71話 ノンシーフォレスト・ダンジョン攻略③
碧海を見つけた氷華は彼女を連れて、十七層に入った。
碧海は足を怪我していたので氷華の背中におんぶの状態だ。
動きづらい状態ではあったが、ここまで幸いと言うべきかモンスターに会わずに来れた。
下層へ続く階段を直ぐに見つけられたのも運が良かった。
しかし、十七層に来て、このダンジョンの恐ろしさというものを知ってしまった。
トレントがそこら中を跋扈しているのだ。
C級のモンスターのトレントがだ。
流石の氷華と言えど、トレントを相手取るには相性が悪い。
「……隠れて行くしかない……碧海、声を出しちゃダメ」
「わ、わかった」
氷華は背中の碧海に注意を促すと、トレントの死角を縫って、進んでいく。
「(氷華お姉ちゃん。ほんとに探してくれるの?私は嬉しいけど、危ないよ?)」
十分程した後、氷華の背中で碧海が小さな声で聞いてきた。
氷華は周りにトレントがいない事を確認すると、碧海に聞こえる程度の声で言う。
「(危険、かもしれない。……でも、あなたを放ってはおけない。……それに、最期にプレイヤーとして、人助けをしたいと……そう感じたから)」
「え……?」
氷華の言葉を聞いた碧海は、後半の言葉の意味を理解出来ずに、つい声が出てしまった。
直ぐに氷華に口を押さえられたが、時既に遅しと言うやつだ。
周りのトレントの目が氷華と碧海を捉え、じわじわと近づいてくる。
「まずい……」
「ごめんなさい……」
碧海が謝るが、氷華はそれどころじゃなかった。
周りをトレントに囲まれ、逃げ場も無い。
氷華のスキルはトレントに対し、相性が悪く、こちらには負傷者がいる。
これほど不利な状況が過去にあっただろうか。
氷華は記憶を辿るが、流石にこれほど命の危険を感じたことは無かった。
ハイ・オークと戦った時でさえ、ここまで死を間近に感じはしなかった。
かつてない程のピンチに直面した氷華は懸命に生存への道を探す。
トレントは様子見をしているのか、動く気配は見られない。
「チャンスは……一回!」
トレントが自分たちを敵だと警戒する前の不意の一撃。
この一撃で氷華達の命運が決まる。
氷華は己の魔力を極限まで振り絞る。
そして、それを一気に体外へ。
「《氷凍》…………っ!『大氷界』!!!!!」
瞬間、氷華の足元から氷の塊が、地面を喰らい尽くすかのように出現する。
それは津波のように背を高くすると、トレントまでをも呑み込んだ。
半径数十メートルが氷の世界と化し、その範囲内の物は全て氷塊と化した。
ーーかに思われた。
「……!?」
ピシィ!という不吉な音がそこかしらから響き渡る。
直後、パリィン!!という甲高い音を発して氷塊となった筈のトレントが、氷塊を破り動き出す。
一瞬の出来事ではあったが、氷華の不意打ちはあえなく失敗に終わってしまった。
作戦が失敗した今、氷華の打てる手段は一つに残された。
それはトレントが近づくのを遅れさせることのみ。
「《氷凍》!《氷凍》!《氷凍》!《氷凍》!!」
しかし、この手段はあくまで延命が目的で、勝つことは出来ない。
つまり、いずれ二人は死ぬということだ。
「《氷凍》《氷凍》《氷凍》《氷凍》《氷凍》《氷凍》《氷凍》《氷凍》《氷凍》《氷凍》《氷凍》《氷凍》ーーーー」
数十、数百、数千。
もう何度同じ言葉を綴ったか、もう何度体から魔力が抜けていったか。
わからない。
分からないが、氷華は同じ言葉をうわ言のように繰り返す。
「《氷凍》《氷凍》《氷凍》《氷凍》ーーーー」
既に威力は最初の半分。
言葉を発するスピードも二割ほど低下している。
それでも、それでも氷華は止めない。
後ろに護るべきものがいるのだから。
プレイヤーとしての矜恃が止めることを止めさせる。
「氷……とう…………」
とうとう言葉が出なくなった。
体の中はとっくの昔に空になっている。
それでも、氷華は諦めない。
腕を必死に伸ばし、トレントに手を翳す。
例えそこから何も出なくとも、氷華はその手を下ろさない。
それはまるでそこから動くなと、そう言っているようにも思えた。
だが、そんなことはモンスターであるトレントには通じない。
無情な一歩が、二歩が次々と踏み込まれていく。
「お姉ちゃん……!!」
「こ、ない……で…………」
遂にトレントが一メートルも無い程までに近づいた。
五メートルを超える巨体が影を落とす。
そして、無慈悲にもその中の一体が腕のように太い枝を振り上げた。
「ゴォォォ、ァァアアアア!!!!!」
次の瞬間、その枝は彷徨と共に振り下ろされた。
しかしーー
「氷ぉぉぉ華ぁぁぁあああ!!!!!」
聞き覚えのある声が氷華の耳に入ったと同時、トレントの枝は氷華と碧海を肉片に変える前に見えない何かに押し潰されて粉々になった。




