76話 ノンシーフォレスト・ダンジョン攻略⑧
完全回復をしたツーラン・バオを前に四人はただひたすらに放心するのみだった。
「……もう、無理だろ、これ……」
紅蓮が拳を握り締めながら呟く。
それを聞き届けた三人は先程よりも顔に影を落とす。
言葉にすることで尚更その現実を理解してしまったのだろう。
「……………………」
「……颯?」
何か思案するように顎を撫でる颯に氷華が尋ねた。
はたと我に返った颯が三人の顔をぐるりと見渡す。
「……いや、どうして水晶は片方ずつの再生なんだろうって思って」
「は?そんなの魔力が足りないからだろ?二本同時じゃ効率も落ちるしよ」
「そうかな……?」
颯は再び考える素振りをして、うんと頷く。
そして、皆の前に指を一本立てた。
「もしかしたら、もしかしたらだけど……あの水晶は二本を同時にーーほぼじゃなく、全くの同時に潰さなきゃ行けないんじゃないか?」
「は?どうしてそんなことが言えんだよ?」
「いや、確証がある訳じゃないけど……あの水晶、紅蓮が破壊した方から回復したんだ」
颯が話始めると、三人は黙ってそれを聞いている。颯は話を続けた。
「それってつまり、回復権が右の水晶に移ったってことだと思うんだ」
「回復権?」
「そう。初めに水晶を壊した時、左が健在だったためにそっちに回復権が与えられた。それで右が回復したんだ。それで先程の攻撃では、右が先に壊された為、左に回復権が与えられ、次に左が破壊されたから、右に回復権が与えられた。それで、右を回復し、次に左を回復したんだ」
なるほど。と皆が頷く。確かに筋は通っている。通ってはいるがーー
「例えそれが真実だとして、あいつの回復が続くことに変わりないじゃねぇかよ」
「いや。僕が言いたいのはーー二本の水晶を完全な同時に破壊した場合、その回復権はどちらの水晶に与えられるのかなって……」
「ーーッ!」
その言葉に氷華が得心が言ったとばかりに目を瞬かせた。
「つまり……二本同時に、壊せば……回復権が、無くなる……!」
那月と紅蓮が勢いよく颯に振り向いた。
「ほんとか!?」
「まじかよ!?」
ずいっと迫る二人を宥めると、颯は少し申し訳なさそうな顔を見せる。
「いや……絶対と言うわけじゃないんだ。可能性はせいぜい五パーセント……いや、もっと低いかもしれない……」
「そんな……」
紅蓮が絶望の表情を覗かせた。五パーセント以下なんてあってないようなもの。そんなものに命をかけられるものはこの場にはいなかった。
そう、たった一人のアホを除いて。
「五パーセントもあんのかよ!イけるな!」
「……おい、五パーセントだぞ!?たったの五パーセント!!」
「おう、そうだな。だけどよ、試さなかったらゼロパーセントだ」
「それはーーッ!」
那月は一人、背を翻して歩き出す。先に見据えるはツーラン・バオ。
「俺はやるぜ、例えその考えが外れてても、また次の策を考える。俺の為にも、そのガキの母ちゃんの為にも」
「ーーっ!?……それなら、私もやる……」
「氷華!?」
まさかの賛成案に紅蓮が驚きの声を上げる。
「碧海にはお世話になった……彼女のためなら……私はやる……」
「くっ……だったら俺もやるぜ!」
続々と那月の後に続くクラスメイト達。その背中を見て、颯は一つの感動を感じていた。
そして、感慨に浸ると、三人の横に立つのだった。
「行くぜ!」
「おう!」
「うん……!」
「あぁ!」
那月が飛び出し、魔法によって弾かれる。
颯が駆け出し、強靭な脚で蹴り飛ばされる。
氷華がスキルを放ち、身軽なステップで躱された。
「強すぎだろ……」
同じ事がもう何十回繰り返された事か。紅蓮も五十回以上剣を振り回しているが、やはり全て防がれている。
水晶に傷を入れることに成功したのはせいぜい三回程度。それも皆合わせて三回だ。
とても二本同時に攻撃するなんて次元に至らない。
その事実が、四人の連携を粗末なものへと変えていく。
「《:重力》!!」
那月のスキルが発動する。しかし、それはツーラン・バオには当たらずに、その鼻先を掠めて終わった。
颯の蹴りは致命傷にならず、その獣皮に擦り傷を付ける以上の事は出来ない。だが、それも水晶の回復で一瞬で無かったものとなる。
氷華のスキルも同様だ。殆どが躱され、当たったとしても水晶の即時回復が始まる。
到底勝ち目の無い戦い。
ただ疲労が溜まるばかりの戦い。
それらが、集中力を根こそぎ奪い取っていく。
「もう、無理だ……」
颯の呟きが紅蓮の耳朶を打った。
終わりーー?
終わりってなんだ?
死ぬってことか?
「冗談じゃねぇ……」
紅蓮の拳に力が入る。
「冗談じゃねぇよ!!」
叫び顔を上げた。眼前にはツーラン・バオの爪が迫る。
初めての反撃に、紅蓮が一瞬驚く。
しかし、それも一瞬だ。
直ぐに意識を集中させる。
これはチャンスだーー!
紅蓮の意識が研ぎ澄まされていく。かつてないほどに高まったそれは、外界の情報を聴覚、嗅覚、味覚と順番に奪っていく。
残ったのは刀を握る感覚と視覚のみ。
だが、それだけあれば十分だ。
「そう。それだけあれば、剣が振れる!」
自分に言い聞かせるように叫ぶと、迫る爪をギリギリのところで回避する。
考えるは繰り出す技。
ツーラン・バオの体に攻撃を入れても回復される。かといって一撃で決められる技もある訳もなし。
ならば水晶への攻撃だが、こちらも二本同時に攻撃じゃないとならないため技が無い。
「いやーー」
ーーひとつだけあるじゃねぇか……。
「はは……」
自分で言って苦笑いを漏らす紅蓮。
ーーまじでやんのか……失敗率百パーセントだぞ?
ーー……だが、ここでやらなきゃこの技を習った意味が無い!
「それに、この状況にピッタリの技だ」
紅蓮は息を大きく吐くと、剣を上段で構える。
考えるのは二回斬ることじゃなく、如何に速く振り下ろすか、そして振り上げるか。
求めるは威力じゃなく、スピード。
「ーーいざ!」
紅蓮はカッと目を見開くと、眼前のツーラン・バオ目掛けてその大剣を振り下ろした。
「ーー『界誑流━━相斬り』!!」
叫ぶと同時、一瞬の風切り音。
それはまさに一瞬の出来事であった。
誰も感知できぬ一瞬。それを経て、ツーラン・バオの二本の水晶が同時にーー完璧に同時に割れ崩れた。
本作をお読みいただきありがとうございます。
「面白い!」
「続きが気になる!!」
「頑張れ!!!」
と思って頂けたら
下記の☆☆☆☆☆から評価をよろしくお願いします。
面白かったら★★★★★、まぁまぁじゃね?と思われた方は★☆☆☆☆。
ブックマークもして頂けると本作の励みになります!
また、感想なども思った事を書いて頂けたら私の励みになります!!
何卒よろしくお願いします。




