78話 暴走
ツーラン・バオが死んだ。
その事実を氷華は唖然として迎えた。そして、数瞬の後に喜びと達成感、更には安堵が遅れてやってきた。
彼女の目の前では那月と紅蓮が抱き合って喜びを表現し、颯がガッツポーズで勝利を味わっている。
「……やった……」
氷華は一人呟いて、疲れた足を後ろに向けた。
そこには壁を球場に囲むように生成された氷のドームがある。戦闘前に彼女自身が作り出したものだ。
氷華はそこに傷がついていないことに安堵し、中にいる碧海を解放すべくそのドームに手を当てる。
「…………?」
氷華は氷をぺちぺちと数回叩き、首を傾げた。
氷の冷たさが感じられなかったからだ。何故だろうと頭を捻る。
しかし、氷華は直ぐにかぶりを振った。そんな事に今は気をさいている場合ではなかったからだ。
一刻も早く、碧海に勝利を伝えたい。氷華はその一心で氷に手を当てる。やはり冷たさは感じない。
「《ーー氷凍》」
体の異変を気にすることなく彼女がスキルを発動すると、氷は砂粒程の大きさに砕け散り、キラキラと発光しながら地面に落ちた。
「氷華お姉ちゃん!!」
「……ッ!?」
氷華が氷を破壊すると、細氷のカーテンを突き破り、碧海が勢いよく氷華に抱きついた。
威力だけを見れば、抱きつくと言うよりタックルに近かった。
氷華は突然腹部に衝撃を受けたため、踏ん張ることも叶わず、その場に倒れてしまう。
「いてて…………ッ!」
押し倒されたことに気づいた彼女は直ぐに起き上がろうとしたが、お腹の上に乗る少女を見て、力を抜いてその場に倒れる。
そして、顔だけを上げて碧海を見つめる。
「ぐず、ぐず…………びょうがおでぇぢゃん!!」
氷華と目が合った碧海は、氷華が生きていることに安堵したようで、我慢していた涙をこれでもかと解放した。
目を腫らし、鼻水を垂らす少女。それを目の前に氷華は彼女の頭を撫でる。
すると、更に泣き出してしまうのだから、氷華は彼女を抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫。……私は、生きてる……」
「おねぇぢゃぁぁぁん!!」
碧海はそれでも泣き止むことなく、むしろ最大限の声を上げて、氷華の胸で泣きじゃくった。
氷華はそれを見て小さく苦笑し、碧海が泣き止むまで頭を撫で続けた。
碧海が泣き止むと、氷華は彼女の肩を掴み、体を引き離す。
碧海が怪訝そうな顔を向けてくるが、ひとまずそれを無視して氷華はとある一点を指さした。
つられて碧海がそちらに顔を振り、その目を大きく見開いた。
「ファフネルの花!!」
当初の目的を完全に忘れていたであろう碧海は実物を見たことでそれを思い出したらしく、氷華から体を離すと一目散にその花へと向かった。
「全く忙しいやつだな」
颯がその光景を見て苦笑する。
氷華も全くの同意見だった。
「あぁ。ほんとに、ほんとにファフネルの花だぁ!!」
カラフルな花を手に取り、違う意味でまた泣き出してしまう碧海。
ただ、それは仕方の無いことなのだろう。母を助ける唯一の存在。それを手に入れることが出来たのだから。
「………………」
その事を考えると、氷華は胸を刺されたような苦しみに襲われた。
昔のことを思い出してしまったのだ。
それは初めてスキルを使った時のーーいや、スキルを暴走させた時の思い出だ。
思い出したくもないが、自然と思い出される光景。
自分の視界を覆うような氷の山々。それに突き刺さる父母と弟の姿。山から垂れる三筋の血。それと、母が最後に残した言葉。
ーー化け、物…………
「ーーッ!」
ここ最近思い出されることの無かったその言葉。それは脳内で過去に何度も再生された言葉だったが、久しぶりに聞いたそれは随分と彼女の心を抉った。
