
そう言ったのは陸王先生。
全員が一瞬考え、声を大にして返事を返す。
全員が荷物を整えに行こうと玄関口に背を見せたその時ーー。
「ーーあ母さん!?」
ばたりと何かが倒れる音と碧海の悲鳴にも似た声が響き渡った。
「ーーっ!?」
那月が慌てて振り返ると、そこには床にうつ伏せの状態で倒れ込む女将さんの姿とその背中に手を当てる今にも泣きそうな顔の碧海。
那月が何かを言って走り出そうとするよりも早く、すぐ隣から鋭い声が発せられる。
「水海さん!!」
先程までふらついた足取りだった百花が弾かれたように女将さんに駆け寄った。
そしてその顔を見て、顔を歪め、額に手を当て、顔を青ざめさせる。
「高い……四十……いや、もっと……!?」
うわ言のように呟く百花はどうしたらいいか分からないと言うようにアワアワと手を振り、視線を宙にさ迷わせる。
「水……いや、薬?……その前に布団に寝かせないと……運ぶ……いや、まず体温を…………いやいや、汗?…………まず、まず〜〜〜〜ッ!?」
頭から白い煙を放つ百花の頭を那月が軽く叩く。
バッと振り返った百花が驚いた顔を見せ、直後視線を鋭くする。
「何するの、那月くん……!人の命が危ないのに、ふざけてる場合じゃないじゃん!!」
「お前の方こそ、人の命がかかってんだぞ!慌ててる暇があんなら少しでも早く治療しろよ!」
「…………ッ!」
正論を叩きつけられ、百花はきつく唇を結ぶ。那月から目をそらすと、女将さんを見て、続いて碧海の顔を見た。
最後にその手に握られるカラフルな花弁の花ーーファフネルの花を見てうんと頷く。
「陸王先生……私、残ります」
「…………解った」
陸王先生が少しの間を置いて頷く。それを見た那月が即座に手を挙げた。
「俺も!……俺も、残ります」
「よし、ではタクシーを呼んでおくから、女将さんの治療が完了し次第お前たちも病院に来るように。…………百花!……頼んだぞ」
無言で頷く百花を見て、陸王先生は集まった生徒たちを連れて旅館前に留まるバスに乗り込む。
全員が乗ったことを確認すると、バスはそのまま出発した。
森の奥に消えるのを待たずして百花は碧海の目をしっかりと見つめた。
「碧海ちゃん。これからお母さんの治療を始めるよ。……それでお願いがあるんだけどーー」
碧海が息を飲むのを見て、百花が安心させるように笑みを見せた。
「ファフネルの花の情報を知った本。それを持ってきてくれるかな?」
「面白い!」
「続きが気になる!!」
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