そのせいだろうか。氷華は一瞬気を緩めてしまった。緩めてはならないものを緩めてしまった。
その愚行に気づいたのは那月に声をかけられた瞬間だった。
「氷華?」
「…………………………え?」
那月はふと嫌な予感を覚えて氷華の名前を呼んだ。ほとんど無意識だった。
だから、振り返ってから名前を呼んだのではなく、呼んでから振り返った。
そして、後ろを向いて目を見開いた。何故なら氷華の下半身が氷に覆われていたのだから。
「ぐ、ぐぁぁぁぁぁ!!!!」
那月の呼び掛けに応えた氷華は直後苦しむように発狂した。
それと同時に彼女の周囲から氷で出来た無数の剣山が地面を突き破って現れる。
「ーーッ!」
那月はそれを何とか回避すると、数回後ろに跳んで、紅蓮と颯のいるところまで後退した。
「那月、なんだあれ!」
「氷華さん!?」
辿り着くと同時、紅蓮が質問を投げてくる。だが、那月とて答えられない。
強いて答えられることがあるならば、突然苦しみ出して、暴走しだしたということだ。
「分からない!だけど、今はあいつを止めないと!」
「……ッ!あぁ!そうだな!!」
「うん!」
那月の言葉に紅蓮と颯が賛同する。
三人は顔を合わせると、一つ頷き、氷華へ向けて走り出した。
まず、颯が動いた。彼はスキルを発動させると、氷の剣山の囮となった。
剣山は動くものを捉えようと地面から顔を出す。それは一度出ると消えることがないようで、颯はそれが出尽くすまで走り続けた。
「くっそ、キリがないな」
ある程度走ると、剣山が無限に現れることに気が付き、最初の位置まで戻ってきた。
もちろん氷の剣山は無限に現れる訳では無いのだが、このボス部屋を埋めつくしてもその限界が訪れる事が無いことは容易に想像が出来た。
ならば、颯に出来ることはここまでだ。
「しやぁぁ!!」
続いて、颯の活躍を見た紅蓮が剣を鞘から抜き放つ。
もちろん魔剣の能力を解放し、炎を纏った状態だ。
紅蓮はそれを上段に構えると、氷華のいる位置を体の正面に捉える。
「『我流━━一閃』!!」
直後、剣を真っ直ぐ振り下ろした。
剣は空気を切り裂き、斬撃として射出される。
斬撃は炎を纏い、氷の山々目掛けて直進する。
「行っけぇぇ!!」
斬撃は氷に直撃すると、とてつもない量の蒸気を放ち、辺りを霧で包み込む。
暫くして霧が晴れ、紅蓮はそこに一つの道が出来ているのを確認した。
氷の山々は完璧に溶けて、無くなった。しかし、当の本人ーー氷華を包む氷の結晶までは届かなかったようだ。
それを見た紅蓮は舌打ちをして、次にバトンを投げる。
「那月!やったれ!!」
「おう!!」
紅蓮の作り出した道を走る那月。
持ち前の身体能力を活かして、踏み込んだ場所から次々と生える剣山を置き去りにし、瞬く間に氷華の元まで辿り着く。
そして、那月は走る勢いをそのままに拳を振りかぶり、それを氷華目掛けて繰り出した。
「《:重力》!!」
スキルを上乗せしたパンチが氷華を包む結晶に当たる。
それは一撃でその氷にヒビを走らせ、木端微塵に破砕した。
氷華が氷の結晶から解き放たれる。
時を同じくして、辺りに突き出た剣山が細氷へと砕け散った。
「うぉっと!」
那月は落下する氷華を抱き抱えると、細氷の降り積もる地面に着地する。
那月が着地したのとほぼ同時に颯と紅蓮もその場にやってくる。
三人が顔を見合わせ、勝利を喜んだのもつかの間。颯が氷華の容態を診て深刻な顔になった。
「体温の低下が著しい。恐らく一時間も持たないぞ」
それは衝撃となって三人の間を駆け巡った。
「お姉、ちゃん…………」
背後ではファフネルの花を抱き抱えた少女が膝から崩れ落ちた。
「面白い!」
「続きが気になる!!」
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